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深紅の瞳  作者: 庵
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脱・独り暮らし

 人の気配がした。

 自分以外の人の気配を感じたことなどいつぶりだろうか。誰も近寄らない、否、近寄ることのできない森の奥での生活には、もうすっかり慣れてしまった。そんな森の中に突如として現れた弱々しい気配。


「何でこんなところに来たのかな~?」


 不意に零れた独り言は青年の心からの疑問だった。青年自身も好き好んでこの森で暮らしているわけではなかった。誰だってこんなところに近寄りたくはないはずだ。魔物たちがうようよと潜んでいる森に来たがる者など死に場所探している奴か、余程の阿呆くらいだろう。先程現れた気配はかなり衰弱した人のものだった。つまりは後者である可能性が濃厚か。それならば会ってみても大丈夫だろうか。少なくとも会って殺されるようなことにはならないだろう。久しぶりに人と関わりたい、そんな願いに突き動かされるように、青年はローブを着てしっかりフードを被り外出の用意を整えると小屋の扉を開いた。






 気配の居場所へとたどり着いた青年は驚いていた。その目の前に転がっていたのは酷く幼く、ボロボロの少年。


「人の気配がしたと思って来てみたけど……」


 少年は意識を失っていたが、その頬は涙で濡れていた。望んでここに来たという可能性は低いだろう。纏っているのはぼろきれのような布の服のみで、その隙間から覗く身体は痩せ細っている。こんなにも幼い子供がここまでの扱いを受けるような原因には、一つだけ心当たりがあった。それがあたっているとすれば、この少年は捨てられたのだろう。それならば自分が貰っても構わないはずだ。そう結論付けた青年は少年をそっと抱き抱えると、自身が住む小屋がある森の奥へと向かって歩き始めた。






「ふむ、ついてるね。まさか一度も魔物に遭わないなんて……」


 出てきても別に平気だけどやっぱり楽なのが一番だよね、なんて呟きながら小屋の中に入った。青年は少年をベッドに寝かせてやると次は何をすべきか考え始めた。こんな森の奥に一人暮らしをしている青年には、当然ながら看病のやり方などわからない。取り敢えずこれだけ痩せているならお腹は空いてるだろうと判断し、果物を切るためにキッチンへと向かった。



 お盆の上に食べやすいように切ったリンゴを載せて、青年が少年のいる寝室へと戻ると、少年は目を覚ましていた。不安そうに辺りを見回している。自分の状況が理解できないのだろう。扉の音で此方に気付いた少年と目が合った。綺麗な深紅の瞳だ。


「おはよう。目は覚めたみたいだね。ちょうど良かった、今果物切ってきたんだ。お腹、空いてるでしょ?」


 少年の瞳を見てやはり予想は当たっていた、と青年は笑みを深めた。

 

「お兄さ…ん誰……?こ、こど…こ?何で僕……はここ、にい…るの?」


 少年はその身を震わせながら尋ねた。酷く怯えている様子と、その途切れ途切れでたどたどしい声に一体今までどれ程の扱いを受けてきたのかと知りもしない相手に苛立ちが募る。しかし、顔には出さずにお盆をベッドサイドの棚におき、安心させるようにニッコリと笑って少年の質問に答えてあげる。


「ここは僕が住んでる小屋の中の寝室で、君がここにいるのは森で倒れてた君を僕が見つけて連れてきたから。そして僕が誰かって言うのは、」


 そこで一端言葉を切ると、被ったままにしていたローブのフードを外し少年にグイッと顔を近付けた。突然の接近にビクッと肩を震わせた少年はあることに気付くと驚きに目を見開いた。


「……っ!目……赤い………!」


「んふー、そゆこと。僕も君と一緒の忌・み・子」


 そう青年も少年と同じ深紅の瞳を持った人間、すなわち忌み子であった。何の根拠もないにも関わらず、悪魔の子や鬼の子として人々から忌み嫌われ身に覚えのない暴力を振るわれる人間。少年も虐待され続け、挙げ句の果てにはこの破壊の森に捨てられたのだろう。


「ねぇ君、行く場所ないでしょ?僕と一緒に暮らそうよ」


 青年は、一人暮らしってもう飽きちゃったしね~何て言いながらぽんぽんと少年の頭に手を乗せた。思っていたよりもずっと柔らかく撫で心地の良い髪に内心驚きながらも、されるがままの少年の髪を堪能し続ける。

 不意に、しばらく茫然としていた少年がその目から涙を溢れさせ言った。


「一緒…に……いていい……の?僕、が忌…み子……で、皆か、ら嫌わ……れる存在…でも?」


「勿論。それに僕も忌み子だしね。全く気にならないよ。知ってた?この赤い瞳は人間なんかとは比べ物にならない程の膨大な魔力を持っている証なんだよ。だからこそ僕はこの森で無事に暮らせてる。そこらの騎士なんか瞬殺できるよ。僕らは確かに人からは嫌われるけど、悪いことばかりじゃない」


 世間では知られていないが、忌み子は通常の兵なんか目ではない程の戦闘力を有している。それこそ誰もが近寄れない破壊の森でのうのうと暮らせる程度には。

 この少年を守ってやりたい。そう思った。自分と同じ人から嫌われる運命を背負って産まれたこの少年を守れるのならこの膨大な魔力も悪くはない。そう、悪いことばかりじゃない。青年はニッコリと笑って「僕と暮らしてくれるかい?」と芝居がかった動きで少年の手を取った。ここで断られると僕って凄くカッコ悪いよな、などと下らないことを考える。


「は…い………」


 少年はたどたどしい声でだがしかししっかりと頷き、とうとうボロボロと泣き出した。


「ほらほら、泣かないで。果物、美味しいよ?」


 青年は少年を抱き締め、泣き止むまでずっと頭を撫でていた。

読了ありがとうございます。

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