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くだらない短編シリーズ

薬物中毒

作者: 鳥越 暁

 俺は薄暗い路地の付き当たりにある古びたバーの扉を開けた。

 その店の空気は湿気が多く感じられ、暗い店内が怪しさを醸し出している。店内にはマスターの他に人の気配はない。


 「マスター。あれをくれ。」


 俺は懐からむき出しの札束を出してカウンターに置いた。そうしておいて座り心地の良くない椅子に座る。


 マスターはこちらを一顧だにせずに、カクテルグラスを磨きながら


 「今日は?」


 とだけ言う。


 「今日は口の中を刺激する物がいいな。じわりとくるやつだ。」


 俺の注文にマスターは札束に手を延ばし、数えると何枚かを懐に入れて、残りをまたカウンターに置いた。今回の薬は案外安いようだ。マスターは店の奥に姿を消し、手にドリンク剤の瓶を片手に戻ってくる。


 『ことりっ』


 カウンターにドリンク瓶の乾いた音が響く。


 「二日ほどで効いてくる。効果は一週間ほどだ。」


 俺は無言でドリンク瓶を取り蓋を開け、一気に飲み干した。

 後は何も言わず店を後にし家路を急いだ。薬の効いてくる二日後が待ち遠しい。




 「いてててっ。」


 二日後、口の中に痛みが走った。舌で痛みの元を探ると何やら傷のような感覚がする。気持ちのよいものだ。こういう感覚は新鮮で楽しい。自然と笑みがこぼれる。


 「先生。笑ってますよ。何かいい事が?」


 看護士が俺に言う。


 「いや、何でもない。ちょっと昨日のテレビを思い出してな。」


 「なんだ、思い出し笑いですか。それはそうと今日は患者さんが二人来ます。」


 俺は医者だ。世の中の底辺の仕事だ。


 「そうか。二人も来るとは珍しいな。年齢は?」


 「お一人は二百四十五。もう一人は百七十です。」


 「百七十? ずいぶん若いな。だが仕事だ。準備は整っているのか?」


 「はい。後は先生が処置するだけです。」



 ほどなくして患者がやってきた。


 「君、早いところ頼む。」


 その患者は横柄な態度だが、俺は皆から見下される医者だ。仕方のない事だ。


 「はい。分かりました。ではこれを。」


 俺は錠剤を患者に手渡した。二百四十五歳の男は錠剤を手にし看護師に案内されて別室に向かう。


 五分後、看護婦が戻って来た。


 「終わったのか?」


 「はい。あっけないものです。」


 俺の仕事、医者の仕事というのは今の世では人を死に導く仕事だ。医学と科学の進歩によって不老不死を手に入れた人間。しかし長く生きていれば飽きて来る。かつて大昔の人類は不老不死を夢見ていた。それが手に入ると、長く生きる事に飽きが出てくる。そういう人間を死なせる役目、それが医者だ。


 ありとあらゆる病はこの世から消え去った。ウィルスは存在しているが、人類の遺伝子操作により感染する者はいない。抗体と言う抗体は全て人体の中にある。稀に抗体の一部を持たない子供が産まれてくる事があるが、そう言う個体はすぐさま研究室に送られる。その個体がどの様な経緯を辿るのかはトップシークレットで誰も知らない。


 「先生。二人目の患者さんです。」


 看護士は欠伸を噛み殺しながら告げた。医者が不要なら看護士もしかりだ。彼女はなぜ自堕落にも『看護士』などと言う職に就いているのだろうか。まあ、あまり興味はないが……。


 ドアを開けて入って来た男は『あの店』のマスターだった。俺は驚いたが、表情には出さない。


 「頼む。」


 マスターは一言だけ言った。


 「君。眠そうだな。今日は上がっていいよ。後は私一人でやるから。」


 俺は看護士に言い、「あら。そうですか。では、後はお願いします。」と言って看護士は出て行った。

 それを見届けて、マスターに向き直る。


 「ここが私の職場だと知っていて来たのか?」


 問い掛けにマスターは無言で頷く。


 「なぜ?」


 「なぜ? 顧客の素性は調べるさ。まともではない商売だからな。お前が店にやって来た次の日には知っていたさ。」


 「そうか。で? 何故死ぬ?」


 「なぜ? 他の者と同じだ。生きる事に飽きたのさ。」


 「そうか。だがマスターがいなくなると俺はどこから仕入れればいいんだ?」


 俺は『やばい薬』の入手先を失う。楽しみが無くなるのは困る。


 「ふん。ジャンキーが。一軒紹介するよ。」


 マスターは俺のデスクからメモとペンを取りあげ、アドレスと店の名前。そして薬の購入の際の合言葉を書いた。俺はそれを受け取り懐にしまう。


 「苦しんで死にたい。これを使ってくれ。」


 マスターは例のドリンク剤の瓶を取りだした。


 「これは?」


 「これか? これは肺癌の最終ステージだ。肺癌は苦しむらしいからな。俺の死に様にふさわしい。」


 「肺癌だと!? そんな物まであったのか。で、これで死ねるのか?」


 「ああ、試した事はないがな。これは俺の抗体をぶっ壊す程、強力なはずだ。おそらく二時間ほど苦しんで逝ける。」


 「なるほど。羨ましいな。死に様を見させてもらうよ。」




 彼は望み通り苦しんで逝った。その死に顔は満足げで恍惚とした表情だった。


 俺はどうやって死のうか。もう三百年、十分に生きた。『絶滅、人類病辞典』を開きながら考えるのだった。


 「いててっ」


 さっき辞典で調べた痛みの原因、『口内炎』を舌で触りながら、死に方を考えよう……。



                   完

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