表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

後半 誰が姫コンテストを制するのか その4

「溜めるねえ、あいつら」

「そうだね。あ、撃つよ」

二度目の銃声のタイミングが遅れに遅れていたのだ。司会の実行委員の連中がここに駆けつけるまで時間はあまりない。さっさとしないとクライマックスに間に合わなくなるかもしれないのだ。

楓は左目で望遠鏡を覗きながら、悟の発射タイミングを伺っている。いまだ、と再び再生ボタンを押した。

バァンッ!

会場に再び銃声音が響き渡る。迫真の演技で凌弥が倒れこんだ。ナイス。位置ぴったりだ。

凪曽は照明操作卓の隣、持ち込んだノートPCの再生ボタンを押す。

すると、凌弥の膝から血が流れだした。同時に凌弥自身が仕込んだ血糊を流す。血糊では傷口からの流血を再現できないため、少しでも客をだますためにと今回用意した凪曽の最高傑作が再び現れる。

ステージの上手下手二箇所に設けられたプロジェクターが、凌弥の流血をピンポイントに映写している。その焦点はぴったりと服の上で結ばれ、三次元的な映像を持って客を騙そう、という演出である。

先ほどの蘭子への銃撃もそうだ。まさか、本物の銃のわけがない。美弥子がころっと騙されてくれるとは想定の範囲内ではあったが、さすがに楓も凪曽も吹き出しそうになった。

これらのもろもろはすべて、恭太郎が脚本をやると言って回り出した奇想天外論だ。だが、ここまでうまくいくとは思っても見なかった。

『早く脱げ!』

インカムから、茉莉奈の怒鳴り声が聞こえてくる。客席で赤いライトを振り回し、押していることを危惧しているのだ。

仕方ないな、とステージ上の悟が動く。練習通り、ステージ中央。焦点位置。

楓がこっそりと音楽をフェードインさせ、凪曽が照明を入れていく。楓がもう一つ操作したのがスモークマシンのスイッチで、これがいいホリゾントになるのだ。

 さあ、行け、と凪曽が念を込めて、次の映像の再生ボタンを押す。これで悟が姫になるのだ。俺たち演劇部の圧倒的パフォーマンスをとくとご覧あれ!

 

 時間は遡る。恭太郎の提案したプロジェクターを利用した演出。いわゆる「プロジェクションマッピング」の実現について、主に舞台美術部と恭太郎、そして茉莉奈の間で議論が白熱していた。

「血糊はわかるわ。でもなんでクロちゃんの女装にもプロジェクター使うのよ!?」

「クロを姫にするならこれが一番いいんだっ!」

演出も脚本も一歩も引かない議論。恭太郎はあくまでもプロジェクターを立体的に使っての演出を主張した。

「まさかただの女装だろって客は思う。でもプロジェクターで身体のラインとかおっぱいを見せたら騙せるって」

「パッドとコルセットで十分いけるわよ! クロちゃんの細さなら問題ないもの!」

「わかってねえなあ! それだと上着ないと駄目だろうが!それだと隠してるって思われんの! 侍従の男からの不意打ちでビビらせて、実は女だったって変化を見せるのがインパクトあるだろう!」

確かに魅力的なものだ。

「そもそも誰がそんな映像つくんの? ナギさんもまっちゃんもできないでしょ?」

凪曽はお世辞にも器用ではないし、楓は音響こそスペシャリストだが、たいして映像をいじれはしない。

「シノならできるだろ?」

「……できるけど」

「それを念頭に脚本を書いたけど、今から変えようか?」

安っぽい挑発。だが、茉莉奈だってもプライドというものがあった。


 見事に絶妙に揺れる胸。悟のボディラインを隠すように映される映像。ウェストはより細く、ヒップは少しだけ大きく。顔はメークでキラキラと輝かせていて、声はすべて楓がミキサーでリアルタイムにピッチを上げている。もともと高いテナーのため、低いアルトにするのはほんのすこしの操作でいいのだ。

 悟が殺し文句を言った。すると、司会の方でもめている怒鳴り声がする。会場はすっかり姫に注目をしているのに野暮な奴がいたと思うとインカムから叫び声がした。

『撤収だ、みんな!』

「いこう、楓」

「オーケー!」

片付けはすぐに終わる。回線をすべて引っこ抜き、もう一方も一本だけを残して引っこ抜き、かばんに投げ入れる。司会席を照らす電気も消え、悟を光が切り取った光景だけが目の前に残っていた。楓はMDを抜き取り、スモークマシンをオフにして、何気ない顔で群集に飛び込んだ。そこに待っていたのは香と岡谷だった。

「よくやったね。逃げるぞ!」

「先に行ってくれ。すぐに追いつくから!」

「ナギさんも気をつけて!」

香は方向音痴の楓の手をにぎると、風のように一気に逃げ出す。岡谷は荷物を抱え追いかける。落ち合う場所は結構遠いのだ。

「さあ、さっさと逃げてくださいよみんな」


司会の電気が再びつくと、恭太郎と悠平の姿はなかった。ふたりとも一瞬で逃げたらしい。そしてステージの上は更に騒がしくなっていた。まず美弥子が悲鳴をあげる。ぐったりとしていた蘭子ががばっ、と起き上がった。耳元で「ゴメンね!」と言うと隣にいた凌弥を立たせる。二人とも何事もなかったの如く、ステージから走り去ったのだ。さっきまで凶弾に倒れていたというのに!

 それでも、悟はそこにいた。むしろ、彼女いや、彼自身が何が起こっているのかわからないような演技をしている。一見小柄なワンピースの少女がきょろきょろしている様子は奇妙な色気があった。上手からいざこざを抜け出してきた悠平がステージに上がる。

「姫様!」

下手くそな演技。チッ、と照明卓で凪曽が舌打ちをした。

「早く逃げましょう」

一番早く走れてがたいがあるから、という理由で悠平が選ばれたが、白馬の王子さまとは程遠い姿だ。

「エスコートしてくれないの?」

最後まで演技はやめない。もうマイクは切られたから、無理やり女声をだしている。あくまで気品を保ってというのが茉莉奈の命令だ。

「仕方ないですねっ!」

悠平が悟を抱え上げた。背中と何も履いていない状態の腿を抱き上げられ、悟は鳥肌が経つのを感じる。それでも腕を悠平の首に回し、お姫様だっこの完成だ。もう片方の腕でスカートの裾を抑える。ドレスを着るだけでも恥ずかしくてしかたがないのにパンツを見られてたまるかという、ある意味乙女心がその恥じらいを演技ではなく本物として出してきているのだ。

 悠平が抱え上げると、観客の女性達から黄色い悲鳴があがる。しかたがあるまい。誰もが幼少期に憧れたシチュエーションだ。本来の司会が収拾をつけようと何やら言っているが、マイクの主電源は凪曽のところにある。さあ、姫もステージから逃げたことだし、と凪曽も卓を降りる。脇に止めてあった自転車にまたがると、大急ぎでその場を離脱した。まだ混乱は続くはずだ。


 これでみんな脱出したわ、と茉莉奈は四方に目を光らせていた。一時はどうなるかと思ったが、滞り無く脚本通りにいったのである。上々の結果だ。さあ、逃げないと、とライトを仕舞うと

「おい、演劇部がいるぞ!」

学生委員会が取り囲んできた。しかも十人以上いるのだ。この混乱にいつの間にか集まっていたのだろう。先輩たちはどうやら早いうちに察して離脱したようである。まずい、これでは捕まって洗いざらい喋らなければいけなくなる。だが、この人混みから逃げるのは並大抵のことでは

「どけ! どけ! この馬鹿委員会めっ!」

取り囲んだ円陣が崩れていく。

「シノ、なんでまだ逃げてないんだ!」

「恭ちゃんだってなんでまた」

「いいから、乗れ!」

荷台付きの自転車で駆けつけた恭太郎。茉莉奈は荷台にまたがると、後ろから恭太郎をしっかりとホールドした。

「行って!」

「逃げるぞおおおお!」

たいていの人間は大声に驚き一瞬のスキが生まれる。演劇部の彼らには通用しないが、実行委員会風情には十分の効果のようだ。

恭太郎は思い切りペダルを踏み込み、茉莉奈を後ろに乗せているとは思えない加速を見せる。


 五分も走ると、前をちんたらと走っていた凪曽の自転車に追いついた。

「なんだ、ラブコメかおまえら」

「そんなんじゃねえよ。シノがさっさと逃げてないんだもの」

「うるさいわね。恭ちゃんだって。それよりも、ナギさんとってもよかった」

三人がたたえ合っていると、前を走る悠平と、抱えられて喚く悟が見えてきた。

「降ろせよ! さっさと降ろせ!」

「何言ってんだ。お前ステージで慣れないハイヒールで捻挫してるだろう。だから逃げれなかったんだろう」

「うるせえ、歩けるぞ!」

その脇に止まる二台の自転車。茉莉奈が二台から飛び降りる。

「クロちゃん、乗って」

「うぅ……」

素直に悟は従う。しかしスカートがやはり気になるのか、またがらずに横座りだ。

「恭太郎。揺らさないでよね」

「善処しよう。こっちのほうがラブコメっぽいな」

「確かに」

凪曽が納得する。


五人は大学を抜け、海沿いに出た。国道脇をえっちらおっちらと走ると、小路に入り、松林を抜けると蘭子たちが待っていた。大学の外に止めていた自転車で早々にここに来ていたのだ。そして、その向こうに観客に混じってみていた先輩たちも。

喝采と歓声が彼らを迎え入れた。

演出の茉莉奈も、舞台に立った蘭子も凌弥も讃えられたが、誰よりもからかわれそして喝采を受けたのは悟だった。予め着替えのジャージを持ってきていたはずなのに、誰かがそれを隠してしまい未だにワンピース姿。男はほぼみんなそのスカートをめくろうとふざけている。

「こんな感じになっちゃいました」

茉莉奈が部長の白河に報告をする。さんざん客席で大笑いする姿は見た。

「いいんじゃないの。いい感じに目立てたし。プロジェクションマッピングすごかったぞ」

「ありがとうございます。二回生もがんばりますよ」

「それよりあいつ、すっごく有名になっちゃったな」

悟は楽しそうにじゃれあっていた。

「オタサーの姫ならぬ、えっと、演りサーの姫とでも言えばいいでしょうか?」

「その言い方下品」

「ですよねー」

「でも、他のサークルとか新入生がそう言うかもよ」


白河の冗談は本当になり、新入部員たちは口をそろえて「演りサーの姫に会いたい」と行って入部することになるのだが、それはもう少し先の話。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ