後半 誰が姫コンテストを制するのか その3
バアンッ!
一発の銃声が会場中に轟く。やけに大きな音だ。しかし、逼迫した状況だけに、観客の誰もがこれが録音された効果音とは思うまい。
「誰……だっ!?」
蘭子が苦しそうに言う。その声はマイクが拾うギリギリのものだった。
「ちょっと、蘭ちゃん? 蘭ちゃん!?」
美弥子が目の前の蘭子に駆け寄る。その口調は決して演技ではなく、何が起きたかわかっていない狼狽だ。蘭子は苦しそうに美弥子の腕の中に倒れこむ。その肩口から一筋、赤い線が垂れたように見えた。先ほどの銃声、苦しむ蘭子。美弥子はまさか、と思う。
「蘭ちゃん、動かないで。血が……ヒィッ!?」
蘭子を抱いた掌が生暖かい。見れば鮮血がべっとりとついている。
「撃たれた……みたいだよ」
「蘭ちゃん? 蘭ちゃんっ……!!」
会場は騒然とする。銃声? 人が撃たれた? 姫コンテストでいったい何が起きているんだ、と客席がどよめき始める。
「誰が撃ったの?」
美弥子は次に自分がやられてしまうのかもしれない、とは思うこともなく周囲を見渡した。その表情は恐怖に包まれており、客席の前部にいた人間は本気で恐怖したことだろう。
「僕が撃ったのさ」
強く主張する声。震えることもなく、凛としたアルト。
「クロちゃん?」
「そうだ」
弱々しい蘭子の声を蹂躙する、にやけ顔。その手には拳銃が握られていた。
「僕が姫になるのに、蘭子が邪魔だったからね。ごめんね」
「何をいってんのクロちゃん?」
美弥子も意味がわからなかった。黒いスーツを着て、さっきまでドラムを叩いていた元クラブメートだ。
「これは姫コンテストなんだよ……?」
「そうだよ。だから、僕がなるべきなんだ」
「何やってんだよ、クロ!」
今まで黙っていた凌弥が叫ぶ。やっと現実を見る気になったのだろうか?
「練習したじゃないか! 美弥子をダシに、演劇部の技術を披露して蘭子を立てようって!」
「それじゃあつまんないよ。ボクこそ姫にふさわしいと思わないかなあ」
「お前が姫なんて意味分かんない!」
バァンッ!
再び銃声。凌弥がひっくり帰る。
「いっ……てえええぇっ!」
絶叫が響く。スピーカーの声が割れないぎりぎりの叫び声。叫ぶとともに、左足から赤い線が垂れる。どんどんスーツがどす黒く変色していく。
更に客席が騒然となる。司会が止めないのをおかしいと思いはじめる人間も出てきて、しきりに二人に迫っている集団も生まれた。
「ボクは姫になるんだ!」
ばっ、と悟が上着を脱ぎ捨てた。そのシルエットに凌弥が気付く。
「クロ……、お前?」
着ていたのはワイシャツじゃなくてブラウス。肩から腰のラインは男子のそれではない、ように見える。トリガーハッピーになりつつある悟の呼吸は荒く、胸が上下しているのがわかる。
「……胸がある? じゃあ、クロちゃん本当は?」
美弥子が驚く。蘭子を抱いたままで悟まで少し距離があるが、それでもわかる。悟は女子だ。
「……いや、待て蘭子。騙されるなよ! パッドやらコルセットを入れているかもしれないじゃないか!」
そういう凌弥に悟が銃口を向ける。悟がちら、ちらと観客の方に目をやると、この現実を受け入れられない人間が大勢口を開けていた。その中に赤いライトが点滅しているのが見える。そして、消えた。巻けという合図だ。
「仕方ない、これを見てよ!」
そう言うと悟は後ろを向く。そしてブラウスのボタンを外し、スラックスのベルトに手をかける。仕草は少し恥ずかしそうで、相手は拳銃を持っているというのに、観客の男性陣は目を離せなかった。
振り返った悟は、スラックスとブラウスを脱ぎ捨てた!
「本当に……、女なのか……クロ」
凌弥が言う。胸元が大きく開いた、身体のラインがまるわかりの白いミニスカート・ドレス。蘭子のものよりも、美弥子のものよりもシンプルでそしてごまかしの効かないスタイルだ。確かに谷間が微かに揺れ動くのが見える。小柄ながら長い足元では、ハイヒールを履いていた。誰がどう見ても立派な男の娘いや、演劇部の姫がそこに立っていた。ゆっくりとスピーカーから音楽が再開する。止まっていたスモークが徐々に流れだし、スポットライトが霧の中の彼を、いや、彼女を雲海の中に浮かび上がらせた。
幾筋ものカラフルな照明が彼女を飾りたて、他のステージ上の人間を隠す。
「演劇部に入部して欲しいな。絶対に退屈させないぞ?」
中央のマイクに、艶かしい声でそう語りかける。扇情的なポーズも手伝って、姫の命令がその場を制圧する勢いだ。
客席の奥、先ほどの赤いライトは緑になっており、予定通り進めろという合図が来た。
「あっ、てめえ! よくも!」
怒鳴り声は別の方向から聞こえてきた。
静かで幻想的な雰囲気がいきなり現実に戻される。
司会者がいつの間にか二人から四人になっていた。そして二人組がのこりの二人組を責めている。マイクを取り上げた。
「撤収だ、みんな!」
司会を強引に奪い取っていた恭太郎と悠平がそれぞれのヘッドセットに叫ぶ。
これでステージの幕は閉じるのだ。




