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後半 誰が姫コンテストを制するのか その2

姫コンテスト、今年のテーマは「水面」である。

コンテストの目的はあくまでも部活動アピールの場であって、勝ち負けは事実上どうでもよかったりするのだが、毎年テーマにそぐわなかったサークルは即時退場を言い渡されるのである。

この大学で演劇部と同年度に設立された管弦楽部は、毎年大規模な部員勧誘を行っており、その一環で新歓祭にも出場していた。かれらはミスコンにももちろん出場しているのだが、事前情報とは違い、演劇部の一つ前の出番に変更とされていたのだ。

「それでは、管弦楽部の皆さんです。水面に関するテーマは何ですか!?」

司会に扮装した優平がマイクを向ける。その堂々たる姿は二回生の役者筆頭たる所以であった。

「それは、この曲をお聞きになればわかりますよ」

黒スーツに蝶ネクタイ。嫌味なカフスボタンの男が指揮棒を上げる。ステージのバックには小規模な編成が勢揃いだ。

指揮棒が天を指し、その場を制圧する。そして、静寂の中に、フルートの音が響き渡った。

弦のピチカートが砕ける白波のように合いの手を入れて来る。

二本目のフルートがそれに追随する。小さな雨水の流れが重なり混ざり合い、波を蹴立てながらステージの上に溢れ出る。貯まるが、まだこぼれない。波の追いかけっこに弦が加わり、川幅を広げていく。その周りの風景、ボヘミアの空の色。一匹の魚が跳ねるように、トライアングルが合図を出して、音のオーバーフローが起こった。

音の水面。チェコを流れるブルダヴァ川に着想を得た国民楽派の作曲であるスメタナは、ひとつの幻想交響詩を残した。その中でもっとも有名な大河を描く曲。

 日本ではこう呼ばれている。モルダウ、と。

美しい旋律に乗って、淡い水色のドレスを着た女子がステージに現れる。指揮者とのタイミングはバッチリで、オケは音を絞っていく。

「皆様、ごきげんよう」

お嬢様言葉が不思議と似合う大型ルーキー、穂高美弥子だった。日本人ばなれの顔立ちに金色に染めた髪。それが自然と似合うのは瞳が鳶色だからだろうか?

「水面を表すのに、わたくしたちはいくつかの曲の候補を上げました。ヘンデル作曲、水上の音楽、ドビュッシーの交響詩海。でもなんだか納得がいかないのです」

観客達の視線は穂高に釘付けだった。スポットライトも彼女を中心に狙っている。司会席に陣取っていた悠平と恭太郎は、そろそろだぞと話しかける。

耳につけているのは小型のBluetooth受話器。合図はこれで十分だ。

「かのベートーヴェンは言いました。バッハは小川ではなくて大海だと。そんな自分こそが音楽の大洋になることも知らずにね。じゃあ、もう一曲。短い曲でわたしの魅力をお見せしましょう。大丈夫、実行委員の人。ちゃんと水面に関係ある曲ですよ」

笑顔を振りまくが、司会の方を向くことはなかった。あぶねえ、と一瞬ドキッとする。

「実はわたくし、バレエを少し嗜んでいるのです。定期公演では決してやらないので、特とご覧くださいませ。白鳥の湖」

モルダウの演奏が泊まる。一旦スポットライトが消える。暗闇ではないが、一瞬で光量の落ちたステージに目立つのは、蛍光塗料で光って見える指揮棒だけだった。あんなものがあるのか、と凪曽は思った。

指揮者が再び指揮棒を振り上げる。そのぎりぎりのタイミングで、スピーカーのアンプをマイクから外部プレーヤー出力へと切り替えた。この馬鹿でかい野外ステージでは、ヴァイオリンやトランペットといえどもマイクの力を借りないと心細い。


弦の音が鳴り響く。


しかし、その弦の音はヴァイオリンでも、ヴィオラでもなかった。

ここに来てようやく真打ち登場、演劇部のステージである。


世界で最も耳に残るギターイントロと言っても過言ではない、エレキギターの音が鳴り響く! 何度もPVを見ているうちにリッチーのテクに心酔しつつある、凌弥の付け焼き刃なギターとともに、ステージ上にもうもうと煙が充満しだした。スーツ姿の凌弥はフリだけディープ・パープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアを真似ているのだ。そしてスポットライトはあっけに取られているオケのパーカッション、ドラムセットにも向けられた。そこに陣取っているのはいつの間に奪い取ったのか、悟だ。そしてギターに近寄ってきたのは、ベースを弾く蘭子である。二人のセッションが会場を引っ張る。司会の二人は会場に手拍子を促す。「水面のスモーク・オン・ザ・ウォーター」。水面だから、ディープ・パープル。あまりにも安直なこのアイディアは、演劇部二回生の会心の作品でもある。

「ちょっと待ちなさいよ!」

ブツッ、と音がして演奏を切り裂いたのは、穂高だった。ステージ上に流していたギターのコードを根本から引っこ抜いたのだ。いや、引っこ抜かせたのだ。

「演劇部ってそういうやり方をするのかしら!?」

「なんだ、美弥子自分だってもと演劇部だろう?」

蘭子がもと、と強調して叫ぶ。まるで観客にアピールするように。

「ちょうどいい。ジャムと行こうや、管弦楽部さん?」

ベースを片手にまるで極悪人である蘭子。しかしスモークに包まれたそのしなやかな肢体は、確かにクイーンの称号を授けたくなる。

「ジャムなんて、そんなエレキとなんて」

「はい、聞きましたかぁーっ!? エレキなんて、って言いましたぁ!」

蘭子は叫ぶ。もちろん渾身の演技だ。さすが演劇歴七年目。中高と培ってきた演技力は伊達ではないが、もしかすると去年一番大変なタイミングで演劇部を去った穂高美弥子に対する復讐なのでは、とも見えてしまう。恭太郎の脇で、凌弥が「おおこわ」とつぶやいた。

「何が姫か! そんな穂高美弥子には私直々に粛清を与えましょう。さあ、さあ!」

エレキベースのネックを掴むと決して軽くはないそれを振り回しながら穂高に近づく蘭子。

「かのマリー・アントワネットは数千人ギロチンに送ってもなお美しさの象徴としてベルばらで讃えられているわ。やっぱり粛清しといたほうがいいんだっ!」

煙に覆われた水面。そこで姫と姫の粛清劇が行われようとしている。オケは唖然として全く動くことができない。観客もである。すべて脚本とは思うまい。観客最後尾で、茉莉奈が満足気な笑みを見せていたことは、誰も知らない。

姫コンテストは演劇部が暴徒と化して中断された、とニュースになる最悪な結末を観客席にいた上回生たち、そして演劇部に入ろうと思っている新入生たちは思い描いていた。


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