前半 誰が姫を見せるのか その4
「最初ステージには三人上がるんです。黒ちゃんと、もうひとり男がいて、はじめは二人が侍従というかバックダンサーというかで、偽物の姫の引き立て役に回ります。偽物の姫は誰でもいいんだけれど、いわゆるぶりっ子というか、オタサーの姫的な感じでやってもらいます。女子に嫌われる感じで」
「それじゃあ女子は演劇部に入ってくれないだろう」
「だから、偽物の姫なんです。偽物の姫の圧政を潰そうと目論むレジスタンス、それこそが演劇部から送られた刺客にして本物の姫、黒ちゃん!」
朗々と語る茉莉奈に皆、誰もが圧倒される。
「ステージ上でバトルを繰り広げてもそうじゃなくてもいい、本物の姫として君臨するんです。そうすれば男子も女子も黒ちゃんについていくでしょう?」
「成るほど、少しは説得力があるな」
別の3年生が頷いた。水沢紡、白河同等の影響力を持つ先輩だ。
「だが、予め登録する名前はオタサーの姫の方なんだろう? 姫コンテストは最終的に記名投票だから、それだと黒が優勝できないぞ」
「優勝は別に目的じゃないですよ。とにかく目立てばいいわけですからね」
優勝が目的じゃない、一番やっかいな制約がないのだ。魅せることにかけては茉莉奈に軍配が上がる。
「じゃあ、舞台美術はどうするつもりだ? 衣裳とかも間に合わないぞ?」
「ナギさんよりは安く簡単に済ますわ」
「なんだと?」
一方的にふっかけたつもりがカウンターアタックをもらう。
「偽の姫の衣裳だけ凝ればいいです。黒ちゃんはワイシャツにスラックスとかでも、……いや、ユニセックスな衣裳にしなきゃだけどシンプルなのでいいと思う。装置は武器になるものを用意してくれればそれで十分」
衣裳的にも、舞台美術にも、茉莉奈の案のほうが優れている。
「じゃあ、じゃあ! 黒ちゃんの女装誰がやるの? 演劇部じゃ出来てせいぜいオカマだよ?」
楓が必死に反論する。演劇にはちょくちょくオカマがでてきても、本物の女装人がでることは稀だ。彼らにはその経験はない。
「衣裳じゃ限界があるぞ!」
悠平も追随する。幾ら服やメークでごまかすことが出来ても、骨格や声まではごまかすことができないからだ。
「そのために効果があるんだ!」
蘭子が反撃する。
「声だったらリアルタイムでピッチいじれるから、どうにかなるさ。その辺はナギさんが詳しいだろう?」
「……ピンマイクに近づけて話してもらえば、もしくは事前録音の口パクでなら簡単にできるよ」
凪曽の専門だ。出来ないなんて効果のプライドが泣く。
「でも、たとえばその……黒ちゃんのスタイルどうするの? 小柄だけどさ、けっこうがっちりしているし」
「それは秘策があるから心配しないで。ナギさんにやってもらうことになると思うけどね」
潮時のようだ。重要な箇所は凪曽に任せるように計らっているあたり、隙がない。茉莉奈自身、凪曽の技術は認めているのだ。
「先輩たち、あのー、少しだけ時間をいただけますか?」
凪曽がまだまだ続く茉莉奈の高説を遮った。
「いいけど、どうするんだ?」
「たぶん、このままなら2年生だけで決まりそうなんで」
もう一回、2年生だけでどちらに付くのかを決めれば良いだけだ。
凪曽がそう思ったのだ。
「じゃあ、ナギでいいと思う人」
恭太郎がつまらなそうに聞く。まず凪曽が手を挙げる。茉莉奈の提案はオイシイが、あくまで凪曽は自分の案で行きたいのだった。作る過程で茉莉奈のプランの良い所を貰えばいいのだから。
そして、楓が手を挙げる。大町も続く。茉莉奈の案がどうであれ、このふたりは凪曽でいいのだ。同じ部署で長い時間過ごせば、その分の信頼は大きい。
「私は今度も中立だから」
香はどちらにも手を挙げない。これで九人、必ずどちらかに天秤が傾くのだ。
「俺はナギに賛成だ。女装なんてさせられてたまるか!」
「えー? 黒ちゃんのビキニとか見たいんだけど」
凌弥がふざけて言う。
「でも、凌弥が言うなら……」
「ビキニだと効果で対応できないから勘弁してね?」
「着ねえよ!」
はじめのメンバーに黒姫が加わった。これで五人になった……わけではなかった。
「おい、恭。心変わりか?」
「いや、ずっと考えていたんだよ」
「で、お前はどっちにつくんだ?」
「シノ、大元の脚本を変える気はないか?」
恭太郎はもともと脚本志望。凪曽についたのは脚本を書くつもりでいたからである。
「ないわね。今更どう変えたいというの?」
「ここだけ変えてくれるなら」
コピー用紙の裏を茉莉奈に見せる。他のメンバーに見えないように。
「マジで?」
「マジだ」
「こっちのほうが面白そう。恭ちゃん全部脚本やっていいよ? おいで」
一体恭太郎が何を書いたのか、当人たち以外誰も見えていないのだが、ここに最凶の組み合わせが誕生したのだった。
「悪い、暁弘。面白そうな方に付くことにしたんだ」
「だろうな。お前はそういう奴さ。先輩方、決まりました。シノが演出です」
きっぱりと凪曽がお辞儀をする。結局、先輩たちに来てもらう必要なんてなかったのだ。
「よく決めたな。ナイスだよ」
がっしりした筋肉質の男の先輩に褒められる。凪曽はそれだけで報われたと思った。
だが、ここで終わりじゃない。ようやくスタートラインに経った。いままでやっていたのはゼロ地点に到達するための、いわばマイナス位置の幕間劇に過ぎない。




