前半 誰が姫を見せるのか その3
土曜日、朝九時。
前日までの通達により、可能な限りの3年生部員がプレゼンを聞きに来ることになっていた。 部長の白河をはじめ、8名。そこに香が加わって、どっちのチームがどう来るのかを楽しそうに話している。
「どっちからはじめる?」
「ナギさんさきにどうぞ?」
眠そうな茉莉奈を差し置いて、暁弘が前に出る。
「今日は時間を取っていただきありがとうございます。簡単な説明をします」
A4二枚組のプリントを配付する。そこには何枚かの去年の写真をあしらった、分析が細かく書かれていた。
「俺たち演劇部の強みは、無駄に磨かれた技術だと思います。去年の麻奈陽さんの演出もよかったですが、侑さんの衣裳が目立ったのが大きいと思います」
急ごしらえで作ったとは思えないマーメイドドレス。他の候補者たちの中で一人だけファッションモデルのような存在感を出していた。モデル歩きや舞台メイクを駆使すれば、正統派な目立ち方ができるだろう。
「ですが、ただ目立つ衣裳や舞台美術を出すだけじゃだめだと思いました。イメージは女王様です」
女王様!? そう言うとにわかにがやがやとし出す。
「大丈夫、十八禁とかにはしませんから」
「それは問題じゃねえよ!」
悠平が鋭く突っ込んだ。 暁弘は楓を仮の姫として説明を続ける。
「まず、普通にお姫様のようにステージに上がるんです。そして司会が何かを話そうとしたら、照明と音響で雷のような雰囲気を出して、 舞台上を真っ暗にします」
そこに、フリルを多用したドレスを脱ぎ棄てた、黒いカクテルドレス姿の楓が不敵に立っているという。ここからは楓の演技力に任せ、あらかじめ会場に散ばせておいたサクラのメン バーを魔法にかけたように従わせていき、高笑いと共にステージを後にする、という。
「脚本は恭太郎が書きました」
「あ、っテメー黙ってるって言っただろうが」
「利点は、大きな舞台装置がいらないことですね。小道具だけ作れば。衣裳が大変ですが」
こんなもんで、と質問を募る。
「はーい、衣裳は作るの?」
首にヘッドフォンをかけたポニーテール、花巻が問う。
「急ごしらえですが作ります」
「間にあわないと思うよ? マントとかでもいいなら結構良いと思う」
いきなりダメ出し。暁広は耐える。
「姫役は松代ちゃんで決定なの?」
「いえ、わたしはあくまで仮なので……」
「他にやる人は?」
「それはおいおい話して行こうと……」
おいおい話していく時間がないことくらいわかっている。悠平と恭太郎はため息をつく。
「っていうか、正統派じゃなくね?」
部長の一言がクリーンヒット。趣味とか好みのタイプとか、すこしエッチな要素を見せつつ扇動するのがミスコンなので、それをすべて放棄しているのだ。まったく正統派ではない。
「それについては、脚本の書き直しをしていけばいいので……」
「また書きなおすのか!?」
「いいじゃないか」
「さんざんもめてこれになったじゃねーか。またもめるぞ!?」
この三日間、シナリオが大事だからと暁広と恭太郎はずっと言い合いをして、双方がなんとか歩みよってできたものがこれだ。この案が通ったら脚本を下りてやろうか、なんて物騒なことも考えられる。
「では、そろそろシノに替わって?」
だれが演出をするかなんてことに大きく時間を割いてはいられない。みんな早いところ準備に取り掛かりたいのだ。
「わかりました。おつかれナギさん」
「はじめる前に、シノは誰を姫にするつもりだ? 蘭子か?」
「いや、蘭ちゃんにはしないつもり」
「お前がやるのか?」
「私もしないよ?」
ナギのチームだけでなく、シノのチームもおかしいと思っていた。自分がやるのだとばかり思っていたからだ。香はヘルプにしか入らないので、楓に頼むつもりだろうか。
「せっかく演劇部が姫コンテストに出るんだから、ここは姫に姫になってもらうしかないよね?」
茉莉奈は黒姫ににっこりとほほ笑む。
「……俺が? 姫だと?」
そんなの聞いてない! と叫ぶ。一方の三年生はいきなり騒々しくなった。
「女装コンテストじゃねえんだ!」
「でも黒ちゃんなら女装似合うと思うよ」
「馬鹿じゃないの?」
黒姫の気も知らないで勝手にあれこれ詮索し出 す。
「先輩達、黒ちゃんにドレス着せてウィッグかぶせてメイクさせて、それで目立たせようというわけじゃないですよ?」
「違うの?」
「私のコンセプトは、男装の令嬢が実はお姫様でばれちゃって的な感じです」
コンセプトはもう少し短くまとめろ、と皆が思った。




