4-18
埃臭いにおいが鼻をつく。
まだ冬だからこそ湿気も少なくにおいが抑えられているとは言うものの、そのぶん感じる寒さがつらい。
一応目を覚ましたときに周囲を『視て』ここがスラムのどこかの掘っ立て小屋ということはわかったのだが。
「もう少し扱いよくしてくれてもいいよねー?」
リッカは一人、ポツリとつぶやく。
両手両足とも縄で縛られて、ろくに動けやしない
ここにきたのは昨晩だ。孤児院から帰る道すがら、不意に襲われ気絶させられ、気がつけばいまの状況だった。
一応、まだ朝のぐらいということはわかる。でもそれだけで、自分を攫った犯人もそれに関係するような人物もまだ姿をみせていなかった。
「うーん……」
壁に背を付けて身を起こし、かるく足だけ曲げ伸ばしする。いい加減、縛られたままというのもつらい。
傍には刃物もガラスの類もなく、ささくれ立った木片すらなかった。
「あ……」
唯一のドアの向こうに、人が『視え』た。
ドアが開いて、一人の女性が入ってくる。
左手が黒色に染まっていて、長い爪を生やしていた。間違いなく機塊。
「へー? おきてたんだ。へー、そう…………結構落ち着いてるわね?」
「慌てたってしょうがないですから」
相手の顔を睨みつけながら、慇懃無礼にリッカは言う。
「一応月並みな質問ではありますが、ここはどこであなたは誰なんですか?」
「言うと思う?」
「いいえまったく」
「わかってるじゃない」
クスリと笑って、その女性は部屋の隅に転がっていた椅子を引っ張り出し、座った。
「人質にしたとしても、わたしなんかじゃたいしたモノは手に入らないと思うのだけど?」
「あなたをエサにあの坊やが釣れればいいのだもの。現にうまくいっているようだし?」
「何が狙いなんですか?」
「あの『天使』の坊やってところねえ。そしてあなた達自身も」
それはつまり
「事務所自体が狙い?」
「頭のいい子は好きよ」
「わたしはあなたが嫌いです」
そういいながらも、リッカは相手のことを観察するということを忘れない。
「わたし達がなにかしましたか?」
「とんでもない大物を引っ張り出してきたじゃない」
「大物?」
「皇女様がいたって話よ」
「それがあなた達に関係あるんですか?」
「おおありよ。あれのセイでどれだけみんなが危機感を抱いたかと」
「文句ならあの皇女様にいってください。わたし達は巻き込まれただけです」
「そうは言ってもねえ?」
まるで、ただの言いがかりだ。
「で、ただの一事務所に対してそれでこの仕打ちですか。あなた達一体なんなんですか」
「なあに、私達のこと知らないの?」
あそこに住んでいるのに? とまるで知っていて当然のように言葉を重ねてくる。
「知らないから聞いているんですけど」
逆に睨み返してやると、拍子抜けしたように彼女は表情を落とした。
「『悪魔』って聞いたことないかしら?」
その回答に、リッカの息が一瞬詰まる。
『悪魔』? 彼女が、彼女達が?
もっと裏で回りくどく暗躍しているイメージがあったのだけど。まああくまで印象ではという話だから、違っていてもおかしくないのだけど。
それでも
なにか、どこか、違和感を感じる。
皇女様がきた。それでなにか不都合が生じてその落とし前というなら、それはそれで筋は立っているような気もするけれど、何の通告も勧告も宣言もなしに?
黙り込んだリッカを見て、にやりと女性は笑って、さらに何かを言おうと口を開いたときだった。
「おうい、ディア、お嬢さんは起きたか?」
なにやら袋を抱えた男が一人、部屋にはいってきた。
「あら、メーフィス早かったのね」
女性が振り返り、男を迎えたことでリッカにもその容貌をみることができた。
ぼさぼさの髪に、無精ひげを生やして、へらへらとした態度を造っている。
リッカと目をあわせたメーフィスという男は、紙袋を適当においてリッカの縄を解き始めた。
「ちょっと、なに勝手に解いてんのよ」
女性、ディアが文句を言う。
「いくらなんでも、ずっと縛りっぱなしってのはかわいそうだろ? そうでなくても、この嬢ちゃんは逃げないさ」
解き終わり、立ち上がって振り向いたメーフィスに向けて、ディアがその左手の『爪』を喉に突きつけていた。
「新入りが言うじゃない。いつからそんなにえらくなったのかしら?」
「おいおい、オレみたいになんの機塊も武力も持たないような相手に、そんな物騒なもの向けないでくれよ」
そういうメーフィスは、確かに常人よりは筋肉のつきがいいというぐらいにしか『視え』ない。
「まあいいわ。だったら、そのこを見張ってなさい。私は一度外を見てくるから」
「へいへい」
出て行くディアを見送って後、改めてというように、メーフィスはリッカに向き直った。
「そんなわけで、オレがおしおき受けないように逃げないでいてくれるかな?」
「……それは構わないけど」
そもそも、この男相手になぜか逃げられる気がしなかった。
なぜ、とはいえない。わけのわからない不気味さで、まるで蛇に睨まれているかのように、この男のどこかにごった目を見ているとリッカの心に、不安が押し寄せてくるような気配があった。
「そう怖がるなよ」
そういって、メーフィスは袋から適当な食料を取り出す。
「ホラ、くいな。毒は入ってない」
「……どうも」
実際、昨晩から何も食べていないこともあっておなかはすいていたわけで
「まあしばらくは囚われのお姫様でもやっててくれよ」
「……本当になんなんですか?」
「さあなぁ。オレは彼女達が今回の計画を行動に移しはじめたころに仲間になったからなぁ」
「計画って……」
自分を攫い、ソラや他のみんなを襲撃する?
リッカにとっては、あまりにも現実味がない。たとえクロエでも、ユニでも、争いごとは嫌いだとかなんとか言っておきながら、適当なチンピラや冒険者よりは遥かに強い。機塊の力もあるかもしれないが。
ソレぐらいならいろいろと調べて行動しているのだとはおもうけど、だとしても……
あのリーダーとおもえるような女性……ディアといったか。彼女の様子を『視た』限りでは、それでも……
「成功すると思うか?」
唐突に、メーフィスが質問してきた。
「なにがです?」
「この計画のことだ。オレは成功するとは思えない」
あまりにもあっけらかんと、さばさばといわれて、リッカには返す言葉もない。
「いや、オレはまだ入って日が浅いからな。こうして見張り役までやらされてるし、損な役回りだよまったく」
「……あなたは彼女達が『悪魔』だと知って入ったんですか?」
「そうだと聞いたから入ったんだ」
面白そうに、彼は言った。
「一応、あの辺りの顔は自分達だということを示すために、今回の件を企てたらしいんだけどねえ」
周辺住民は特に驚いただけで、困ってたわけじゃなかったよといいながら、ニヤニヤと笑うメーフィスの顔がどこか気持ち悪い。
「いいの?」
「なにがだ?」
「べらべら喋って」
「ここに愛着心はないからな」
まるで、入ることが目的だったように
「なら逃がしてくれてもいいと思うのだけど?」
「逃げたところで嬢ちゃんが何かできるってわけでもないだろう?」
それでも役割は果たすといわんばかりに
「ん、なんだ? オレになんかついてるか?」
「……いえ」
ばれないように『視て』みたが、気づかれたのかもしれない。とはいっても、特に変わったなにかが『視れ』たわけでもなく、機塊持ちのように魔力が多いという雰囲気でもなかった。
本当に、ただの能力のもたない人間。それがいまこのメーフィスという男に対して下したリッカの判断だった。
□ □ □
「なによ!」
少女は叫ぶ。
「なによなによなによなによなによなによなによなんなのよ!」
体のあちこちに焦げ付いたあとを残しながら、周囲に焦げ付いた粉のようなものを散らしながら、イリューはエリーに向かって叫ぶ。
「あんた一体何者よ!?」
自分に向けられた雷は、とっさに機塊で防いだ。直接うがたれはしなかったものの、機塊の半数近くがこれで使えなくなった。
「何って、ただの魔法使いカッコワライよ」
すでに割り切ったのだろう。エリーは皮肉と冗談をまぜて自嘲する。
「ただの魔法使いカッコワライがなんで雷なんて撃てるのよ!」
「あら、ちゃんと魔法だってわかったのね。えらいえらい」
「ふざけるな! それぐらいわかるわ!」
「……口調が素に戻ってない?」
「そ……そんなことない!」
同時に、轟音でしばらくの間まともに耳が聞こえなくなったのも確か。
吐き気を抑えるためにふらついていたら、親切丁寧にエリーは攻撃の手を休めてまでいた。
「一応ね、あなたの機塊がなにかよくわからなかったから、様子を見させてもらっていたのだけど……」
そこで、にんまりといい笑顔をエリーは浮かべた。
「考えてみれば、あたしって分析して対抗策組んで相手を倒すって向いてないのよね。小手先の技術ってどうしても苦手で……」
そして、杖をとんと地面に付けて、手を放した。ソレだというのに、支えるものはないのに、杖はひとりでに宙に浮いている。
「いまのは、オリジナルで組んだ魔法を自滅しないぐらいに威力落としたものね。まったくの無傷だったらさすがにどうしようかとも思ったけど……」
杖がほどけて、雷の塊となった。
「グリム……私の先生がね、“とりあえずわからない相手ならば適等に全力で相手してぶっ飛ばしなさい”といってたのすっかり忘れてたわ。まあそれでもあのひとにかなうわけないと思うんだけど……」
雷の塊が、エリーの周囲を旋回し始めた。
「雷精霊招来」
静かに、エリーは告げる。
「……え?」
「あなたの機塊は光を使うもので、あの天雷を防げるってことがわかったぐらいでいいわ。だからあとは、先生以外で精霊魔法もどきの練習させてもらうわね」
「わ、わかったからって、光を相手に手も足もでないとおもうよー?」
「あら、雷ってね、結構早いのよ。それに」
エリーが両手を広げる。
「もっといやらしいのだから」
同時に、バリバリというおとが周囲に響き渡った。
エリーは指揮者のように両腕を振るう。そのたびに、その腕の動きに合わせて雷精霊は動き、雷をとばし、イリューに次々と攻撃を加えていく。
さらに同時に、雷の槍を、紫電の炎を、地を這う電気の蛇を、次々と生み出しては放っていった。
対するイリューは、手を銃の形にすることなく光をとばしてくるものの
「あら、ちょっと激しすぎた?」
エリーに当たらない。
慌てすぎて、ただでさえ悪い命中精度が劣悪なものになっていた。あたったとしても、エリーはもう痛みを耐えはじめている。
さらにイリューは、己の機塊で自身を覆うように見えない壁を作り上げ、なんとか防ごうとするが
「透明な壁? でも障壁を作るのとは違うわよね。まあどのみち無駄なのだけど……」
雷は壁を伝い、地面を伝い、イリューの足を焼く。さらにいくつかは機塊をも焼き、ショートさせ黒こげの欠片へと変貌させていった。
やがて、じわじわとイリューの周りを電気が取り囲み始め、ひとつの檻のようなものを形成し始める。
「うん、ちょっとまだなれないわね。あ、触れないほうがいいわよ? たぶん黒コゲになるから」
なんとか指を突き出して光を放とうとしたイリューに、エリーは忠告をしながらもひとつの魔法を発動させ始めた。
「で、あなたには聞きたいことがあるんだけど」
「え、えっと、なにかなー?」
「あなた達の本当の目的は何?」
「えー……えっとー……」
「でもみんなが心配だからね、とりあえずは眠っててもらうわ」
『催眠』
言葉とともに、イリューの目が強制的に閉じられ、そのまま彼女は倒れこむ。
同時に、彼女を取り囲むように粉のような、砂のような、細かいガラスな様なものがさらさらと現れ始めた。
「ふーん、これが機塊ねえ?」
金属というよりは、魔力結晶に近い気がする。この細かい機塊を操って、姿を偽ったり光で焼いたりしてきたのだろうけれど。
「まあ、ソレより先に一度事務所ね」
召喚していた雷精霊をひとまず送喚し、エリーは感触を確かめる。
「やっぱりグリムの空間にいるときと比べると、勝手がちがうわね。それに本物をみたことがないっていう意識もあるせいでどうもうまくいっていない……という感じかしら?」
それでもまあ
「……人に向けて使うものじゃないわね。これ……あいたたたた」
戦闘中に受けてた傷はとりあえず直したものの、痛みだけはまだしっかりと残っていて、それこそ身を焼くような感覚がずっとのこっている。
「目に向けて撃たれたり、もっと収束させられたりしてたら危なかったわよね……」
そこまで考えの及んでいなかった相手に、感謝するべきだろうか。
眠っているイリューを置いて、エリーは事務所に向かって歩き始めた。




