4-12
「なあ、『堕天使』」
「…………なにそれ?」
「おめえ結構有名人になってんだぜ? 知らなかったのか?」
「……」
「おら、このスラムにゃ物騒なヤツがいるだろ。切り裂き魔の『死神』と、わけのわからん『悪魔』って。で、おめえもそいつらと同格に扱われているってこった。その背中の羽がちょうどいいからって『堕天使』ってな。まああいつらはもっと白い羽をしていたが……」
「……」
「おう、モノホンには会ったことあるぜ? こっからだいぶ西に行った後ちょいと北に行ったところだったか? 結構面白いヤツだったが」
「なんですかー? また自慢話ですかー?」
「うわっ!? なんだよロビンいたのかよ」
「さっきからいましたー。ソラ君と遊ぼうとおもってたのにジンが来たから隠れちゃったんですー」
「……なぜ隠れる」
「ジンは時々自慢話が過ぎるのですー。もーちょっと自慢じゃない話もしてくださいー」
「別に俺は自慢しているつもりもないんだがな」
「それじゃーさっさと『悪魔』さん相手にどんパチしてきたらどうなんですかー?」
「なんでそうなる。おまえかなり適当に言ってるだろ?」
「適当にだなんていってませんー。思いのままにいってるのですー」
「……それを適当って言うんだ」
「自分が適当ならー、ジンは超適当ですねー」
「なあお前、殴っていいか? 殴っていか!?」
「なんでですかー? 暴力反対ですー」
「……うぜえ……めちゃくちゃうぜぇ!」
「ソラ君もー、こんな大人になっちゃいけませんよー?」
「安心しろ。ソラは俺がまっとうに育てる」
「ジンにはいってませんー。それに、ジンに任せたら筋肉達磨確定じゃないですかやだー」
「なあロビン。ロビンソン・フレマジー。一度お前の頭の中覗いてみたくて仕方がないんだがちょっとこの『鉄球』で割らせてくれねえか?」
「いやですよー。そんなことしたら死んじゃうじゃないですかー」
「おめえが普通にしゃべれるのはちゃんと知ってるんだ。だというのになんでそこまで棒読みで間延びして相手を煽るのかすっごく知りたいんだが」
「それはジンの思い込みというヤツですー。いつもまっとうに正直に変わることなくこんな喋り方ですよー?」
「だあっ! もういい。ちょっとこっちこい。ダッヂのところ行くぞ!」
「そ、それは堪忍ー! ダッヂはいやああああああ!」
「……」
「……あの二人いっちゃいましたカ?」
「……」
「ウェスタンですヨ。そろそろヒトの名前ぐらいは覚えてほしいのですガ」
「……」
「……ひょっとして君、言葉は分かっても口の動かし方わからないから喋らないとか、そもそも喋り方を知らないとか、そんなだったりしまス?」
「……」
「えっとですネ、まずはワタシの口と舌の動きをよく見て、真似してみてくださイ。いいですか?」
□ □ □
聞けば、黒い色をした機塊というのは、他に存在しないらしい。『悪魔』が関わった機塊持ち以外には。
悪魔ゆえに黒いのか、黒いからこその悪魔なのか、その特性から悪魔といわれるのか。正直なところは誰も知らない。
だが、スラムの住人達はこぞって言う
『悪魔には関わるな』
『堕天使』も『死神』も、早いうちから所在が割れていたのだ。そしてほとんど移動しない。だからこそ近づくことが無ければ出会うことも無かった。むしろ『堕天使』は必要以上に寄らなければ、見ているだけであれば、何の害も無かったのだ。過去ちょっかいを出して文字通り『潰された』ヤツラというのは、結局のところ自業自得であり、忌避されるような理由がまったくというわけではないが、無かったのである。そしてその『堕天使』の正体はいまだ不明のまま所在も不明。だがいまもスラムのどこかにいるということだけは暗黙の了解となっていた。
『死神』に関してもそう。その生活圏に入り込んでも出会わなければいいのだから。過去『死神』に出会って無事生き延びた人物だってそれなりにいる。ただ、その生き延びた人物達はこぞってもう会いたくないという感想をいっていた。どうやら本当に出会いがしらに何かで切り付けられ、偶然、運よく、かわすことができたということらしいのだが……
「ででででできるならやっぱりいいいいい一度あってみたいですね」
実際死神が出たといういくつかの場所にもいってみたところ、いつつけられたのか確かに何かに切りつけられたような跡が地面や壁についていたのだ。その傷跡から想像した人物像はどうもあいまいなものという結果しか出なかったが。
だが『悪魔』といわれる人物もしくはその団体について、噂話以上に詳しく知るものはスラムの情報通でも、いない。
一人なのか、複数人なのか。『堕天使』のように機塊もちなのか、『死神』のようにノーマルなのか。男か女なのか、そもそも実在しているのかどうか。
それでも、少なくとも『堕天使』の話が生まれるよりも、『死神』の存在が確認されるよりも、より早い段階ですでに『悪魔』の話はすでにスラムの中に染み渡っていた。
いわく、
かなえたい願いがあるなら、命をチップに『悪魔』へ願えよ
「……ということらしいのですががが」
ジャックはポツリと、『黒い蜘蛛』を視界に入れながらつぶやく。そこでは『蜘蛛』と共に、ユニがリビングの掃除をしていた。
チップ。
そう、恐らくソラがいっていた黒いチップのことだろう。命を対価にしろとはまるで賭け事のようである。そして願った結果、どうなるのかは不明。ただ、その賭けに負けた場合は碌なことにならない。
「でででも、何でそそそそこで『黒い機塊』が出てくるのでしょうか」
たとえば、賭けに勝った場合てに入るものが機塊だとしたら、その色が黒だとしたら、なんとなく分かるような気がする。
「すすす推測でしかなななないのですけどね」
ソラから『悪魔』の話を聞いて、その日は裏づけと自分なりの主観で確認をするために丸一日を費やす羽目になった。別にソラのいうことを疑っていたわけではない。ただ自分が過去に彼らを調べた時は所在を探す程度だったために、このついでにと人となりを気にしてみただけだ。
その結果となると……
「『堕天使』さささんは子供ということで、『死神』さんは近所の人には好意的に見られてまししししたね」
ちなみに、ジャックはいまだにソラが『堕天使』だということを知らない。
「そして『悪魔』さんのことは誰も話したがらないと」
悪い話しか、それも噂でしか聞けなかった。
「本人か関連しししした人物が情報操作している線が濃厚ですすすすよね」
はああああと大きく溜息をついて、ジャックはソファに深々と座りなおす。
やはり自分は剣を振ることにむいている。畑違いの情報探索だなんてあっていない。しかも、以前彼らを探したときにあらかじめ確認しておけばこんな時間を取られなくてすんだのだ。当時の自分を恨みたい。
「どどどどどどどどどどどうしたのですか?」
気がつくとユニが『蜘蛛』を抱えて顔を覗き込んでいた。
じっと、みつめてくる。
「……なななななに独り言つぶやいてるんだとととというところでししししょうか?」
自分が今日一日何を調べていたかだなんて、知るはずがないはずだ。普段どもっていることもあって動揺していることもたぶんばれていないはずだ。まあ、あくまでも可能性を気にして調べていただけでこの『蜘蛛』が本当に『悪魔』に関係していることかどうかだって分かったことじゃないし……
そもそも黒い機塊のことについてだって知ってるヒトがほとんどいなかったぐらいだ。
「……んは……に……つぶ……の?」
「へ?」
二人して目を見合わせ、『蜘蛛』に目線を落とす。
「……何かいいいいいいましたか? ユニさん」
首を横に振るユニ。
「ここここの『蜘蛛』から聞こえまししししたよね?」
ちょっと戸惑ってから今度は縦に振る。
「ななななんて言ったかはわかりまししししたか?」
また横に振る。
「……生体金属ででででででできた生物、といっていいのでしししょうか? そそそそんなもの見るのははははじめてなのですが」
だめでもともと、『蜘蛛』に向かって語りかけてみる。
「……ああああああなたは喋れるのですか?」
念のため、というよりは、確認のため、といったところだろうか。機塊については身近なところに研究してるような人物はいない。だからこの『蜘蛛』が喋ったとしてもおかしくはないだろう。ケモノはともかく、マモノになら人語を解するモノもいるという。
「……」
「……」
しばらくユニと二人で『蜘蛛』をみつめて待ってみた。
結果的に『蜘蛛』は喋らなかったのだけど。
「ここここれは一度、物知りな人に聞いてみみみたほうがいいかもしししししれませんね」
そうジャックが言うと、ユニが誰? という風に首をかしげた。
「エリーさんのおしししし師匠さんです。なんだかいいいいいろいろと物事知ってるみたいですすすすすし」
ああ! ユニの顔が納得したかのようになる。
「知らないかもしれませんが……」
一瞬でしぼんだ表情になった
「……ままままあもう今日は遅いですし、エリーさんに一度お願いしてからということで見てもらいましょう」
こくこくと、勢いよく首を振られる。
「そそそそれにしても、他のみなささささんはまだ帰ってこないのでしょうか? わわわワタシは今日一日外に出ていたののののでみなさんがどうなってるのか知らないのですが」
今朝方の訓練のあと、ソラはなにか用事があったのか出て行った。
エリーはもはや日課となった大図書館への修行。
クロエは気がつけばどこかへふらふらと出かけていってまだ帰って着ていない。
リッカは孤児院に用事があったようで出ずっぱりだった。
ユニはスチールイーターの件があってから、あまり遠出をしないようになっている。
「ユニさんとととと二人きりというのも、はははは初めてですね」
そもそも、この帝都にいる間の拠点としているのが孤児院だった。というだけだ。手伝いは大変であっても宿代は浮くし、ケヴィンやアンディをはじめとした子供達に剣術を教えるのもたのしい。
対して女の子たちとのかかわりが少ないといえば少ないのでもあるけれど……
「クロエさんも寄っててててこないぐらいですからね」
ユニはなんだか、全てをわかって傍にいてくれているような気がする。聡い子だ。
「……そろそろ夕飯時ですし、何か作りますか」
そういってユニの顔を見ると
「なななななんですかかかか!? わわワタシが料理できないとでも!?」
目を丸くして意外そうな顔をされた。旅して回っている時は野宿もするし、それなりに自分でつくりはするのだが、信用はないのだろうか。
その後自分を指してなんだかんだ身振り手振りを加えていく。
「えっと、ユニさんがつつつ作るということで?」
なんとか解読してみたら、しっかりと肯かれた。
「それならそれでお願いします……ユニさん」
ユニが立ち上がり、台所に向かうところで呼び止めた。
「黒板、カバンに入れととといたらどうですすすか? ワタシみたいなののののと会話すすすすすするときにはやっぱりあったほうが……」
なるほど、納得した。というように、ぽんと右手を左手にうちつける。
そして改めて台所に向かっていくユニの後を、いつのまにやら滑り落ちたのか自ら降りたのか、黒い『蜘蛛』があとを追っていった。
「そそそそういえば、あああああああああの『蜘蛛』ってなにか食べるんでしょうか?」
生きているということは、何がしかのエネルギーを消費しているはずだ。でも何かを食べている様子はいまのところ、ない。
「あああああアレが『悪魔の使い』のようなものだとしししししたら本当に厄介なことですけど、いいいいいまのところペットみたいなものでいいいいんじゃないでしょうかねぇ?」
面倒ごとは少ないほうがいい。できるならソラの取り越し苦労であってほしいところ。
そんな気持ちを含んでつぶやいてはみたものの、その言葉を聞かせる少年は未だ事務所に戻って着ていなかった。




