4-11
珍しいことに……明日は雨に違いない
「おう、そうだ。そうやって打ちかかってこい。ちょうど癖がねえんだ。両手でちゃんと……おう、そうだ」
「やってますネ。ジンもまるで父親みたいに……彼が来てくれてここもだいぶ雰囲気が変わりました。いいことで」
「お、カヲル……あいつの拳打と襲脚術ってお前仕込だろ? いつのまに身につけたんだ?」
「さあ、相手してたらいつのまにやら盗まれてましタ。さすが飛行者。人の身で獣人のような視野の広さと動体視力の高さはすばらしいものがありますネ」
「おいおい……いいのかよ。あれ鬼族の技なんだろ?」
「技なんてものは盗まれて伝えられて破られてそして初めて進化するものなのです。構いません。それよりゾイ」
「あ、なんだ?」
「もっとジンで……面白いもの見たくありませんか?」
「おう? なんだそりゃ」
「ソラ! ちょっと羽も使って相手してあげてください」
「……」
「え? おい、まて! なんだそれ! っちょ……」
「入れ知恵が効きましたネ。もともと翼が本体というイメージがあったせいもありますガ」
「おいおいおいおい……なんであんなぐるぐる体を入れ替えれんだよ」
「彼の力の本質は重力ですからね。上下左右の入れ替えなんてたいしたこと無いのでしょう」
「だからって……お前が教え初めて半年だろ?」
「才能ですネ」
「才能ですネってそんだけで済む話しか!?」
「普通飛行者であれば突進からの斬撃や遠距離からのヒットアンドアウェイですから」
「そんないい笑顔で言わなくても……あージンのヤツいいように殴られていやがる」
「ソラは手数と技術で攻めるほうが性にあってるようですから。あの翼の性質を考えても機足者に近いと思ったのでその動きを取り入れてみれば、と言ってみたのですが……」
「だからってよう……お、あの逆さ蹴り痛そー……」
「クリーンヒットですね。顔が歪んでまた……持久力もありますしジンとは対極的でス。そのうち倒しちゃうかも」
「ハッ! そりゃ楽しみだ。で、俺は何をすりゃいいんだ?」
「ソラに合った武器を。羽があるとはいえあれは接近戦には向きません。雌雄一対の短剣なんかがいいでしょうね。取り回しのよさと切れ味のよさと……細かいところは本人に確認取りながらでいいとおもいますが」
「おう、そりゃかまわねえが……そういやアイツがお前に武術習い始めたのはなんでだ?」
「……本人は口に出して言ってないですけど、ほしいものがあったみたいですよ?」
「あん? なんだそりゃ」
「機塊に頼らない力。のようです」
□ □ □
「めめめめずらしいですすすすね。師匠。こここうして訓練をいいいい言い出すだなんて」
「たまにはちゃんと体を動かさないとって思って」
ソラとジャックが向き合って立っている。ハルフォード事務所の屋上……はさすがに雪が積もっていたため、一階の倉庫を、ものを寄せてなんとか広さを確保したところなのだが。
その日の朝食も終わりそろそろそれぞれの活動にと動き始めたところで、ソラが珍しくジャックに声をかけたのだった。ちょっと手合わせしてほしいと。
「それに、この短剣もある程度使い慣れておきたいし」
だらりと下げた両手に、逆手にもつソレは、白く光を湛えている。
「ぶぶぶ武器のことも知っていないいいいと、いざとととというとき困りますもんね」
そしてジャックは自分の呪符剣・ジョセフィーぬを構え、起動させる。
「そそそそういえば、そのダガーには名前があるのですか?」
「うん?」
「ああああああああ愛着を持つというのははははは知るということにおおおおおおいて重要なことです。ぜぜぜぜひ名前をつけましょうううう!!」
「それは……」
ソラの言葉がとまる。対照的に目をらんらんと輝かせているジャックがどこか空恐ろしい。
「また考えておく」
無難に、問題を先送りにして誤魔化すことにした。
そしてお互い口をつぐみ、呼吸を計る。
「ままままずは適当にお願いししします」
一瞬にして、正眼に構えた姿から隙が無くなる。
そっと、ソラは身をかがめ駆け出した。
一瞬で自分の体をトップスピードに運び、腕を振るう。まずは、右。そして左。
さらに連撃。
ジャックは自分から攻めることをせず、ひたすらソラの攻撃を受け止めていく。呪符剣の生み出す不可視の壁が刃を弾き、ともすれば剣を傾けることで受け流す方向を入れ替え、少しずつ円を描くようにして後退する。
そして一通り適当に切り込ませたあと、剣を振るうことでソラとの間合いを離した。
お互い、一度詰めていた息を吐く。共に息の乱れはなく、まだまだ準備運動の段階であることを示していた。
「それではちょっと、いきますよ」
今度はジャックから踏み込む。
ジャックの持つ呪符剣は、長さから言えば長剣の部類に入る。それを、運動できるスペースを確保しただけの狭い室内というところで、上下に左右に自在に振り回す。
ソラは時に身をかわし、ダガーで軌道をそらし、巧みにかわす。ある程度のリズムを読み取った後、突如としてそのリズムを崩した。
「え、ちょっと」
ジャックが何かを言いかけたが言葉にならず、ソラは左右のダガーにあわせて足までも使い始め
廻る。
さながら竜巻か、暴風か、それとも濁流か。軸がぶれることなく次々と繰り出される攻撃は徐々にその速度を上げていく。
「ちょっと……これは……」
もともと、自分の剣は防御に重きを置いている剣だ。だからこそこの呪符剣が自分に合っているわけでもあるが、ここまでの手数とは思わなかった。考えてみればはじめてあったとき以来、ソラがまともに戦っている姿を見たことはない。しかもあの時は徹底的に遠距離からの飽和攻撃だったのだ。接近戦自体はこれがはじめてといえる。
そしてその接近戦も、足技を使い始めてから純粋に手数が倍以上になっている。ここで羽を展開したら……もし、全力を出し始めたら、捌ききれるだろうか。
まあ、その時はそのときですね
ジャックは心の中でつぶやき、少しずつ反撃の手を入れていく。
それにしても、なにか焦ってますね。
ソラのことだ。
何かに急ぐように、やや強引なまでに体を動かしているような感じがする。
これがソラの動き方なのかもしれないが、それにしては、それにしても、動きに無駄が多い。おそらく、圧倒的な手数で攻め立て、反撃のチャンスをろくに与えず完封するスタイル。仮に大きな攻撃がきたら大きく引いて一度仕切りなおすだろう。
速さが、また一段階上がった。
ちがう。ソラが徐々にその速度を上げてきているのだ。ただの訓練の速さから、実戦さながらの速度まで。このままでは……
あえて大きく、剣を振るう。距離を離すために。
だが……跳んだ。
「――っ!?」
横なぎの剣を、しゃがんで交わすでもなく跳びあがり、落下の勢いを利用して、無防備な体にダガーを振り下ろしてくる。
大きく一歩、二歩、後ろに下がり、距離を話そうとしてもつかず離れずついてくる。逆手に持っていたダガーは時に順手に、時にまた逆手に持ち替えられ変幻自在に閃いていく。
ジャックの背中が、壁に当たった。このままではどちらかが危ない。
「すみませんっ!」
呪符剣の防御幕を展開。いっきにソラの体を弾く。だが、手ごたえが弱い。おそらく展開と同時に後ろに自ら飛んだのだろう。
ソラが反対側の壁に着地し、間を置いて地面に降りた。
「い、いいいいやややソラさんさすがにここここれ以上は」
なおも戦闘姿勢を崩さなかったソラに、ジャックは愛剣から手を離して降参のポーズをする。
「え? ……あ」
そこでやっと、知らず知らずさっきまみれになっていたソラが我に返った。
「ちちちちょっとここれは、くくくくく訓練にしてはレベルが高すぎたような気がすすすすするのですが」
「えっと、いや、うん。……なんかノッてたらしい……」
そういって、両手に持っていたダガーをしまった。
ノリだけで訓練中に人をに冷や汗をかかせることができるのか。
「ししし真剣になるのはいいのですすすすけどね。ももももももももう少ししししし自分を見失わないようにしてほしいのですが……」
そこでジャックは一度言葉を切って、ソラの様子を伺う。
「なななななにか、きききき気になることでもあったのですすすすか?」
「あー……えっと……」
言いよどむ。言葉を捜すように。
「ジャックさんは、『死神』や『悪魔』を探したことがあるんだっけ?」
「ええ。結局会えはしませんでしたが」
「……会わなくて正解だ」
吐き捨てるように、ソラは言う。
「そそそそんなにににに危ないものなのですすすすすか?」
スラムの住人達はかなり神経質になって、『三人』に会おうとしないとは言う。ただそれもスラムの中でのみであり、下町の人間は“なんかやばいのがいるらしい”という認識程度しかない。というのがかつて探し回ったときに感じた印象だ。
「うーん、危険度で言えば『死神』のほうがまだ安全かな? 出会いがしらに切り殺されなければ以後殺されるということもないし……」
「なっ! なんですかそれはっ!?」
それを安全というのか。むしろかなり危ない相手なんじゃないのか。
「出会いがしらに切りかかって、相手が死んだか生き延びてるかで相手を判断するのが『死神』だから……アレの生活圏に近づかなければ」
出会うことすらない。幸いにほとんどその生活圏から出ることもない。だから『出会うな』と。
「ななななんか会ったことがあるような言い方ですすすすね」
「向こうから会いに来たことがあったから」
「へえ……へ?」
今なんといいましたか?
「だいぶ昔に、向こうから会いにきたことがあった」
「……よよよく無事でしたねねねね」
その話しぶりからすると、だいぶ小さいころの話のような気がするのですが。
「一応、この翼があったから……」
「……」
時々ソラはとんでもないことを言い出すから手におえない。そして面白い。
はじめてあった時はここの事務所の所長……それも英雄といわれている人に厄介になっていたと聞いて、それはそれで歓喜と落胆を同時に味わったのですが……手合わせしたかった。
「えっと、『悪魔』はどどどうなんですか?」
どんな人物なのか、気になる。
「そっちは知らない」
「はあ……」
「ただ、一番危ない」
「とととととといいますと?」
「……誰も見たことがない。ただ『悪魔の使い』と名乗るものがいて、ソイツに出会うと『何か』をされる。あとはソイツが提示してくる誘惑に打ち勝てるかどうかいや、使いに会わなくても知らず知らずのうちに関わっているってこともありうる。負ければ身の破滅。何とかしてもろくな結果にならない」
だから、『関わるな』
「知らないのにやややややけに具体的ですね」
「なぜかそういう話だけは広まっている。本人があえて広めているんじゃないかというぐらいに」
一応、なんとか生き残っている人物もいるが悲惨な目にあっているらしい。
「ままままあ『悪魔の使い』にあわなければいいということですよね。それならそれで……あ、あれ? そうなると『悪魔』さんは……」
「ジャックさんの求める強者というわけじゃない。少なくとも伝聞を信じるのであれば」
「……」
なんということでしょう。
要は武よりも知略に長けているものということなのですね。せっかく手合わせしてみたいと思っていたのに……いや、そうだまだ一人残っている。
「だ、だだだだ『堕天使』はどうなのですかかか?」
「うん?」
「ほほほ他の二人について知っているってことははは、『堕天使』についても何か知ってることがあるんでしょう!?」
「あー……」
そこでソラの動きがなぜか止まりました。
その間は何かを思い、何かを考えているかのようにも思えます。
「『堕天使』は……」
ソラは、ようやく、やっとということで口を開き
「いまは眠りについてる」
「眠りに?」
「無理に起こす必要はない。起こしたらかえって危険だから、そっとしておいてほしい」
まるで親しい人のことを話しているように、言葉を吐き出していく。
「スラムのグラウンドゼロ。堕天使はあそこから飛び立っていったから」
そしてそれ以上、言うことはないと口を閉じた。
「……」
なにか、大きな関わりがあったのでしょうか。結構隠し事が好きなヒトですから、それもしかたがないとはいえるのですけど。
……ええと
「そそそそれでさっきの何かが気になって殺気だだ漏れってのは結局なんだったのですかかかか?」
「あ……」
「忘れていたでしょう!? かかかか完全に話題忘れていたでしょう!?」
気をつけよう。ソラは意外と抜けている。関連のない話をしないとは思えないのだけど。
「とりあえず、今はジャックさんだけの内にとめておいてほしいのだけど……」
そこで、声のトーンを少しだけ落とした。
「『悪魔』の影がちらついている」
「……だだだだだ誰かに見張られているとととということでしょうか?」
そのような気配は、あの皇女様が来たときぐらいしか感じられなかったのですが。
「そうじゃなくて……悪魔が傍にいるという証がある」
一つは
「黒いチップ」
「ああ、この間の朝リッカさんとユニちゃんに聞いていた……え?」
「もうひとつは、『黒い機塊』」
「……………………え?」
これでもジャックさんは頼れる大人の人ですよ。これでも。




