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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
帰還-帝都の外へ
68/84

4-7

おそらく対生物最強兵器……ただし状況限定

「やっぱえげつねえ」

 ポツリとつぶやいたのは、見守っていた地下都市の子供達の一人だろうか。

 リッカもエリーも、そして彼らも、以前の地下水路のローパー相手の際にその能力の一端は見ていたがまさかこれほどまでとは思っていなかった。赤潮のように広がり、金属とその他有機物と、そしてスチールイーターを食い尽くしていく様はまさしく浸蝕の一言に限り、静かな侵略者でもあった。

 やがて、付近にあるものを食い尽くしたのだろう。エリーの傍にあった『血』は彼女のもとに戻るように引いていき、また離れたところにあった『血』はその鮮やかさを失い赤錆のように粉っぽくなっていった。

 時間にして、二十分かそれぐらいか。しばらく目を閉じ、自分の『血』の気配を探っていたクロエは、やがて振り向いて

「おわったよ~」

 声をかける。

 クロエの後ろには、スポンジのように穴だらけになったゴミ島の残骸が残っていた。完全に崩れきってはいないものの、金属をはじめとした多くの資源が失われ、しばらくの間誰も寄り付かないだろう。

 わずか三十分にも満たない時間で捨てられた資源を湛えていた一つの島は、抜け殻の島へと変貌していた。

 それゆえに、クロエが足を一歩踏み出すとともに、見守っていた彼らの体が震えたのは仕方がないことだろう。それだけの恐怖を与えるものが、クロエの『血』にはあった。

 そして

「えへへ……」

 困ったような顔をして、クロエは頭を掻きつつ立ち止まる。

「先、帰ルね」

「あ……」

 寂しげにいうその姿に、手を伸ばすもののすでに遅く、クロエは身を翻してその場を去っていた。

「あー……」

 気まずい空気が流れる。

 トット達にとっては、一瞬恐怖を感じてしまったのは確かではあるのだけど、純粋に強さを称える気持ちはあれど忌避する思いはない。そのことを伝える前に去られてしまえばなんともしようがなく、なんともいえない顔で顔を見合わせるしかないのだが。

 一人、ユニが動き出し、トットに対して肩を軽くたたいた。

「なんだよ……任せろって?」

 ユニの仕草を読んで確認すればこくりとうなづかれる。

「……わかった。また今度会いに行くから今は頼む」

 沈んだ声のトットにユニは再度うなづいて、リッカの手を取り歩き始めた。

 カバンにはすでに定位置となったのか『蜘蛛』がしっかりと入り込んでいる。



「まさかあそこまでやれちゃうとはねー」

 事務所に向かう道すがら、リッカがユニに話しかける。

「クロエも別に逃げなくてもよかったのに……」

 そのつぶやきに、ユニは答えることができないけれど、心の中ではなんとなくその理由を分かってはいた。

 クロねえの『血』は、自分とは質は違ってもおなじ『望んだものではない』力。一番嫌ってるのは自分自身で、なくすことはできなくて、だからこそ付き合っていかないといけない。なによりクロねえは、最近まで自分の意志のとおりに『血』を動かすことすらできていなくて、かなりのストレスを抱えていたのだから。これがジャックさんみたいな戦士なら、対生物さいきょーとか言って納得しきれるとは思うのだけど……それでも一度制限なしに使ってみたいという気持ちもあったのだとは思う。いつも能天気だけど、いつも笑顔だけど、たまには

「ない……て……いのに」

「へ?」

 リッカとユニ、顔を見合わせた。

「なにか声聞こえなかった?」

 ユニもうなづき、首をかしげる。

 周囲を見渡すものの、先ほど聞こえたような声の持ち主と思える人物はいなかった。

「ユニの声……じゃないよねー?」

 ユニの喉そのものには異常がないということは、いつ『視て』も変わらない。なにかきっかけがあれば声を出せるようになるとはリッカは見ているが、今のところその兆候もない。隠れて練習しているというのは知ってるけれど。

 リッカの質問に再びうなづくユニ。

 なんとなく、カバンを見下ろすと『蜘蛛』と目が合った。

「そういえばユニ、その『蜘蛛』は何なのかな?」

 タマゴが孵ったものだとはわかるのだけど。

 質問されたユニは首をかしげ分からないという顔をする。その後立ち止まって周囲を見渡し、適当な棒をつかって雪の上に文字を書き始める。

 “たぶん 生体金属 朝起きたときには 動いてた 機塊じゃないとは おもうけど ケモノでも ないよね?”

 雪の上ということもあって見づらいが、書かれた言葉を判読すれば、そういうことになるのだろう。

 リッカは逆に聞かれて、いつのまにやらユニのカバンに収まっている『蜘蛛』を『視て』、確かに言われたとおりだと判断することしかできない。

「ソレがなにかってことは、事務所に戻ってから考えたほうがよさそうだねー」

 ただ、フェレの『甲虫』ともちがった。それに『蜘蛛』の一部に魔力が固まってるように『視え』てもいた。あえて言うなら、生体金属のマモノと言ったところなのだろうか……

「ゴーレムだっけ? 岩とかでできた古いマモノって。伝承の中とか古い遺跡にはあるみたいなことエリーがいってたよねー」

 コクリとユニがうなづく。

 そのままぽいと手に持っていた棒を捨てて、再び歩き出した。

「一応、ユニがフェレみたいに動かしてるのかな?」

 首を横に振る

「てことは勝手に動いてるってこと?」

 今度は縦に。

「『角』で動かすことは?」

 また縦に振った。少し戸惑いがあったということは、できるだけやりたくないということなのだろう。

「生体金属の体をもったゴーレム、みたいなものなのかなー?」

 分からない。

 結局分からないことを悩んでいても仕方がないため、別の事を考えることにする。

「あのスチールイーター? なんであんなに沢山出てきたんだろうね」

 食糧不足にしても基本は地下を移動する生物のようだし、何の兆候もなく地上に来るにしてはなにか違和感を感じる。地上に現れること自体は問題ない。ただその量がなんだか不自然ではあった。

 ゴミ島に集っていたのは単純に金属やナマモノが豊富にあったからだろう。トット達地下都市の子供達もこっそり拾いに着ているようだし。

 たとえばスチールイーターの天敵になるようなものが急遽やってきたとか。

 結局のところ考えても分からない。

 ソラのようにいろいろと首を突っ込んでいるわけでもなし、ジャックのように旅をしたこともない。エリーのように他の土地で勉強した事だってないのだから。

「保留しかないねー」

 ユニもこくりとうなづいたとき、ふと何かを忘れているような気がした。

 なんだっただろう?



 答えはすぐに分かった。

 事務所に帰ったら、部屋の空気が灰色になっていた。

「あ……」

 リッカもつい声をあげて、いまだに屍然としている三人を見つめる。

 クロエはいない。たぶん帰り辛くてまたどこか歩いているのだろう。

 ここに来るまでの間に適当に店先を覗いたりもしてみたけれど、被害が減ったかどうかはいまひとつ分かりにくかった。ただそれでも『視える』範囲においてはスチールイーターの影はなく、また地下に引きこもったのか別のところに行ったのか、とりあえずは安泰といえる気もした。

「えーっと、とりあえずちょっと遅いけど朝ごはん、準備する?」

 リッカはユニに声をかけ、共に料理の準備を始める。

 いくつかダメになってる鍋などは仕方がないとして、無事だった道具を使って調理を始めた。ネズミの齧った包丁という点においていまいち調理に使いたくないという思いはよそにおいて。

 仲良く二人が並んでいる所が気になったのか、『蜘蛛』がカバンから抜け出して食器棚の上から覗き込んでいた。

「ああ、そういやエリー……エリー?」

「……なによ」

 何度かリッカに呼ばれ、やっとエリーが顔を上げる。

「その『蜘蛛』なんだけど、エリーは何か心当たりある?」

「なによ『蜘蛛』って……なにそれ?」

 食器棚の上にいるモノに目をやって、エリーは疑問の声を上げる。

「ユニのタマゴが孵ったみたいなんだけどねー?」

「うん……魔力生物?」

「一応わたしとユニの見立てだと、金属のゴーレムじゃないかなってところなんだけど」

「ゴーレムかどうかは分からないけど、なんかジャックさんの剣だとかあなた達の機塊に近い気がするんだけど?」

「まあ生体金属の体みたいだし?」

「なるほどねぇ……そういえば、生体金属ってなんなのよ」

「へ?」

「ずっと前から気にはなってたけど、自己修復する金属としか知らないのよね。この大陸特有の」

「うーん……」

 なんだっただろうか。

 と、リッカは頭の中を整理してみる。

 生体金属。生きている金属。周囲の魔力を吸収して自己再生する不思議なもの。たとえばジャックさんの剣だとか、ソラのペンダントだとか。

「古の大戦の前後に生み出された、一種の合成物質。ということをセリアが言ってた」

 唐突に、ソラが口を開いた。

「あ、おかえり? もういいの?」

「いつまでも沈んでる必要もないし」

 無表情で落ち込まれるというのもなにかとホラーで怖かったので、これはこれで嬉しいことではある。切り替え大事。

「セリアがって誰よ? この間もなんかそれっぽい名前いってたけど」

 出来上がった遅い朝食を運びながら、ユニも興味ありげな顔を向けてくる。

「この事務所の、一人。情報の解析と分析、整理を担当してた」

 へえと、リッカとエリーがものめずらしげな声を上げる。ソラが自分から事務所のことを話すということ自体が珍しい為だ。

「ふうん? まあいいけど……古のって、機と魔の戦争のことよね?」

「それ以外に当てはまるものが無ければ」

「……大戦とつくようなものとなると、ソレしかないわよね」

 エリーが一人、納得してうなづいている。

 置いてかれたリッカとユニは二人で顔を見合わせながら食事に手を伸ばし始めた。

「えっと、どういうことかな?」

「大戦のこと?」

「それもあるけど……」

 合成物質という話も、気になっている。

「機と魔の大戦は……いつごろだったかしら? だいぶ昔に世界中を巻き込んだ戦争があったのよ」

 その影響によって主要大陸間での交流も減り、結果として大陸ごとの文化色というものがより強くなったそうだ。

「どこが勝ったとか負けたとかそういう話はうやむやなのだけどね。たしか真裏世界のことが出てくるのもそんなあたりの話よ」

「へえ……」

「へえって、ソラ。あなた大戦のことは知ってたじゃない」

「聞いてたのは名前のことだけだから」

「……あ、そう」

 なんでそんな知識が中途半端なのかしらと、エリーは嘆く。

「で、合成物質ってのは?」

 リッカが雰囲気を変えるためにもうひとつの話を持ち出す。

 エリーもさすがにそこまでは知らないらしく、ソラに顔をむけた。

「えっと、最初は植物に金属の性質を……いや金属に植物の……? とりあえずそんな目的があったとかなかったとか」

「曖昧ねぇ」

「植物っていうと……」

 何気なく、リッカが口にしながらある()()に目を留める。

「ジャックさんの剣を地面に突き刺しておけば、成長したり直りが早くなったり、そういうことかなー?」

「ややややややめてくださいいいい!!!」

「あ、なおった……」

「戻ったら戻ったでちょっとうるさいからあのままでもよかったのだけどね」

 ユニが手振りでさっさと朝食を食べるように指示して、ジャックは慌てて食べ始める。ただ、時おり愛剣ジョセフィーヌを見ては溜息をついているが。

「成長とか直りとかは知らないけれど、とりあえずそんなモノ。という話だけ聞いたことがある」

「なるほど。だったら自立して動くようなモノがあってもおかしくはないか」

 リッカが納得の声を上げ、いまだ食器棚の上の『蜘蛛』を見上げた。

 その後しばらく無言のまま食事をする音だけが響く。

 ふと、ソラが顔をあげてしばらくの間じっと『蜘蛛』をみつめた。

「どうしたの?」

「リッカ」

 ソラが声を上げる。

「その『蜘蛛』にチップはついてる?」

「へ?」

「ユニも、タマゴを拾ったときとか、その『蜘蛛』になったとき、誰かから黒いチップをもらわなかったか?」

 ユニは、首を横に振る。

「一応、今見てる感じだとチップ? みたいなのはついてないみたいだけど……どれぐらいの大きさなの?」

「普通のコインよりは小さい。爪ぐらいの大きさの、黒いチップだ」

「うーん、ない。と思うけど……ソレがどうしたの?」

「ないなら、いい」

 それきりもうしばらく『蜘蛛』を見つめた後、ソラは食事を再開する。

「変なの。ああ、そういえばジャックさんの剣を齧った犯人なんだけどね……」

 リッカが朝の騒動について話し始めた。

 そんな事務所の光景を、黒い『蜘蛛』は食器棚の上からじっと眺めていた。


カフカの変身をなんだかおもいだしました

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