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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
帰還-帝都の外へ
65/84

4-4

「なあソラ。あの黒い男について面白いことがわかったぞ」

 帝城で。ソラに与えられた一室で。

 もはやヴィヴィの訪問は、彼女の習慣にもなっていた。

 今日も暇だろうと唐突に訪れては、勝手に座り勝手に話をしていく。

「面白いこと?」

 ソラが反応すれば、秘密を打ち明けるかのように笑みを浮かべながら、ヴィヴィは言った。

「ああ。お前を知るきっかけになったデトス・ヒルトマンの件なんだがな。アイツにも手を貸していたようだ」

「何の為に?」

「知らん」

「知らんって……」

 きっぱりと言い切るヴィヴィに、思わずソラは繰り返す。

「こちらとしても、当時の目撃証言をつなぎ合わせた推測でしかないのだからな。ソイツが今度冬季訓練で向かう目的地付近にいたという話しがある」

「それはまた、適当なことで」

「そうは言うな。そもそも、父上ですらあれの存在を知らないような状態なんだぞ?」

 知らないゆえに、娘の進言を聞いてはいても、聞き入れてはいないらしい。伝えたときの反応は、ヴィヴィの裁量で何とかしろということだったとか。

 かなり重要なことのはずなのに、物の見事な放任主義である。それともそれすら兄二人と比較するための材料としているのか。

「皇帝も知らないせいで、第一皇位継承者が騒いでいるというのに誰も気にしない。ということか」

「……なんだその言い方」

「別に」

 兄二人を差し置いてヴィヴィが第一位として見られていることは、流石に貴族に興味がないソラの目でもこの帝城に暮らしていれば察することができた。兄二人が無能というわけではないらしい。それ以上にヴィヴィが優秀だったというわけだ。時々問題になりがちな言動は別として。ただ事実であっても、どうしても皮肉にしか聞こえない言葉に、ヴィヴィが目線を鋭くする。対するソラはいつものように変わらない顔をヴィヴィに向けているだけ。「別にじゃないだろう? この一週間お前を見ていたが、ソラ、おまえ結構腹黒いこと考えてるだろう?」

「いや?」

「いやじゃない。絶対だ。嫌がらせかなんか知らんが、他のヤツラとの訓練ですら妙に手を抜いたりいきなり本気を出したり……ほら、今だって笑ってるだろう?」

「気のせいじゃないか?」

「気のせいなもんか!」

 ソラの顔はいつものように平坦なまま変わらない。かわらないのに、ヴィヴィの目には口元を歪ませて笑いをこらえているようなそんな顔が思い浮かんだ。わずか一週間前後とは言うのによくもまあ、分かるようになったものだ。

「ヴィー、そろそろ時間です」

 用件は伝えたものの、なかなか会話を終えようとしない主に向かって、傍らのお付兼護衛兼メイドが唐突に口をはさむ。

 対して主であるヴィヴィは一瞬口ごもったものの

「ア、アカネ! お前もわかるだろう? コイツは無表情を盾にえげつないことを考えているんだ!」

 ソラに対する同意を求めようとする。

「そうですね。彼を参考に、そろそろヴィーも腹芸を覚えてほしいところですが」

「腹芸……なぜ腹踊りをしないといけないのだ?」

「……」

「……」

 一瞬、部屋の空気が固まった。

 ソラの目線だけがヴィヴィの隣、アカネに向かって動き、その後送れて顔が向く。

「……なあ、ここはどう突っ込めばいいんだ?」

「私に聞かないでください。時々ヴィーは()()なのです」

 仕方がないですね、ヴィーですし。とアカネは額を押さえながら溜息をついていた。

「おい、ソラ! アカネ! お前たち私をおいて何勝手に会話している!」

「ヴィーのかわいさについて、です」

「ほんとうか?」

「ああ」

「嘘だ! 絶対嘘だ!」

「ほら、そろそろ行かないと陛下もお待ちですよ?」

 二人がかりでも誤魔化されなかったため、アカネが次の予定を持ち出すことでうやむやにしようとする。

「だまされないからな!? 戻ってきたら絶対問い詰めてやるからな!?」

 叫びながら部屋を出て行くヴィヴィを見送って、ふとアカネはソラに振り返った。

「……はっきりいって、あなたには感謝しています」

「うん?」

「こちらの都合とはいえ、勝手に拘束しているというのにヴィーに付き合っていただいて」

「別に。やることがないだけだ」

「あなたがいてくれるおかげで、チマのことも何とかなってるのです。時々影で泣いてますけど」

「オレはその代わりのペットか」

 皮肉を言えば

「なんであなたはそういう言い方しかできないのでしょうか?」

 あきれた顔をして、苦言を伝えてくる。

「さあ……」

「おい! アカネ。なにしてる!?」

 自分の後ろにアカネがついて着ていないことに気がついたのだろう。ドアを開け放ち、首だけ突き出したヴィヴィが部屋の中に向かって叫び声をあげていた。

「はいはい」

 適当に答え、再度ソラに目を向けたアカネはもう少し、とつぶやいた。

「あなたの家のように……とはいえないですが、もう少し肩の力抜いていただいてもいいのですよ?」

 彼女の言葉に、ソラは答えることなく、二人が見えなくなるまで見送るばかりであった。



 □ □ □



「……ととというわけなのでししして、一に水、二に酒、三に食料というわけですすすね。いいいいい今の季節なら雪でごまかすこともできるのですがががが。……どどどどうかしましたか、ソラ?」

 ふと傍らを歩いていたソラに、ジャックが声をかける。せっかく旅をする際の必須なことをレクチャーしていたのに、ソラは上の空だったようだ。

 冬季訓練の参加を決めた翌日。必要なものの買出しに出てきたのだ。

 冬だというのに、人の数はほとんど減ることなく、それどころかいつもより険悪な空気がどこか流れていた。時折聞こえる言葉の中に、自分の商品を壊しただのダメにしただの、怒鳴りあっている声が聞こえる。

「なんかぼーっとしてルよー」

 荷物も地に着いてきたクロエが顔を覗き込む。すぐに逃げ出せるようにソラをはさんでジャックの反対側で。

 そのクロエの片手を、どこかへいってしまわないようにユニが片手で握りしめ、もう片方の手は黒いタマゴを抱えていた。

「ジャックは……」

「なんですか?」

「自分の記憶を疑うことはある?」

「ななななんか哲学的ですねええ」

 ソラに問われ、うーむと顎に手を当ててから

「ワタシにとっての記憶とは全てこの剣を振るった経験ですかかかからね。鍛錬ののの結果、実力の結果、そういったものがががワタシの記憶といいますでしょうかかかかか。だだだだから疑うということはないですねえ」

 どこからどう見てもぶれない意見だ。

 その言葉を前を向いたまま聞いていたソラの反応は、いまひとつジャックの目にも読めない。

「りりりリッカさんのことですか?」

「まあ……」

 正確には、リッカのことだけでなく……

「わラしは~、今があルかラ気になラないよ?」

 横からクロエが口を出してくる。後ろ向きに歩きながら、巧みに人をよけつつ言葉を重ねる。

「そラがいルしリっかがいルしユニもいルしえリーもいルしジ、ジョイさんもいルし……………………悲しいことは時々思い出すラけにして、楽しいこと覚えてレばわラえルよ?」

「わわわワタシのことは!?」

「……」

 無言でくるりと前に向き直るクロエ。

「わわわワタシのことは!?」

 なおも叫ぶジャックに、ユニが近寄って手を引っ張っていく。

「な、なんですか?」

 指し示したのは一つの肩掛けカバン。

「あああ、タマゴを入れるかかかカバンですね。それなら丈夫そうですしいいと思いますよよよよ」

 ジャックの同意を得て、今度はカバンを持ちあえげ潤んだ瞳で見つめる。

「え、買ってほしいと? そういうことですか? でも……いや……ワカリマシタ」

 クロエに対する追求を誤魔化されたということを、ジャックは分かっているのだろうか。

「そラ、てーじょーにいた時になにかあったの?」

 ジャックが離れた隙に、クロエが近づいてくる。

「いや別に……」

「そラがそういうときは、大抵なにか誤魔化してルかラ」

 いいながら、ソラの首に両手をまわしてまじまじと顔を覗き込んだ。顔が近い。

 くりくりとした黄色い目で、ソラの蒼い目を見つめる。

「クロエ……」

 クロエは、普段リッカがいる所ではここまでソラに接近してこない。リッカがいなくても不思議なことにソラに対して強く迫るようなことはしなかったのだが。

 彼女の胸元から、なにか甘く、それでもすっきりした匂いが香る。

「そラはね、悩んレルと乾いた砂みたいになルの。お日様のあたってない、でも乾いた砂みたいな匂い」

 そのままするりと離れて、くるくると回った。

「いつもはね、土の匂い。お日様のあたった暖かい昼の匂い」

 面白そうに

「ユニは焚き火。リっかは水。えリーはうーん……びりびり? ジャックさんは骨」

 歌うように言う。

「ほ、骨ってなんですか!?」

 買い物を終えた二人が戻ってくる。

 あわせて慌ててクロエが離れた。どういったとしても、ジャックは苦手らしい。その勢いに珍しく足を取られたのか

「にゃー」

 こけて女性にぶつかる。

「ごめんなさい?」

「いえ、こちらも不注意でしたので」

 一言交わし、そのまま女性、いや少女は歩いていった。すぐに人ごみにまぎれて見えなくなる。

 ヴィヴィとはまた違った紅い髪をもつ少女だった。あの色はまるで……

「血の匂いがしたね?」

 皆の思いを代弁するように、クロエがぽつりと言う。

「血?」

「うん。あラしは鼻はいいかラー」

 自分の鼻を指して、胸を張る。

「そそそれより、ががが学生服でしたよ?」

「……言われてみれば」

 流石にまだ昼前。昼休みどころか授業の真っ最中のはずだが、自主休校なのか単純に制服がないのか。

「けけけ結構デキそそそそうでしたね」

 姿を消した少女の方向を見ていた二人を引っ張るユニ。

「あ、かかか買い物しないといけませんでしたね」

 いつしか止まっていた足を動かしたところで

「あー……」

 ソラは声をあげた。

 三人の視線が集中する。

「ロうしたの?」

「そういや準備費用、ヴィヴィからひったくっておけばよかった」

「たたたたしかおおお話を聞いた時点でまだ参加するとも決めていなかったたたたのでは?」

「まあそうだけど……」

 それでももらえるものはもらっておきたい。なにせ事務所の家計が……

 家計といえば方々への挨拶もしないといけない。とくにヴィオレット婦人に。

 長いこと事務所に戻ることもできていなかったため、猫探しをしていない。流石に猫がまったく戻らないというわけでもないだろうけれど……

「そそそそういえば、ソラはお得意さんへの挨拶もああああありましたね」

「一応、リっかとえリーでまわレないとこロ?」

「まあ止まり木と、後いくつか……」

 いくつかといえるほどでもないが。

「めんどい、なぁ……」

 ふと、空を見上げ、空はつぶやいた。



 □ □ □



「で、カバン買ってもらったんだ?」

 ベッドに腰掛けたリッカと床に座っているユニが今日のことで話をしている。うなづきながらも、早速その肩掛けカバンの中に適当な布を入れ、スペースを作っているユニ。

 照明がランプのみで、部屋はだいぶ薄暗い。

「……なんで二人ともここにいるわけ?」

 ソラが憮然とした声で聞く。

 確かにここはソラの部屋だ。だが、なぜかリッカとユニの私物がところどころに見え隠れしている。

「二人とも部屋はあったはずだけど……」

「いいじゃんいいじゃん」

 それなら専用の椅子で寝る。そう態度で示したソラに対して、リッカは自分の隣をたたいて目線で訴えた。

 しばらく見つめあった後、根負けしたのか椅子から離れるソラ。いつのまにやらユニは隣に紛れ込んでいる。

 ユニにもそろそろ、自分が女になり始めているという自覚は持ってほしい。とソラはふとおもう。

 流石にいまは相手としてみることはないけれど、どちらかといえば恐らく妹を見ているようなものなのだろうけれど、いずれは分かったものじゃない。いや、むしろ自覚を持ち始めたときが危なそうだ。リッカと違ってずるがしこそうだし。

「どうしたの? ソラ」

「いや、別に……」

 エリーは何かに焦っている。以前よりも気配が際立つようになった。昨日帰ってきて早々一瞥して“昼帰りとはさすがね”といったことには流石に苦笑するしかなかった。クロエも変わりはじめている。昼間のあの接近もそうだ。ただ、エリーの言葉のあとに“昼帰リ?”と分かっていない様子だったところは変わらない。

 全員わずか二週間あっていなかっただけで変わり始めている。

 いやむしろ、変わったのは自分?

 “?”とユニが首をかしげて、リッカと顔を見合わせる。

「そういやソラ、レースはどうするの?」

「ん? あー……さすがに出発近い日がレース日だから、今回も出る気はない」

 ソラが答えると、ユニがもったいないという顔をした。だいぶ期待していたようである。

「みてみたかったなー?」

 上目遣いにちらちらと

「出ない」

 リッカにせがまれ、それでもきっぱりと断る。

 誤魔化すためにも、ソラもさっさとベッドにもぐりこんで寝ることにした。

 一つ頭の中で引っかかってることは忘れることにして。聞けばリッカがまた混乱しかねないことでもあるし。

「もう。おやすみ」

 リッカがいい、枕元のランプに手を伸ばす。



 ランプが消え夜の暗闇に満たされた部屋にしばらくして後、何かが割れる音がしたあと、何かが動く気配がした。


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