3-エリー2
4~5時間ぶっ通しで走り続けて全身筋肉痛になったことがあります
リッカとユニ、ジャックの三人が出て行ったあと。
普段から静かなハルフォード事務所は、雪につつまれて一層静かになっていた。
その一室で、エリーはいまだベッドに突っ伏したまま。
昨日の魔女、グリムとの修行で魔力を使い果たしているせいである
限界まで自身の魔力を使い、空間にある微量な魔力すらも利用したというのに、まったく歯が立たなかった。
正真正銘、あれはバケモノだ。
でも
アレに最低限抵抗できるようにならないと、この先に来るであろう漠然とした予感と不安に勝つことができない。
最悪逃げ出してしまってもいいのだけど
「見捨てるにしては仲良くなりすぎたのよね……」
枕に顔をうずめて、一人つぶやく。
頭の中に浮かぶのは、昨日の光景。
□
空間にいくつもの球が浮かんでいる。
火、水、土、風、雷、光、闇、無。
色とりどりに球を形作り、浮遊している。
それらの球に、別の球が撃ち当てられ、次々と相殺して消えていった。
しかし、消えるよりも早く、浮かぶ球は増えていく。
球を生み出すのは眼鏡の道化師。撃ち壊すのはローブを着、杖を持った魔法使い。
フローラ・ファルロラ・ウィズグリムとエリー・マルクトだ。
時折自分を襲う魔法球から身をかわしながら、エリーは攻撃の手を休めない。
「やっぱり、あなたはドラコよりね。妹」
すでに汗をかき始めているエリーに対して、グリムは手に持った本から目を放さず、平然とページをめくる。
体力を使い、魔力を使い、さらに集中力をもつかわせようというのか。
「どういう、いみですか」
火球を生み出し、水球に当てたところでやっと出した声は、荒い。
「魔力の使い方ということよ。ドラコよりは多芸だけど、破壊力重視でしょ? 手段が増えるのはいいことだけど器用貧乏になってるし、あまり周囲の魔力、利用していないでしょう?」
魔女の指摘にエリーは押し黙る。
自分ではできているつもりではあったのに、できてないといわれた。相当なものがあるだろう。
「それでも、ほかの魔法使いよりはできてるわよ?」
まあ私が凄いだけなんだけどね? といわんばかりに魔女は得意げに
「私のように、自身の魔力を核に周囲の魔力をまとわせれば、もっと少なくて済むというのにね」
笑う。
それに、せっかくこの図書館の地下は魔力がたまるようにしているのだから。ためしにやってみなさい。とまでいう。
「その、ドラコと、いう人は、どのような人なんですか」
立て続けに詠唱。生まれた三つの水球が別々に飛ぶ。
「……『自称』今代最強の魔女。私達の間では竜の魔女ともいうけどね」
別々にとんだ水球が、一つだけ浮かんでいた水球にぶつかりその体積の一部となった。
「竜……?」
それよりも、『自称』とはなんだろうか。自称とは。
「人にして竜に成ったもの。竜人族ともちがう、人であり竜であるもの。召喚ともそこから発展させた憑依ともちがう、さながら『転依』の魔法使いとでも言ったところかしら?」
人にして竜……そんなモノがあるというの?
「まあ、アレは対艦巨砲主義だし、参考にするにはもっと後でいいわ。それより……」
にやりと、眼鏡の奥にいたずらな笑みを浮かべる
「準備運動はもうよさそうね? 妹」
「え?」
いままでのが、準備運動?
エリーの疑問を気にすることなく、クスリと笑った魔女が手に持っていた本を前に差し出した。そのとたん、本は浮き上がり、風もないのにめくりあがる。
ぱらぱらと開かれた本は光を放ち、その下に一匹のオオカミを生み出した。
いや、毛が赤い。
「ブラッドウルフ!?」
単体ではそれほど強くないとはいえ、それでも脅威的な顎の力をもつケモノだ。
エリーはあわてて無数の風の刃を生み出し、ぶつける。
切り刻まれ、はねとばされたブラッドウルフは光の粒子を撒き散らし、消える。
「ほら、まだまだいくわよ?」
魔女の宣言と共に再び本の下に何かが生まれる。
鉄の体毛をもつというサル、鉄糸猴と一つ目多腕の怪物ヘカトンケイル。
伸ばされた腕をかいくぐり、サルに雷撃をあてヘカトンケイルは水球で押しつぶした。
息をつく間もなく、つぎつぎとケモノが生み出されていく。
森のアサシン棗猫、初心者殺しのキラービー、怪耳レーファン。
スコーピオンドック、フラクタルスライム、ビッグジャイアントフラワー。
あらゆる虫、あらゆる鳥、あらゆる動植物。
つぎつぎと、危険とされているケモノが量産されていく。
「うわ……ちょっと……ひっ!?」
「これが私の召喚魔法よ」
ケモノが生み出されるたび、迫るたびに声を上げ、悲鳴を上げ、それでもなんとか倒していく。
それでも一つ目の怪鳥ズィクーが出てきたときはもう終わりかと思った。
なんとか倒せたのは各ケモノがばらばらに襲い掛かってきてくれていたおかげでもある
「なかなかやるわねぇ」
面白そうにつぶやいた魔女は
「ちょっと狭いし、場所を移しましょうか」
ぱんと両手をあわせる。
再び本から光があふれ、消えたとき、図書館の地下は草原へと姿をかえていた。
「……え、どこ!?」
「転移じゃないわよ。本の中に空間を閉じていてね、あるいみ空間を召喚したといえばいいのかしら? ここはいまだに図書館の地下。あそこはせまいからねぇ」
そのままケモノをさらに五十体生み出して、エリーに差し向ける。
「――!?」
「ほら、がんばれー? うん。あなたの場合は精霊と契約したほうがよさそうねぇ」
魔女は一人つぶやくが、エリーは物量に迫られ答えることができない。
距離を離し、爪をかいくぐり、牙をかわしているものの、つぎつぎと怪我が増えていく、
そしてとうとう蔓がまきついた。
「このっ」
とっさに燃やしてなんとか抜け出し、少しでも有利になるようにと距離を離す。
「今の時代、精霊自体も少ないからなんともいえないけど、この大陸にも雷精霊ぐらいがいたような?」
これのケモノの群れがもし野放しであったなら、エリーはとっくに血と肉と骨に変化していただろう。
魔女がコントロールしているからこそ、まだ対処できている。
「精霊というのも、自然がうみだした召喚体ってところなのだけどね。意志をもっていたり持っていなかったり……」
答えないエリーを気にするでもなく、魔女はケモノを的確に操ってエリーを追い立てる。
通算五十体目が倒されたときに、ボーナスというようにさらなるモノを生み出した。
「マモノ!?」
「さて、妹。ケモノとマモノ、バケモノの三つの違いはわかるかしら?」
魔女の質問に、エリーは答えない。
代わりに杖を地面につきたて
「……結界!!」
叫ぶ。
声と共に壁が生み出された。だが、その強度はもろく、数分と持たずにマモノの群れの前に打ち砕かれるということを魔女の目にも明らかだった。
「一般には危険度の違いでしかないのだけどね。私達にとっては魔力の有無で差をつけるわ。もしくはこの国の人達のように、機塊で差異をつけるようにね」
無論、エリーもそのようなことは承知していて、壁によって稼がれる時間を利用するために次の行動に移っている。
不可視の壁に爪がつきたてられた。
「ケモノはいうなれば戦士。自らの肉体をもって戦うもの」
エリーを中心に、魔法陣が無数に展開される。多重起動。
「マモノは機塊持ちや魔法使い。稀有な力を持って生まれたもの。あの猫みたいな子とかね。」
壁に向かって火がせまり、風の弾丸が穴をうがち始める。
「バケモノはイレギュラー。あなたの知り合いの『堕天使』君みたいにね」
エリーが杖を振り上げると同時に、壁が崩れ落ちた。
「じゃあ、私が生み出しているモノ。コレはなんだとおもう?」
その喉に、今まさに爪が突き立つというそのときに、エリーの魔法が完成した。
杖を
「天磊!」
振り下ろす。
一瞬の間。直後、空からおちてきた圧が周囲のケモノを、マモノを押しつぶし、地に叩きつける。それだけでなく、地にあたりはじけた圧は雷光を走らせ次々とその体を焼いた。さらに遅れて響き渡る轟音が、敵の体内を浸食し揺さぶり破壊していく。
隙のない三段構え。
過去、しつこく起き上がる敵に出会ったときの経験を生かして、エリーが生み出したオリジナルの魔法である。
「やるわねえ」
ひとり安全圏に逃げていた魔女がつぶやく。
自身が生み出した召喚体の軍団をまとめてなぎ払ったのだ。感心もする。
「ただ、自分にもダメージ出ていたらもったいないわよ?」
その視線の先ではエリーが口から血を吐いて座り込んでいた。
「でも、とりあえず……」
おわりました。
エリーは言った。そう言いたかった。
だが、魔女は笑っている。
「さ、今日の仕上げよ?」
本がひらめき、また一体のモノが生み出された。
「え……」
「これが私につけられた称号の『機』の部分ね」
にこやかに告げるその正面には、全長三メルテはあるだろうか。巨人のような風体をしたモノが一体。
目も耳も無く、大きく裂けている口が不気味だ。
その背からは鉄のパイプやコードが突き出て、手や足や体といったところにまで絡み付いている。
その姿は、まるでケモノの機塊持ちといえばいいのだろうか。
「機獣ディアマンテ。私の創ったバケモノってところね」
なんとか抵抗はしようとした。
しかしエリーの意識が持ったのは、その巨獣が右腕を振り上げるところまでだった。
その後エリーが目が覚めたのは図書館の仮眠室。
あわてて起き上がろうとするものの、全身に力が入らない。完全な魔力欠乏状態になっていた。
吐き気こそないものの、全身の虚脱感が酷い。
ふと、体の中に意識を向けて傷が治っていることに気がつく。治療はしてもらえたらしい。
「ま、人間にしてはよくやったほうだと思うわ」
「魔力量がちがいすぎます……」
「魔法の使い方に関しては種族的なものもあるからね」
「へ?」
「私、エルフよ?」
「は!?」
絶滅していたはずの森の民の話を聞いて、エリーの思考が一瞬止まる。
「それぞれがばらばらに隠れ住んでいるからねえ。私みたいに隠しているものもいるし」
そういって帽子をとり、とがった耳をみせてくる。
「まあ、十分の一も力出していないのにへばられるというのはなんともだけど、これだけできれば冒険者として二つ名ぐらい簡単につくわよ」
実際は凄いことではあるのだが、基準となるラインが高すぎてなんとも感慨が湧かない。
一体何のための手合わせだったのだろうか。いいようにもてあそばれて、体力も魔力も使い切って寝込んでしまっている。
ついさっきまでの自信満々だった自分をけなしたい。なにが“あなたを越える”だ。まだまだ無理じゃないか
いつになったら追いつけるのかも分からない相手に、ただ話を聞くしかできない。
「私達レベルになろうとしたら街落しぐらい笑ってできるレベルにならないとだからねえ」
「はあ……」
「さて、私から盗み取れるものはあったかしら?」
ニヤニヤと笑う『機と獣と書の魔女』に見つめられて、エリーはただ落ち込むばかりだった。
□
「あー……」
思い出したらますます腹が立ってきた。あの魔女と、自分自身に。
そしてこんな姿、みんなに見せるわけにはいかない。いかなかった。もう遅いけど。
そんな思いとは裏腹に、脳内ではずっと、何度も昨日のやり取りを繰り返している。重い体を引きずって、事務所に向かっていた間も。
わずかな動きを、わずかな魔女の所作を、少しでも把握し、解析し、自らのものとするために。
それにしても……
興味深いことをいっていた。いっていた意味はを訳すと“例えるなら、ソラがバケモノクラス”。
自分の知り合いに天使のような外見の者はソラしかいない。堕天使というよりは天使のイメージがあるのだけど。
あと、“猫みたいな子”というのはきっとクロエのことだろう。それ以外に猫っぽい性格の人間なんていない。
ソラの魔力量は確かに異常といえるほどに高い。ただあの言い方だともっと別の何かがありそうな気がする。ソラ達と知り合ってまだ一年。知らないことはひょっとしたらあのバイトよりも少ないのかもしれない。
ただそれでも、あの魔女とクロエやソラがどこで知り合ったのか、どこで見られたのか、どうやって知ったのか。
気になることはいくつもあるけれど……
「そろそろいかないと雪合戦始まるわよね……」
こんな調子で参加できるとは思わない。だけど、見学ぐらいならきっとできるだろう。
そう思い立ち、わずかに回復した体力でエリーはベッドを降りた。
やっとのことで事務所から出、向かう先はセーナの孤児院。
強さの基準って難しいですね
平行して、「Dolls Days -人形奇談-」の第5話更新してます。暇なら見ていってやってください




