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あるいは、堕天使の憂鬱  作者: とんぺり
彼のいない日常
49/84

3-クロエ2

投稿時間変更後の初投稿となります。


かのじょのひみつ

「で、つれて帰ってきたということかい」

 歓楽街のとある娼館の一室。室内には三人の女性がいた。

 館の名前は月涙楼(げつるいろう)。とりわけ大きいというわけでもないが、特に小さいというわけでもない。従業員も十人ほどの私娼館だ。

 歓楽街においては公娼館だろうと私娼館だろうと、いや街娼であっても組合(ギルド)に入っていれば仕事外でも身の安全が約束される。

 そのかわり、仕事となればある程度涙を呑まなくてはならないこともままあるが、それでもこの歓楽街以外の娼館で働くよりはかなり楽だ。

 そんな娼館の書き入れ時といえば、これからだ。

 薄暗くなり、雪も降り始めたことで寒さが増し、身も心も暖めてもらおうという客が増え始める時間である。

 そんな時間に珍客を連れてこられたらいかに温厚なマダム・メディッサといえども怒らざるをえない。

「いや、アタシだってつれてくる気はなかったさ」

 自分達の愛すべきママ(・・)がかなりおかんむりになっていることを感じて、二人目の女性、いや少女ノノも首をすくめる。

 彼女の周りでは、三人目の少女が、ぼさぼさの髪とずるずるの服をきた同年代ぐらいの少女が「う~ル~ラ~」とくるくる回りながら歌っていた。

「ただどうしても離れないどころかくっついてきちゃって……」

「それはさっきもきいたよ。まったく……」

 ため息混じりに、踊りまわる少女をメディッサは見つめる。

 少女の所作のせいで、怒る気力すら失せていた。

「で、アンタはどこからきたんだって?」

「うにゃ~……あっち?」

 部屋の中の、明らかに適当な方向を少女は指す。彼女がここにきて、最初に聞いたときと方角が違っていた。

「……じゃあ、もう一度聞くけど、なんでノノについてきたんだい、クロエ?」

 ここにくる前、強姦に襲われたところをノノが通りがかり、助ける間もなく自力で解決したということは伝えた。そうしたら飛びついてきて離れず、ここまで着てしまったとも。明らかに別の地域から来たと思われる少女を、女を買うことに躊躇のない男達の目に留まらせるわけにも行かずこうして事務室に連れ込んだのだ。そのときに名前は教えあった。

 結果的にそれは正解だった。どこからどう見てもおつむのあまりよくなさそうなこの少女は、客商売などできそうにない。それどころかほいほいついていってカモにでもされそうだった。いや、カモにしようとしたところを、先の男達のように再起不能になるまで叩きのめされることだってありうる。

 で、マダム・メディッサの質問に対する少女、クロエの答えはというと

「ラかラ~、かあさまのにおいがしたかラ~」

 ぴたりと止まって、ノノを指す。その鼻を鳴らせてにおいをかいでいた。これ以上の理由はないと、満足そうにうなずく。

「いくらなんでも、アタシがアンタを生むわけないでしょ」

 あきれ果てて、ノノが頭を抱える。もし自分がクロエぐらいの子供を持っていたら、一歳か二歳で生んでいないといけない。年齢的にも物理的にも無理だった。

 クロエが引っ付いてからこの月涙楼に戻ってくるまで、いや事務室にはいってからもずっとこのノリにつき合わされている。今日は確か予約の客がいた気がするけど、この調子で相手できるのだろうか。

「ちがうよ~? ノノんはノノんで、かあさまはかあさま~」

「じゃあ、その“かあさま”の名前はなんていうんだい?」

「う~ん……」

 クロエは手を大げさに組んでしばらく考える。

「覚えてない。ちっちゃいときに死んじゃったかラ~」

「あいにくここは、孤児院じゃないんだよ?」

「知ってルよー?」

 話は通じているけれど嫌味が通じていない。まったく持ってやりにくい相手だった。

「とりあえず、ノノ。店にいってきな。そろそろ来る時間だろ?」

「はーい」

 ひとまず従業員は仕事に向かわせて、マダム・メディッサは考える。

 どうみても迷子なクロエをこのまま放り出すわけには行かない。外は大雪。いまのまま放り出してもすぐに凍えるだろう。

 詰め所に連れて行くにしても雪が深すぎて向かうに向えない。明日までは面倒をみるしかない。

 そうなると、こんどはクロエのみてくれが悪かった。体を洗っていないというわけではないだろう。でも、汚い。

 におうほど汚いというわけでもないが、清潔といわれるにしてはやや違う。やはり風呂にいれるべきだろう。

 ノノが出て行ったあと、鼻歌を歌うクロエを見てまたため息を一つ。

 体だけ大きな子供ができたような気持ちだ。

 ふと、いやな予感が走る。

「ねえ、あんた、ここがどういう店だかしってるのかい?」

 その質問に対しての答えは、案の定というか、予想通りというか、むしろ考えたくないものだった。

「知ラないよ~?」

 きょとんとした顔で、答えてくる。

 きっと、恐らく、いや絶対、この少女はここ(歓楽街)がどういうところか分かってないのだろう。この年で。

 知らずに迷い込んだのなら余計守ってやらないといけないとは思っていたけれど、ここまで重症(・・)とはおもっていなかった。

 今日という日のなかで、一体何度目になる皮からないため息を盛大につき、クロエを事務室から連れ出す。ノノが出て行った扉とは別の扉だ。

 向かった先は従業員用の大浴場。開店前に使われた湯がまだのこっている。

「ほら、こっちに風呂があるから入りな。一応、今晩はここにおいてやるけどちゃんときれいにするんだよ? 病気でもうつされたら困るからね」

「にゃ~……」

 ……まさか風呂の入り方すら分からないとでもいうのだろうか。

 しばらくにらみつけていると、何かいいたそうにしてはいたが服を脱ぎ始める。

 着やせするタイプだったのか、店の子たちがうらやむような体だった。傷どころかシミ一つないうえに、出るところはでて引っ込むところは引っ込んでる。

「ちゃんと頭も洗うんだよ? 服は適当なものを持ってきてあげるからね」

 万が一ということも考えて念押しする。小さな子供のように入ったフリだけされて出てこられても困る。

 クロエが浴場へ入っていく姿をしっかりと見届けてから、マダム・メディッサは似合いそうな服を探しに向かった。

「それにしても、“かあさまのにおい”ねぇ……」



 クロエが事務室に飛び込んできたのはそれから一時間は経つだろうかというころだった。思いのほか長風呂らしい。

 やっぱり素材はいいねえ。

 まだ髪は濡れているものの、本来の輝きをとりもどし、あとは丁寧に切りそろえてブラシをかければ誰もが振り向くような美人になるだろうと、マダム・メディッサは心中つぶやく。

 クロエが着ていた服は汚れていたこともあって洗いに出しておいた。代わりに自分のお古のワンピースを置いておいたのだが、ちゃんと着てくれたようでよかったとも思う。冗談交じりにネグリジェでもよかったかもしれないけれど、何かの間違いで店側に出られても困るし。

 そんなマダムの思いとは裏腹に、クロエはなぜか焦っていた。落ち着かないように両腕を抱きしめ室内を見渡している。

「服!」

 服?

「アンタの服なら洗いに……」

「ロこ!?」

「脱衣所のとなりの……」

 洗い桶に。と続ける前に飛び出て行った。何か大事なものでもあったのか。

 クロエが脱衣所においていたのは、袖の長い服、ズボン、そして手袋。どれも汚れていたために、洗おうと思って水につけていたところなのだけども。

 マダム・メディッサが追った先では、クロエがまだ濡れている手袋をそのままはめている所だった。簡単に脱げないように手首で止めれるようになっている。

 それでもまだ落ち着かないのか、むき出しの腕を抱えていた。

「なんだい、部屋の中なんだし……」

 とりなよと、近寄ったら引かれた。

 ふむ、と一つうなって、マダム・メディッサは考える。

 似たような娘がまえいたねえ。たしか……

「潔癖症かい?」

 首を横にふられた。ちがうらしい。そもそも潔癖症なら汚れをもっと気にするようなものだったと思うけれど。

「ラめなの」

 一言、クロエがつぶやく。

「うん?」

「さわったラ、ラめなの」

 上目遣いにマダム・メディッサの顔をうかがうようにして、一言ずつ言葉を発したあとは黙ってしまった。そのままいってもいいのかどうか、悩むような顔を見せている。

「ふむ……なんに触っちゃいけないんだい?」

「……はラ」

「肌、ねえ。服の上からはいいのかい?」

 うなづく。

「髪は、大丈夫なのかい?」

 またうなづく。

「感染症とかじゃないんだね?」

 三度、うなづいた。

「理由は話せるかい?」

 今度は首を横に振った。

「自分でも理由がわからない?」

 横に振る。そして口を開いた。

「きラわレたくない」

 クロエはそのまま黙ってしまった。

 見つめ合っていると、洗い桶から服を引っ張り出して脱衣所から出て行こうとする。

「ちょっと、アンタどこへ行くんだい?」

「迷惑かけて、ごめんなさい」

 つまり、出て行こうと。

「あのね、うちの子に勝手にくっついてきたとは言ったって、この冬空のそれも夜にほっぽりだすほどアタシは薄情もんじゃないよ?」

 マダム・メディッサは両手を腰に当てていう。

「レも……」

「ほら、それおいてこっちへおいで。アンタのいう“かあさまのにおい”のヒントみたいなものもあったから」

 クロエが、顔をあげた。そのまま、伸ばされた手を取ろうとして、手元の濡れた服とズボンを見て、視線をなんどか往復させる。

 やっとのことで、服を荒い桶にもどし、伸ばされた手をとった。

「あとで服をきがえないとねえ。びしょびしょだ」

「うにゃ~……」

 やっと調子が戻ってきたのか、少しだけ声に色が戻ってきている。


「ほら、これだこれ」

 事務室に戻ったところで、マダム・メディッサはテーブルの上においていた袋を一つとり、クロエの手に握らせる。

「ふくロ?」

「匂い袋っていうやつだよ。昔いた娘で香水のにおいはどうしてもダメってのがいてねぇ」

 なつかしそうにいう。

「ただ、それぞれの“匂い”ってやっぱりアタシらにはトレードマークでもあるからね。ないってわけにも行かなくてそれにしてたんだよ」

 マダム・メディッサの言葉を聞いているのか聞いていないのか、クロエは両手にもった匂い袋のにおいをしきりにかいでいる。

「それをたまたまノノがみつけてねぇ。あの子も気に入ってつかってるってわけさ」

 その残り香がついてたんだねえと、付け足したものの

「うにゃ~」

 クロエはマタタビをかいだ猫のようにくずれていた。

「あんたねえ……まったく……」

 マダム・メディッサはしばらくの間ゴロゴロしているクロエを眺めたあと、少し考えて口を開く。

「アンタ、迷子って話だからね。帰る方向が分かるまではうちにいるかい?」

 娼館とはいえど、むしろ娼館だからこそ、他の地域から家出した少女や迷いでた少女が訪れることも少なくない。たまに男娼となる少年もでてくるが。そういた少女少年達を保護することは組合でも推奨させられていた。そのまま帰るというなら送り返すし、働く気があるなら性病検査や適性を見て雇い入れることもある。

 ただ、ここ(歓楽街)がどういうところなのかまったく分からずにやってくるモノなど聞いたこともないのだけれど。

「み?」

 マダム・メディッサの意図がわからず、クロエは首をかしげている。これが演技でできているのなら、むしろほかの(ねえ)さんたちに混じって働きなと半ば強引に勧誘したいものがあった。

 悲しいかな、クロエの場合は天然なのだが。

 だから、適当な理由をつけていてもいいということを伝える。

「男どもをまとめて伸しちまうぐらい強いって言うじゃないか。ちょうど用心棒もいないことだし、食事だってつけるよ?」

「う~ん」

 クロエはしばし、考える。

 いてもいいかどうかではなく、たぶん一日、遅くとも二日もあれば帰り道がわかってしまうからだ。

 わかればきっと、そのまま帰ってしまう。挨拶ぐらいはするかもしれないけれど、せっかくいる理由を作ってくれたのに、すぐにいなくなるんじゃ申し訳なくなる。

 悩んでいたら

「ああ、アンタにはそんな理屈はかえって邪魔なんだねえ、まったく。とりあえずここにいていいよ。長くなるようならまあ何か手伝いぐらいはやってもらうけどね」

 マダム・メディッサが助け舟をだしてくれた。

「うにゃ」

 それならいい。

 それぐらいなら問題はない。

 場所さえ覚えたらまた遊びに来てもいいかもしれないし、またきやすい。そんなに何度も来ちゃいけなさそうなところではあるけれど。

「そレじゃあお願いします?」

「はいはい」

 マダム・メディッサはまるで自分の子供をみるかのようにクロエを見つめて、ふとその手を伸ばした。

 一瞬クロエは身をすくめたけども、その意図を察したのか今度は逃げない。

 優しく乗せられた手に撫でられて、気持ちよさそうにしている。

「まったく厄介なものをつれてきてくれたよ」

 いまはここにいない少女に向かって、マダムはポツリとつぶやいた。


クロエはいうほどバカじゃない。


というか、年齢が高くなるほど変な人が増えているのはキノセイ……?

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