3-エリー1
探し物は何ですか?
思ってみたよりも大変だった。
大図書館に着き、グリムへの挨拶もそこそこにエリーは予定していた調べモノを始める。
図書館の中は、閉架式書庫の中は、いつきてもかわらず本の山で、停滞した空気が静かにやわらかに侵入者を拒んでいた。
ただ最近になってかわったものとして、休憩室のクッションがいくつか増えていた。息抜きのためにエリーが持ち込んだのである。
そのエリーは、あの日、地下水路を潜り抜けた先で出会った帝城で見た結界の解析と、その術者、さらにはアツヤの行方を探るために、魔女の勉強会とはまた別に足しげくこの図書館へと足を運んでいた。
そう、ただ一人、アツヤがあの『場』から忽然と姿を消していたことにエリーは気がついていた。
アツヤの魔力は気にしても見逃してしまうほど小さなものではあったが、存在感というのか、独特な気配のようなものはなんとか追うことができていた。
いつ結界が解かれるのか、どうやって解けばいいのか、何者かが襲撃してこないか、あらゆる警戒と共に探ってはいたのである。
それが、消えた。
一つの壁が崩れる音がしてしばらく後、結界がとかれてほぼ間もなく。恐らく結界の主であろう人物の、異様な気配が消えるのと同時に。死んだとは到底思えないような消え方だった。
そして、その人物に自分達が『見られていた』ことにもうすうす勘付いてはいる。そうでなければ、あそこまでタイミングよく結界の展開と解除、さらには少女とアツヤの異常な行動が起こるわけがない。
いや、クロエも、ジョイも、戻ってきたリッカすらも、気付いていなかった。自分だけが『見られている』ことに気付いていた。恐らく何らかの魔術によるものではあるのだけど……
ヒントがない。
もとより、ヒントをくれというつもりもない。
自分は魔法使いで、魔術師となるもので、探求の極みに立とうと志しているもので、つまりは分からないからといってすぐに答えを教えてくれというつもりなどない。
調べて、調べて、調べつくして、その上で答えを見つけるのだ。
たまたま手に入ったヒントであれば十二分に活用させてもらうつもりであるけれど、そうでもないなら、泣き言を言う気はない。
だからこそ、魔女に、グリムに、手助けを頼むことも無く、暇さえあればこうして本を次から次へと、右から左へと読みすすめているのだ。この一週間夢の中でも図書館にいてさすがに頭が痛くなってきたところだったりする。
それなのに、成果は芳しくない。
なぜなら調べることが多すぎる。
謎の人物の正体。
結界の内容。
ソラの現状。
どれか一つにやはり絞るべきだろう。
アツヤと少女の異常については、乱れから何らかの精神系魔法で干渉されたと考えれば簡単に説明がつく。あそこまですんなりと完璧にやってのけるというのは空恐ろしいものがあるけれど。ひょっとしたらあの銀色のキューブが中継点だったのかもしれない。
だとしても、だ。なんの力も持たない少年一人にあそこまでの力を与えるというには、どうやったらいいのだろうか。彼は極普通の人間だったのだ。しかも魔力がないに等しい。そのせいで、影響をうける魔力が少ないせいで、通常の強化魔法も効きがわるかったはず。ということは、魔法で強化されたのではなく、何かが憑いた? まだ、はっきりとはいえないけれど。
ソラについては、グリム次第だ。帝城内だなんて自分ではどうしようもない。いっそのこと、雇われにいってみてもいいけれど、実績とコネがない。何よりすぐ会えるとは限らないし、帝都というよりはこの国特有の魔法使いに対する見方を考えると、期待通りにことが運ぶとは思えない。
あのあと、ソラだけが連れて行かれて、自分達だけ地下に押し込まれて、どれだけ無力感にさいなまれたか。突然消えた結界にまごついている間に、すぐに囲まれてしまって、手も足も出なくて……
いや、これはすでに終わったこと。暇なときにでも悩めばいい。
そうなると、記憶が頼りの結界の再現と究明が一番最初か。
あんなに複雑で、高度で、強固で、広範囲にわたって一瞬で展開できるだなんてどれだけの訓練がいるのか……
「一度休憩にしてお茶にしない? 妹」
グリムが、魔女が、お茶に誘う。
彼女が誘ってくるということは、それなりに自分が煮詰まっているときだ。
わずか数回あっただけで、そこまで気を使ってもらえるということに感激して、同時に恐怖した。どこまで知られているのか。
「そうですね。グリム」
エリーは、手の内に展開していた、最近覚えたばかりの結界の球を消して、グリムに向き直る。この結界は、似ていたけれどぜんぜん違った。記憶の中にある、結界に使われていた魔術式はかなり古風だった。
向き直り、彼女の座るテーブルに近寄る。
「あなたのいっていた少年組んだけどね」
唐突に、グリムが話題を切り出した。
カップに伸ばしていた手が止まる。
「やっぱり魔女という身分を隠していては難しいわね。妹」
グリムは、眼鏡の奥からエリーを覗き込むように見つめて紅茶を口元に運ぶ。
「もともと、今の時代メイジだからといってどうだという風潮なのよ。特にこの国、機塊持ちだなんているから、その希少性が分かってないみたいなのよね。ましてや魔女? 魔法使いと何が違うんだっていう知らない人たちばかり」
もとより期待はしていなかった。
以前話を聞いた限りでは、ここの司書となったのも魔女であるということは全然関係なしということらしい。
魔法使いの立場としても、手品師と魔法使いの違いは何だという人だっているぐらいだ。
この国独自の、風潮が壁になっている。
「……そうですか」
よし、それならソラのことは一度諦めよう。別に死んでいるわけでもないし。
「それで、他の調べものの様子はどうかしら? 妹」
「なかなか、です」
「そうよねえ」
まるで分かっていたかのように、グリムはうなづく。ただ、その表情は何かを知っているように笑っているようだった。
顔が言っている。まだ気付かないの?
つまり、試されている。
何に?
何を?
何が?
思い出してみよう。彼女と何か会話をしたのは、状況と、これから自分がすることだ。
結界の解明。謎の人物のこと。ソラのこと。
いや、それだけじゃない。
はじめてあったときにアツヤのことも相談している。
異世界人。
転移魔法と召喚魔法のこと。
……それだけ?
なら彼女が、最近言ったことを思い出してみよう。
『調べてみなさい。気がすむまで』
それだけ、だ。
結界の式自体は再現できるかどうかで、知っていたらたぶんこんな意地悪な方法は取らない、はず。
そうなると、アツヤのこと、謎の人物のこと。
アツヤのことはすでに答えをもらっている。どこの人物だということは。
そうなると、謎の人物のこと。
姿は見てない。異様に魔力が大きな存在だった。それこそ、ソラが羽を全開にしたときより数倍も。
そのせいで、魔力の塊かと最初は勘違いしたのだ。
「魔力の、塊?」
どこかでそんな話を聞いた覚えがある。どこだっただろうか。
どこで?
「……魔族?」
つまり、肉体を、全存在を魔力へと変化させたモノ。
つぶやくと、よくできましたというように魔女は微笑んだ。
「あなたから聞いた印象を考えると、私もその答えになったわ。妹」
背中がぞくりとする。
「あなたがその答えを出せたということは、きっと間違いないでしょうね」
「魔族には、寿命といえるものがない……」
だから、使われた結界も古風で、解読が難しかった。古語がつかわれてると思えば、納得できる箇所が確かにある。
「魔族なら、転移魔法も使える……」
だから、忽然と気配が消えた。魔族ならリスクがない。
「あれ、でもそうなるとアツヤまで消えたのは?」
「そこまでとなると私もわからないのだけど、たとえば、今は失われた星の子の技術。もしくはさらに古の魔術式をつかったと考えれば一応納得はいくわね」
現存している資料から再現できる魔術も、限度がある。あとは伝承を頼りに自力で生み出すしかない。と、目の前の魔女は言う。知らないことはないつもりでいたけれど、それでも手が出せないレベルで勝負をされたら相応の準備が必要になる、と。
そんなモノが相手だったというの……?
「別に、驚く必要はないわ、妹。あなたはすでに魔術師としての入り口に立っている。そのあなたでもかなわないほど相手が上手だったというわけよ」
「でも、なんでそんな人物があんなところに……理由が分からない」
「さあ? ヒトのあり方を捨てた存在の考えることは分からないわ。別に悪いこととはいわないけれどね? 意外と、恋人を生き返らせたいとかそんな単純な理由かもしれないわよ?」
魔術師が、自身を魔族化させるために、たいした理由は要らないという。
もし、そんな人物が今後も関わってくると考えたら、自分は、ソラ達はどうすればいい?
もともとソラとは別に消えたアツヤのことはちゃんと調べるつもりでいた。根拠も無くただいなくなったということを伝えるだけじゃ自分の気がすまなかったということもある。
でもだからといって、この相手はソラでも勝てる気がしない。
「どうしたら、あれに対抗できますか?」
分からないことは、素直にたずねる。皆に危険が降りかかるかもしれないというのに、プライドがどうのこうのいえない。
なのに
「わからないわね」
あっけなく、魔女は答えを返してくる。
「魔族化した魔術師だなんて、噂には聞いたことあるけれど、人づてに聞いたのはあなたが初めてよ?」
「それは……」
それは、つまりどうにもできないということ?
「まあこの一週間何もしてこなかったようだし、その異世界人君だけが目的だったのかもね?」
「それなら、まだ救われるのですが……」
アツヤには悪いかもしれないけれど。助けられたら助けるというつもりでいたほうがいいのかもしれない。
手の出しようが、ない。
「相手の所在が分からなくて、しかも手を出してこないんじゃこっちとしては待つしかないわね」
しかも相手の顔も分からないのだから、探し当てることすら難しい。逃げられたら追いかけるすべもない。
「ねえ、グリム。それでも、今のままでも、あれに勝つことはできると思いますか?」
「さあ、私自身、会ったことがないからなんとも」
再びカップを口元に運んで、魔女は口の中を湿らせる。
その所作に、実はこの魔女も内心苛立っているのではないかという予感がした。
だって、彼女だって魔女だ。真理を見極めようとする魔術師だ。自分の知らない術式を使われて、はるか上位にいるような存在に上に居座られて、愉快なはずがない。
「それでも、焼け石に水かもしれないけれど、訓練すれば対抗する術ぐらいは手に入るかもしれないかもね?」
だから、挑戦するようにあたしに問いかけてくる。
「あたしに、魔術を教えてくれるのですか?」
だから、わかっていてあえて問いかけを返す。
「いいえ、私は教えない。あなたが盗むの。私から。手取り足取り教えられて身につけたものなんて、面白くないでしょ?」
最高位の魔女から、直々に!!
それは、当初の師事するという目的にも合致するわけで。
「ねえ、これまでにも何人か魔法使いは見てきたけれどあなたはその中でも結構な逸材よ。妹。若干、分野がドラコに似ているところが気に食わないけどね」
クスクスと、クスクスと魔女は笑う。
あたしは、いつもみんなと笑っているときのような、孤児院ではしゃいでいるときのような、そんなものとは違う笑みが顔中に広がるのを感じた。
「さあ、それならもう一つしたの、訓練室に行きましょうか。実はこっそり作ってあるのよ。最近はめったに使うことも無かったからまずは掃除からかしらね」
魔女は、グリムは、席をたち、茶器を片付け始める。
あたしも、あわてて手元のカップを飲み干して、彼女の後に従った。
「ああ、もう一つ。例の結界はちゃんと解析して使えるまでになりなさい。あなただって私のコピーなんかになるつもりはないのでしょう? 妹」
どこかにくたらしい。
「コピー? そんなモノになんかなるつもりはないわ。あたしはあなたを越えるのよ。グリム」
考えてみれば、魔術の修行だなんて久しぶりだ。事務所や孤児院でまったくやっていなかったわけでもないけれど、あそこでできることは限度があったのだし。
なにがまっているのか、どんなことがあるのか。未知に対する期待で、わたしの胸はいっぱいだった。
見つけにくいものでした
さてこのひとどんな人
→エリー「……来ると思ってたわ」
リッカ「えっと、魔法使い|(笑)」
ユニ“不思議がいっぱい”
クロエ「厳しくて優しいお友達」
ジャック「ぜひ異種格闘戦を……」




