3-クロエ1
じつはそれぞれ3-1から分岐しています(いまさら
まいごのまいごの♪
帝都中を無我夢中で走り回った結果、クロエはみごとに迷子になった。いや迷子になったというよりは今いる位置を見失ったというのだろうか。
ぼさぼさの髪をふりまわしずるずるの袖を引きずってぐるぐるとところ構わず駆けていたら、どうにも記憶にないところにいたのだ。
つまりは例えどんな風に言いつくろうと正真正銘間違いなしの迷子になっていた。
クロエの持ち前の能力というか性格というか、いやこの場合は生存本能といった方が正しいのか。彼女は『今いるところ』が一度来たことのある場所であれば大体帰ることができる。
一回で住処や目的とするところにたどり着けなくても、一回から二回ぐらい試行を繰り返せば問題なく戻れるということが基本だった。
逆に、一度も足を運んだことのないところにいきなりつれてこられると、盛大に迷子になるという問題のようなものも抱えていたが、二日三日もすればおおまかに把握はするぐらいの頭脳は持ち合わせている。
「うーんと……ロこラロう?」
そして現在、物の見事に知らないところに来てしまったのである。
なぜこんなところにくるまで気がつかなかったといいたいところだが、彼女は一種の恐慌状態だったのだからしかたがない。
なによりアレがいけない。
ジャック・ホップ・サック。
なぜかミドルネームを持つ彼はクロエの目線から見れば十分に変態なのだ。
どれだけドついても、どれだけ蹴り飛ばしても、どれだけ投げ捨てても、三つ数えるころには起き上がり立ち上がり向かってきてその両手に持ったその剣を振り下ろしてくる。
いかんせん、相手はノーマル。多少体が頑丈だとはいえ、自分が本気でなぐりつければ骨折だの脱臼だの内臓出血だのしかねない。ゆえにある程度力を抜いているのだけれど、それでも相当なダメージを毎回与えているはずなのに。はずなのに……
いちどだけ、力を入れすぎたこともあっていつものように起き上がってこないことがあった。勝った! 終わった! よしみんなと遊ぼう。そうきびすを返したら結局むくりと起き上がる。さらには「いいいいつもはててててをぬぬぬいていたのですねねねね。ここ今度からはははこれぐらいいいでおねがががいいしますすす」などといって、余計にしつこくなった。泥まみれほこりまみれになって、頭から血を流しながら、ぼろぼろなのに笑顔でそんなことをいう姿は不気味に素敵にホラーであった。そんなことがあって以来、アレが近寄ってくるだけで体中に鳥肌が立つのだ。
ともかく不気味で、しつこい。
どんなにいやだといっても、どんなに逃げても、追いつかれて、自分が疲労困憊になって倒れるまでやってくる。ただ頑丈というだけでは言い表せられないもっと恐ろしいものの片鱗をアレは持っている。
倒したら倒したでちゃんと倒れるのがクロエにとっての普通だ。それを無視して動くアレは人間以外の、そう、バケモノが人間のふりをしているに違いない。
まあ、さすがに自分が知らないところまではおってこないだろうとは思うのだけど……
「うーんと……」
念のため、辺りを見回してみた。敵影なし。安全確認よし。警戒態勢をとけ。
気持ちを切り替え、とりあえず適当に歩いてみる。
雪は本格的に降り出して、ここに来るまでの間に髪にもかなりくっついていた。
重たくて、猫のように首を振ってふるい落とす。雪が飛び散る姿がどこかきれいだ。ソラの羽の光ほどじゃないけれど。
時間にして昼過ぎ。人の動きがある程度落ち着くにしてもまだ活気がある時間帯で夕方にはまだ早い。
それだというのに、妙に人気がないというか、人通りが少ないところだった。
いまクロエがいる一角が、というよりはこのあたり一帯、周囲全体が。
街を歩く人はドレスのような、でも肩が大きく出た扇情的な服を着ている女性が多く、たまに護衛らしきいかつい人間と歩いている人がいる。これから夜にかけて、人が増えそうな雰囲気があった。
事務所周辺のような雑多な賑わいはなく、出店や露店の類はそのほとんどがアクセサリーを売っている。そして、ほかのいろいろな店舗も服や宝石、香水に化粧品といったものを売っているお店が多い。それよりも、宿屋というのか酒場というのか、いや宿屋というには立派な、それでも薄暗い店が圧倒的に多い。
入り口に掛けられてる看板は、夜になればランプで照らされるのだろう。目立つようにその店の名前がでかでかと書かれている。れいめいかん、こあくまのらくえん、ゆうらくのかなた……いまひとつ意味は分からなかったけれど、何か踏み込んではいけないような気がした。ほかには人の名前を看板にしている店もある。こんなに沢山宿屋があっても、客の奪い合いだろうに。
そして、どこへいっても鼻をつく強烈なにおい。タバコと香水。とくに道行く女性のつけている香水のにおいが酷い。
まずは麝香。ベルガモット、オレンジ、ヘリオトロープ。ローズマリー、ラベンダー、白壇、夜鳴草、それに光硝石。かすかに香っているのは霧撫子? 意識していないのに自分の鼻が勝手に嗅ぎ分けてる。どこでならったのだっけ?
ただ匂いの中身がわかっても、遮断することはできなくて、くさいわけじゃないのに、鼻が曲がりそうだった。
このままここにいるだけで、このにおいが体に染み付いてしまいそうで、とりあえず離れようと足をいそがせる。
「よー姉ちゃん、売りかい?」
「なんだ? 新入りか? いくらだ」
「おう、こっちこいよ。いい仕事があるぜ」
路地の隙間にいる男や、店の用心棒のような男達がつぎつぎと声をかけてくる。小汚い男、こぎれいな男。丁寧な男、粗野な感じの男。
売るものは持ってないし、ここにはじめて着たなら確かに新入りだとは思う。でも仕事を探しにきたわけじゃないのだけど。
特にしつこく呼び止めるわけじゃないけれど、自分を目にしたら大体呼び止められる。自分なんかに何ができると思うのだろうか
あてもなく彷徨っているうちに、ふと気がついたら誰かにあとをつけられているような感じがした。そう簡単につかまるようなことはないけど、そう簡単に捕まえられるはずもないけれど、余計な面倒ごとはできるだけ避けたい。それに、よくわからないけれど怖い。
クロエは、適当に、撒くつもりでぐるぐると歩く。耳をそばだてると、確かについてきているような足音がしている。
少しだけ足をはやくした。
気付かない間に息があがってきていた。周りの音がだんだん遠ざかっていく。ただ、右から、左から足音だけが聞こえてきているようで、そこから逃げるようにうごいていたらいつのまにやら袋小路に来てしまった。
振り向くと、自分を通さないとばかりに唯一の出口をふさいでいる男達が、五人。ニヤニヤ笑う顔が汚らしい。
三方を取り囲む壁は高く、機足者でないとよじ登るのも難しそうだ。
なんで?
いつもなら、問答無用に殴り飛ばしているのに、この周囲に漂っている匂いと、男達のニヤつく姿がなぜか力を奪っていく。
足がふるえて、へたり込みそうになって、壁に背をつけてなんとか支えるけれど、たぶんすぐに座り込んでしまうだろう。
なにか、いやなことを思い出しそうだった。
伸ばされる手。
笑う男。
きつい香水とタバコのにおい。
追い詰められた自分。
涙が出てきて、声を上げて泣き出したいのに、なぜか声が出ない。
だれか、たすけて。ソラ、ユニ……
あと少しでひざが崩れそうになったときに、救世主が現れた。
「あんたらなにやってんの?」
路地の外、男達の向こう側に一人の少女がいる。自分とおなじ年ぐらいだろうか。もっと大人びているようにも見えるけど。
「まだ日は高いよ? ヤることヤるにはちょっと早すぎるんじゃない?」
「うるせえ。ナニをしようが俺達の勝手だろうが」
「そもそもこんなところをのんきに歩いているんだ襲ってくれっていってるようなもんだろ」
「なんだ嬢ちゃんもいっしょに遊んでほしいのか?」
少女のはすっぱな物言いに、男達は口々に自分勝手なことをいう。
「別にいいけど、あんたら『よそ者』だろ? 顔覚えたからね」
特に強そうというわけでもないのに、少女は勝ち誇ったように言う。
両腕を組んで、えらそうにふんぞり返ってもいる。手に持ってる買い物袋がちょっと浮いているけど。
「別に襲いたければ襲えばいいけど、相手の合意なしにヤったらどうなるか知ってるってことだよね?」
男達を試すように少女は言うが、少女の言葉の意味が分かってないのだろう。男達は全員向き直って、少女を捕まえる算段を始める。
「うっせえ。口ふさいじまえばおなじことだろ!」
一人の男が少女に手を伸ばそうと近寄った。
「み……」
鼻が、何かを感じて、体に力が戻ってきた。今度は大丈夫だった。ちゃんといつもどおりに動いた。
クロエは、自分に背を向けている一番後ろにいた男、つまり一番近くにいた男の股間を、一気に蹴り上げる。
「ぎ……あああああああああ!!!!」
たぶんつぶれた。気にする必要はない。痴漢は容赦しないで蹴り飛ばしてやれってエリーもいってたし。
驚いて振り向いた男のうち、左側にいた男の顔をなぐって壁に叩きつける。頭から血をながしてそのままずるりと崩れ落ちた。
さらに右側の男の腹を殴れば、胃の中にあったものをまとめて吐き出した。汚い。
「てめ……このアマッ!!」
やっと状況を飲み込んだのか、残った男が二人ともナイフを抜いてくる。
遅い。ソラなら今の間一瞬でもう自分に肉薄している。
ナイフを蹴り飛ばして、その胸を殴り飛ばす。骨が折れた感じがする。
片方の男の顔をけりぬき、その意識を刈り取った。
倒れた弾みで、差し出されたようになっている男の首を踏み抜こうとしたところで、声がかかる。
「あんたも、ちょっとやりすぎじゃない?」
「……うにゃ?」
我に返って見渡すと、生きているかも怪しい状態になっている男達が寝そべっている。
「危なそうだったから声かけたんだけど……あんた強かったんだねぇ。なに、痴漢狩りでもやってたの?」
その側には、とくにあわた様子も無く、冷静なまま少女は男達を見下ろしていた。
なんだろう。とても懐かしい感じがする。初めて会うのに。
「まあこのあたりで女に手を出すとどうなるか知らなかったみたいだし、まあ、一応ママには伝えておくか……これはこれでいい勉強になっただろうけど……」
その目はゴミをみるようで、汚いものでも触れるかのようにつま先で倒れている男の頭を小突き始めた。
「いくら歓楽街だからといって、歓楽街だからこそ、ルールは守ってもらわないと困るのはそっちなんだからねー? わかってる?」
もしルールを破れば例え権力者でも罰金を払うことになるし、最悪歓楽街そのものに出入り禁止にだってなる。どこかの娼館に所属しているわけでもなく、個人で客をとっている風でもない女性に声をかけることは完全にタブーだ。
クロエが道を歩いていたときに掛けられていた声は娼婦にならないかというお誘いか、もしくはクロエを新米娼婦と勘違いしたためによるものだったわけであり、まったくそのことに気付いていなかったクロエはなんで? ということになったわけである。
ふとどこかで嗅いだことのある匂いが鼻をくすぐった。
そして今回の場合、強姦未遂の現行犯。
普段なら現場発覚からのつるし上げになるところなのだが、今回は当事者が片をつけてしまったためにあとは出入り禁止をくらっておわるだろうと少女は予測を立てながら、いたずらを続けている。すこし小突く力が強くなった。
しばらくの間無言になって傍にいた男の頭をあしでこづいていた少女は、満足したのか立ち上がってクロエに向き直った。
「ま、あんたもこんな人通りのないところ歩いてないでちゃんと住処に帰んな……どうしたの?」
少女を見たまま動かないクロエを不審に思い、尋ねるがうごかない。
ひょっとしたら無傷のように見えて、体のどこかに怪我を負っていたのかもしれない。頭の打ち所がわるくて立ったまま気絶しているということだってありうるし、緊張の糸がとけて茫然としているのかも。男を殴り殺しかけても、心はか弱い女の子ってこともあるんだ。店にいるマリリンみたいに男がうらやむような立派な体を持っているのに、身も心も純粋無垢な乙女という例もあるんだし……彼女は決してオカマではない。
大丈夫? と、声を掛けようとしたときに、クロエが飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと!?」
しがみついて離れないクロエを、少女はどうにもできず困惑するしかなかった。
こまってしまって
さて、この人どんな人?
→クロエ「うにゃ?」
ジャック「すばらしい人です」
リッカ「うーんと……」
エリー「なんといえば言いのかしらね」
ユニ“残念だけどたのしい”




