2-20
5000PVありがとうございます
とらわれのお姫様(チガ
彼女がドアを開けると、部屋の中はあたり一面光に満たされていた。
まるで雪のように青白い粒子が、漂い、現れ、消えて、ただの殺風景な部屋を幻想的な姿へと作り変えている。
部屋の中にはベッドとテーブル。あとはソファや暖炉などもあったが、調度品の数は少なかった。普段使われることが無く、あわてて用意されたためである。
中央には砂色の髪をした少年が一人。いつもの、椅子に逆向きにもたれる形でまどろんでいた。
「いるなら返事をせんか。ソラ」
部屋の中に入り込んだ朱毛の少女、ヴィヴィは現在のこの部屋の主へと声をかけた。いつも傍にいるアカネは外で待機している。
その当の本人はというと、今はじめて気がついたというように伏せていた顔を少女へと向け、椅子の上から見つめる。
「ああ、あんたか」
呼吸に合わせてゆらゆらと、最大数まで展開した蒼い羽が揺れていた。着ている服は適当にあつらえたもの。適当とはいっても、メイド達が着ているものよりははるかに上等だが。妙に様になっている姿が憎たらしい。はじめて着せてみた姿をみて馬子にも衣装だとからかってみたかったヴィヴィにはやや悔しいものがあった。
「『あんた』じゃないだろう。ソラよ。せっかくやっとわかった顛末を話に来てやったというのに」
ソラがこの部屋にとどめられることすでに三日。
倉庫のあった一帯で起きた騒ぎは、研究室でいじっていた実験体が『暴走』したものとされ、ソラはその『暴走』をとめるべく皇女が投入した秘密兵器ということになっていた。他の、リッカ達事務所のメンバーと地下都市の子供達は、たまたま帝城の傍にきていた地下都市住民であり、騒音に興味が湧いて顔を出したら帝城の敷地内であったということで即刻開放。帝城につながる出入り口は封鎖という処置がなされている。
見る人が見れば穴だらけのいいわけではあるが、そこはヴィヴィがもてる力を注いで誤魔化していた。
「で、顛末というのは? ヴィクトリカ皇女様」
「できれば愛称で呼んでほしいのだけどな」
言い捨て、ソラの向かい側の椅子に勝手に座る。
あわせてソラは翼を閉じ、向き合って座りなおした。
ヴィクトリカ・エクデウス・マキナ。現皇帝の第三子。
いかに貴族関係の話題に疎いソラでも、目の前で本名を言われれば誰かということは分かった。といっても、フルネームを知っていたというだけで、目の前の少女がそうであるとは未だに半信半疑ではあるのだが。
「わたしとしてはおまえはすでに逃げ出していると思ったぞ? その羽を使えばいくらでもできただろうに」
「逃げたら逃げたで、今度は事務所に追っ手が来るんだろ」
それが、ソラがここにいる理由でもあった。
あくまでも、建前上ソラ個人とあの場にいた他のもの達は無関係である。そのことを証明するために不本意な軟禁状態を受けているのだ。逆に、ヴィヴィが追っ手を向けさせないためにあえてソラを手元においているとも言えるが。
「まあ、それでだ。おまえの話を元にこちらでも調べなおした。すまない。今回の件は完全に私の落ち度だ」
「オレに言われても、な」
返せる言葉はない。
ソラ個人というよりは、ハルフォード事務所側は、マリアから依頼を受けて調べていただけだ。
たまたま探索していたら帝城に出て、暴走に巻き込まれただけ。なにか作為的な意志を感じないでもないところもあるが。
ヴィヴィこと、ヴィクトリカ皇女の言うところではこうだ。
もともと地下都市の住人達とはわずかながらにも交流が続いていたのだそうだ。下水の管理や、緊急時の皇族の脱出用通路の整備など。そのツテを利用してヴィヴィはあの少女、チマの手足を捜していた。そもそもチマ自身、地下都市出の少女で、偶然帝城の敷地内をさまよっているときにヴィヴィに保護されたらしい。彼女は自分ではまったく動けないわけではないが、それでも手足が不自由だった。あたらしい手足を捜すものの程よい偽塊が見つかることも無く、そもそも義手義足に使えるような偽塊もなく、難儀をしていたときに黒い男、かずきが現れた。彼が現れてから、チマに適合する手足が届けられ始める。
また、調べなおしたところかずきが現れて以降の機塊を届けにきていたものは、まったく知らない別の者だったと。コートやマスクで統一されて姿が隠されているために、人が入れ替わっていたことに研究室の面々もまったく気付いていなかったようだ。
「……ん、不自由だったのは『手足』で、なんで翼や尾触手が?」
「ひとつは、チマをつかった実験も行っていたことにある。『全て』の機塊をそろえた人ができないかとな。……あとは……チマ自身も喜んでいた」
「…………」
それで六人。本人も合わせて七人の命がなくなったと考えると、かなり問題があるきがするが。
「で、結局機塊持ちの命は使い捨てということか」
「……嫌味なやつだな。おまえは」
ヴィヴィの言葉に、ソラは返さない。
「父上からもこってり絞られたよ。しばらくはおとなしくしていろとな」
苦笑しながらいう。
「意外」
「なにがだ?」
「皇帝というからには、機塊のことは拒否していると思ってた」
貴族が全体的に排除派がおおいために、皇帝もその一派だという思い込みがあった。それなのに機塊好きを公言してはばからない皇女を野放しにしていることに疑問を覚えてもいた。
「あー……父上はなんというか、中立だ。それぞれの好きにすればいいというな」
たしかに、貴族間で好悪が別れている以上、どちらかにつくということもできないのだろう。国のトップが肩入れすれば、勢力図が大きく変わる。
排除派に肩入れすれば、機塊持ちの立場がわるくなるし、親和派につけば暴動すら起きうる可能性があるといわれれば、納得せざるを得ないが。
「にしても、黒い男か」
「何か心当たりあるのか?」
黒い男、かずきについてはもっか捜索中である。成果は芳しくないが。
「いや、アツヤがそれっぽい男にあったと話していたから」
キューブを渡してきた相手がそうだといっていなかっただろうか。
「そやつも見つからんのだよなぁ」
一度、リッカ達は騒ぎのあとつかまった。その後すぐ釈放されることとはなったが、その中にアツヤはいなかった。
アカネが作り上げた瓦礫を取り除いても、その姿がどこにも無かった。
「まあ、あわせて捜索はかけてある。じきに見つかるだろう」
「そうか」
「冷静だなぁ」
いつ見ても変わることのないソラの顔。感情をあまり表に出すようでもない。
ソラとしては、人が急にいなくなることにはすでに慣れているつもりである。傍にいれば気にするし、いなくなれば必要以上に追うこともない。何か事件性があれば追わないということもないが。
「あっちとの連絡は?」
「もう少し待て。おまえがいったい何者なのか、いろいろと探ってるやつらもいる。中途半端におまえの仲間達を人質にとられても困るだろう」
無事に帝城の外へと出すことはできたが、だからといって無事に変えれたかどうかも分からない。
無罪放免ということにしたらそのまま地下へと通じる穴へと押し込んだのだから、案内人をしていた地下都市の子供達がちゃんと送っていれば大丈夫だとはおもうが。
「おまえ、親兄弟はいないのだっけな」
ひとまずこの話はここまでだというようにヴィヴィは話題を変えた。どんなに話しをしたとしても、もうしばらくの間ソラがここにいることはかわらない。それならそれで、今後のことについてはまたの機会に話してもいい。
「いないどころか、顔を見たことすらない」
あえていうなら、オヤジさんをはじめとする皆が家族代わりだったといえるのだろうか。
「そういえばスラムの出だったか……親兄弟の知れないものも多いのだったな」
「あんたはどうなんだ?」
「わたしか? ……しらんのか」
「まったく」
考えるそぶりすら見せず、即座に答えるソラ。
「……子供でも知ってるようなことだぞ」
ヴィヴィはあまりにも意外な答えに、目を丸くしている。
「生憎、貴族には興味がない」
「口の減らんやつだなぁ」
仕方がない、おしえてやるか。
少しだけいい気になったヴィヴィが、得意げな顔をしてソラの目を見て言う。
「兄上が二人。どちらも年が離れている上にこれといって普段から接点があるわけでもないからな。あと母上も二人だ」
「二人?」
「第二皇妃というやつだな。……そんなことも知らんかったのか? 上の兄上の母上だ」
それはまた、複雑な問題が起きるような起きないような。
「まあ、兄上達よりはチマのほうがよほど姉妹みたいだったがな……」
その姉妹を実験台にしていたのはどこの……
そのような言葉が一瞬、ソラの口から出そうになったが、そこはしっかりと口をつぐんだ。
わざわざ追い討ちをかけるひつようもない。本人が一番堪えているのは見て分かっているし、言葉にしていない事情もあったのだろう。
「なあ、ちょっとこっちにこい」
顔を沈ませていたヴィヴィが、ソラを呼んだ。
さっきまでの勢いが薄れている。
いわれて、ソラは背中の羽を閉じつつヴィヴィの傍による。
ヴィヴィは、ソラを無理やり自分の前に立たせて、その襟元を掴む。なにをしようというのか。
「目をつぶって、ついでに耳もふさいでいろ」
勝手に言い捨てて、ソラの動作を待たずにその胸に頭突きをかます。
「……」
しばらくの間、少女がすすり泣くこえが部屋の中に響いていた。
どれぐらいの時間がたったのだろうか。窓から差す光が傾き始めていた。
いつのまにやら静かになっていた少女が、おもむろに顔を上げる。目が赤い。
「……」
「……」
見下ろすソラと、目が会った。
「な、なにをみている!?」
ヴィヴィはあわててソラを突き放し、反動で椅子に深くしずんだ。乱れた髪を直したり、目元をぬぐったり忙しい。
「なにかしたか?」
「ん?」
「何かしたかときいているのだ!」
顔を赤くして、ソラをにらみつけている。頬を膨らませ、口を尖らせ、見上げるその顔はどうにも子供っぽい。
「いやなにも」
その顔をみていると、本当に何もしてこなかったらしい。せめてベッドに運ぶだとか椅子に座りなおさせるなどしてくれてもいいのだがと、ヴィヴィは思う。
おかげで首が痛くなったじゃないか。
「じゃあなぜ放さなかった」
「……放さなかったのはそっちだけど」
「ぐ……う……」
ヴィヴィは目線をそらし、足元にさまよわせる。なにごとか言葉を捜しているようだったが、再度顔を上げ、言い放った。
「だいたい、他人の感じがしないおまえがいけないんだ。背の高さもちょうどよすぎるしな」
ともかく、言いがかりでもいいから何か言わないときがすまなかった。
普段から、アカネにすらみせたことのない醜態を晒したのだ。プライドというものもある。何か謝らせないと気にいらない。
「あー……」
おもむろに、ソラが手を伸ばした。そのままその手が、頭に乗せられる。
「ちょ、おまえ……なにを……」
「クロエみたいだ」
驚きのあまり、手を跳ね除けることすら忘れていた。そのまま撫で回す手に辟易し、されるがままになるヴィヴィ。
もしクロエがだれかわかっていたら、一緒にするなと起こっていたであろうが……
撫で回しながら、ソラは不調の理由を考えていた。
弱くなった。
おそらく、肉体的には問題がないのに、心の持ちようが。
わずかなためらい。相手を失うという恐怖。命のやり取りの中で相手のことを考える余裕などあるはずがないのに、もし相手がリッカや、ユニや、親しいだれかだったらと無意識のうちに考えてしまっている。以前の自分であれば、そんな躊躇などしなかったはずなのに。いつから……
もし、旧事務所のメンバーがここにいれば、それはちゃんと守りたいものができた証拠だなどといって喜んだのかもしれないが、彼らはこの場におらず、ソラ自身にはそのようなこと思い浮かぶべくもない。
そしてヴィヴィは、ソラがそのようなことを考えているとは露とも思わずされるがままになっていた。
「……誰に似ているかあえて聞きなおさないことにするが、第一皇女の頭を撫で回すなど他にはおらんぞ」
「そう」
ヴィヴィはそのまましばらくの間、主の戻りがあまりにも遅いからとアカネが部屋をのぞきにくるまで撫で回され続けていたのだった。
いろいろと失礼なやつですよね
チマの『輪』
名前の由来は某お猿さんがつけていたものから。元には否定的な意味を、ルビには肯定的なダブルネーミング(?)ゆえに。制御されるものとするものといった感じで。本来は彼女の神経が機械化しており、他の偽塊や機塊に侵食接続することで一時的に操作を可能とするものであった。(わざわざ手足を取る必要などない)輪のように見えていたのはもともと部分的に表出していた部分。もしこのまま暴走を続けていたら、周辺の偽塊なども同時に吸収融合させ、さらに災害を及ぼしていたのかもしれない。




