2-15
探検は続くよどこまでも
ぴちょん、ぴちょん、と水の滴る音が響く。
薄明かりで照らされた狭い通路を、さらに人数の増えたソラ達一行があるいていく。
時折なにかがつぶれたり、切り付けられたりする音がするのは水路から飛び出してきたり、通路から襲い掛かってきたりした各種巨大昆虫の断末魔だろうか。
あの小部屋の中にいた子供達、なかでもクロエにはかい締めにされていた少年はトットといって、クロエの言うところの『友達』だということだった。
少年達のいうところでは、クロエはいつのまにやら入り込んでいてみんなと混ざって遊んでいたという。
「クロエ姉ちゃん、強いし、みんなの相手してくれるし、結構知らない道見つけてくれるし。地上の人間にしてはいいヤツ」
というのがトット少年の言葉。ただ、少年達がつけているような暗使ゴーグルも無く、どうやって手元すら見失いがちなこの通路を歩いているのかが全員の持つ共通の謎となっている。やはり本能か。
「にしてもさー、兄ちゃん達もよくやるよね。俺達が見てなかったらどうするつもりだったの?」
依頼にあった飛行者の捜索のことだ。
小部屋でじゃれ付いていたクロエを何とか引き剥がし、来訪の理由をつげたところ、『クロエの友人だから』ということで少年達が手伝ってくれることになった。たまたま、少年達の一人が『大人が地上の機塊持ちを運んでいるのを見た』らしい。しかも、大人たちが普段『近づくな』といっている区画の方面に向かっていったものだから、興味が湧いてくっついていったと。
「そのときはそのときで別の目撃者でも探したさ」
このあたりは“まだ浅い”ところらしい。もっと“深く”もぐったところに村のような、町のようなものがあって、そこが彼らの住処だとか。さっきの小部屋は、子供達の遊び場としてこっそり造った秘密基地だということらしいが。
「ここ、どのあたり?」
「うーん……分からないんだよねー。『見えない』」
ふいに、心配になったのかエリーがリッカに確認するが、想像していなかった声が返ってくる。
地面が厚すぎて、現在地がまったく読めないらしい。
「そろそろ大物出てくるから気をつけろよな。光とか足音とか」
トット少年が、警告の声を上げた。
「うん?」
「ここいらにいるやつら、音や光に反応して襲ってくるんだ。ほんとは魔法使いの姉ちゃんみたいに照らしてるのはあんまよくないんだぜ?」
いわれて、あわててエリーが光を消す。
あたり一面が真っ暗になり、うっすらとしか姿が見えなくなった。
「あレ? なんレみえルんラ?」
アツヤが、すっかりクロエに影響をうけた口調で言葉をつむぐ。
確かにあたりに光るようなものはないのに、姿が見えるのはおかしい。
「これかなー?」
壁をこすったリッカが、手元を覗き込んできた。
「コケ?」
「おー。そいつ、光るんだよ。エサにもなるし、目印にもなるし、結構便利なんだぜ」
……エサで食べられたら目印にならないんじゃないだろうか。
「姉ちゃんたちこっちこっち」
クロエと二人手をつないで歩く少女がまっすぐ行こうとしたメンバーを呼び止める。
「うー……くつがぐちゃぐちゃ……」
エリーが愚痴り、ユニも手を引かれながら顔をしかめていた。
「まー姉ちゃん達にはきついかもねえ。コートもゴーグルもマスクもなしで来るところじゃねーよ」
「あんた達はなんで平気なのよ?」
「なれた」
「慣れたって……」
話を聞くと、『上』から流れてきたものをあさるために自らもぐることもあるらしい。といっても、ここのような下水道ではなく、もっと“深い”地域にある『落ちだまり』という特定のポイントでのみの行為らしいが。そこで拾ったものを判別して、地上にもっていって生活物資を得るというのが彼らの生計の立て方である。
「ここにすむようなことになったとしても、やめたいわね」
エリーがうんざりした顔でいう。
「エリーは結構きれい好きだもんねー」
「むしろなんであなた達は平気なのよ」
「うーん……もっと汚いものを『視て』いるから?」
さらっと言う割にはかなり内容が重たいような……
とかなんとか話しをしているうちに、なにやら前方が明るくなってきた。
「外の光?」
リッカがつぶやく。
「うわ……こことおんなきゃなんねえのかよ」
少年達が次々にいやそうな雰囲気を出し始めた。何かがあるのだろうか。
もうしばらくすると、はっきりと先が見えるようになってきた。同時に、なにやら柱のようなものが立っている姿も見える。
やがて一つのドーム上になった空間に出た。周囲にはほかの水路につながるトンネルと通路がいくつか見え、中央には先ほど柱に見えたものが樹木のようにそそり立っていて、風もないのにゆらゆらと揺れていた。
「なんなのかねぇ? あれは」
「うんと、いろんな道がつながってる中継点ってのがあって、そこって結構『上』とつながってるんだよ。で、その光を求めて成長した植物のようなものってのがいて……」
一度足をとめ、後ろにも止まるように合図をした少年が一層小さな声でぼそぼそと説明する。
「普段は大人が定期的に倒してるんだけど、こういうところのはもれがあってね。音や急な動きに反応して襲ってくるから、足音立てないようにこっそり外側あるいて先に行けばいいんだ……」
「ああ、食人植物の一種みたいなものねー」
リッカが『視』、説明をうけたことで納得の声を上げる。
どちらかというと、ローパーだろうか。かなり巨大だが。
そのとき、全員の視界の隅を、木に向かって歩いていく何者かの姿が横切った。
「けど……」
少年も言葉をとめて、その姿をみおくる。
その人影は、木の根元でとまり
「すげえな! さすがファンタジー!」
叫んだ。
とめることはできなかった。
だれもその行動を予測できなかった。
まさかここまで空気を読むことができないヤツだとはおもっていなかった。
「うん? ロうしたんラよみんな?」
きょとんと首をかしげるアツヤ。
その後ろでは、汚物が乾燥してくっついている触手のようなものがうごめいている。
全員が一歩を下がった。
アツヤが一歩前に踏み出してくる。
あわせて触手が少しだけ迫ってきた。
「どうする?」
「あそこまでのバカはさすがにかばいきれない」
「タイミングをあわせて走るしか」
「アイツ結構遠くまで触手延ばしてくるんだよ」
できるだけ小声で、ローパーから目を放さないように少しずつ後退していく。
アツヤはそんな緊迫した空気を気にせずに、さらに二歩、進んできた。
「なんかいルのか?」
振り向いたアツヤの目の前に、うごめく触手の群れ。
……………………
「うぎゃああああああああ」
「にげろおおおおおおおお」
一斉に走り出すが、まず最初にへたり込んだアツヤに、触手が絡む。手に持っていた剣をふりまわすもののまともに当たるわけも無く、当たってもたいしたダメージが通っているようでもない。
ソラとジョイが最後尾にのこりなんとか触手の侵攻を防ぐが、二人の隙間を潜り抜けたそれがトットの仲間を一人捕らえた。さらに気をとられた隙に、こけたユニへ別の触手がまきついていく。
「――!!」
「やるしかないわね!」
叫んでエリーが両手の間に火炎弾を形成した。それで吹き飛ばそうとでもいうのか。だが
「だめ!」
リッカが押しとどめる。
「なんでよ!」
「こんなところで火なんて燃やしたらみんな窒息する。それに、ユニたちだってもえるよ!?」
「だったらどうすればいいのよ!?」
「やるしかなさそうだねぇ」
言い争う二人をなだめるように、ジョイが左手を構えながら改めて向き直っていった。
「まったく、メンドイ……」
その翼を広げながら、ソラがつぶやく言葉は誰に向けてのものだろうか。
「兄ちゃん達あれヤれるの?」
トット達は不安そうにソラとジョイの顔をみている。
「大丈夫ラよ~」
クロエが、子供達をなだめるように言う。
そのまま、巨大ローパーに向かって走り出した。
くるくるぐるぐると、両手両足を振り回しながら、触手の合間をくぐりぬけて突き進んでいく。特によけている様子でもないのに、不思議と、あたらない。
一歩遅れて、ソラが狭い空間を飛び上がる。
「ジョイ、援護」
「わーってるって!」
四方八方から迫る触手を時にダガーで刻みながら、時に魔力弾でうち破りながら、少女とユニが捕らえられている上部へと近づこうとするが、触手の網が細かく、なかなか寄ることができない。
ジョイもその左腕から援護射撃を行っているが、ダメージが与えられている様子はない。
「というよりこれ、本体にダメージ入れないといみないんじゃ?」
「どうすんのよ!?」
攻撃を休めることなく、ジョイがつぶやき、エリーが憤慨する。
「火はだめ。窒息するし。雷もだめ。水があるから感電する。土にしても、むき出しの地面じゃないしねー?」
「じゃあこれでどう?」
エリーが両手を突き出し、両手の間に何本かの氷の槍を形成した。そのままうちだす。
「あんまり効果はないみたい?」
着弾までにいくつかの触手にあたり、切り飛ばしたもののダメージにはつながっていない様子で、本体に当たったものも威力が減衰されてしまっていた。
ついでとばかりに、風の刃をも放つが、あまり変化はない。
むしろ、自分達に向かってくる触手を増やすような結果にもなってしまっている。
押さえきれず、エリーの喉元に触手が巻きつこうとしたときに、その動きが一瞬とまった。
「え?」
なにがおきたのか、見渡してみればローパーの根元にクロエがいて、その腕を振りぬいている姿が見えた。
汚水の中を進んだことと、触手がなんどか巻きついたのだろう。すでにその服はどろどろである。
「うやー……ぶよぶよ……」
手ごたえを感じられずあげられたのんきな声は、この緊迫した空気の中でどこまでも浮いていた。
そして、ソラが動きが止まってる触手を刻み、最初に攫われた少女を連れ出し、いちどジョイたちの元に抱えて戻ってきた。
「ユニは?」
「まだ生きてる。けど骨にひびが入ってるかも」
ソラに問われ、ユニを探し『視た』リッカが苦しそうにいう。
「……助け出すさ。二度も助けて三度目もないというのも、な」
再び飛び上がり、ローパーに肉薄するソラ。
獲物を奪われたことに怒りを覚えたのか、ソラに向かう触手の数が先ほどより増えた。
援護を再開したジョイも、誤射の可能性が低くなってやりやすくなったのか表情が少し緩んでいる。しかしふと横目を向けてリッカの様子を伺って言った。
「……リッカちゃんどうした?」
「うん……ソラの調子がおかしい……」
「なによ。いつもと変わんないような気がするけど」
その反対側では、エリーが再び風の刃を生み出し、近づく触手を刻んでいる。
「気のせいかな?」
「そうよ。ほら」
エリーが目で示した先では、ユニを助け出しているところだった。掴むのが遅かったのか、下に落としてしまうもののクロエが滑り込んで受け止める。
ふいに、クロエがジョイたちにむかって構えを取った。
「いくよー」
「ちょっと! なげんな!!」
そのままジョイに向かってユニを投げわたし、すんでのところでキャッチされる。
二度も獲物を奪われたローパーは、ついにすべての触手をソラとクロエに向けた。
先に捕らえていたアツヤすら投げ捨て、二人に襲い掛かっていく。
「そラ~ローする?」
ふいに首を上に向け、急制動を繰り返し触手をかわしているソラに、クロエが尋ねる。そうしている間にも、いくつかの触手はクロエに巻きつき締め上げはじめているというのにまるで苦しんでいるそぶりがない。
ソラは、しばらくの間魔力粒子を撒き散らしながら飛び回っていたが、そのうち周囲の触手を一斉に消し飛ばし、空間を作り上げて言った。
「クロエ、GO」
「あいあいさ~」
そのまま、クロエは脱力し自らローパーの口へと運ばれていった。
「ちょっと! クロエ!?」
叫び声をあげたエリーの傍に、ソラが戻ってくる。
「ちょっと、ソラ! クロエをどうするつもりなのよ!? 早く助けないと……」
「もう終わってる」
「なにが……」
ローパーは、その名前の由来でも在る鞭のような触手で獲物を締め上げ、上部にある口へと運び、そこに生えた棘のような歯ですりつぶすのだ。さらに、消化器官そのものといえる体内の圧力は鉄製の鎧すら押しつぶす。無事でいられるとは思えない。
あわてるエリーの眼の先で、ローパーの動きがぴたりととまる。
かと思いきや、急にもだえだし、クロエを持ち運んだ口のある上部から下部へ向けて赤黒く変色していった。さらに変色する先からまるで落ちる錆か、乾いた血のように崩れてゆく。
「すげえ……」
ふとつぶやいたのは、トット少年か。
ちぎれ落ちた触手すら、わずかにもだえながら赤い海に飲まれ、ぐずぐずと溶けていった。
「ユニ、一応抑えれる?」
ローパーが完全に崩れ落ちたのを確認し、リッカがユニに目を向けると彼女はこくりとうなずいてその目を再度ローパーの、いやクロエのほうへと向けた。
しばらくしてから大丈夫というように、リッカを見上げてうなずく。
あとにのこった錆のようなものでできた山からは、服は汚れ破れているものの無傷なクロエが一人、元気溌剌といったようにでてきたのだった。
「ゴチソウサマレシタ!」
触手回でした
地下都市
帝都の地下に広がる穴倉の世界。排他的で仲間意識が強い。ほぼ全員共通でゴーグルにマスク、マントを着て汚れや臭気を防いでいるため、クロエのように見分けがつくことが珍しい。『上』から落ちてきたものを拾い直して売りに出したり、地下特有のケモノやマモノを狩って生計を立てたりしている。また、一部の者達は地上との契約で下水をはじめとする地下道の管理も行っているようだ。
ソラ達が進んでいるのは地上でいうところの下水であり、地下都市の住人達の間では普段あまり使われていないため、子供がもぐりこんで遊び場にしていたりする。




