2-12
クロエは不思議な踊りを踊った。
事務所の内部は二つの困惑が蔓延していた。
一つはアツヤのこと。
あれほど、帰れないと聞いてからの落胆振りは明らかだったというのに、朝帰りをやらかしてからというもの、終始ニヤニヤしているのである。
ときどき銀色のキューブを取り出しては眺めて、人が近づくとあわてて隠す。怪しいといえば怪しいが、リッカが見たところただの金属の塊だ。
どこかで拾ったのだろうか。それとも人にもらったのだろうか。
朝帰りをしてきたときはやけに酒臭かった。酒場で、優しい誰かにひと時の夢でも見させてもらえたのだろう。あのキューブはきっとその名残だ。
ということで、もとからおかしいアツヤをほっておいて、事務所のメンバーはテーブルの回りを囲う。
「なーんかこう、いやな予感しかしないんだよねぇ」
というのはジョイ。
二つ目の困惑の原因が理由だった。
「こんなにあったとはねー」
ジョイのもたらした一件から、類似事件もないかと、万が一の可能性で調べた結果がこれ。
鳥にあらかじめ下調べを頼み、直接赴いてそれぞれが確認したうえで、おなじものと判断したものが四件。
失踪事件など探せばそれなりにあるかもしれない。全体数で見れば。四件という数はけっして多いわけじゃない。しかし
「どれもこれも、第一線で動いていた人ってのが問題なのよね」
それなりに実力の在る機塊持ちが、突如として姿を消したものと限定すると話はかわってきた。
闘技場の上位者
歓楽街の有名用心棒
マフィア達の有望株
冒険者たちの間で人気の高かった少年
マリアの依頼で探している少年もドッグレースで大人たちと平然と競っていたという。
後の一人は、これといってどこかで働いているというわけでもなかったが、それでも周囲の人達の評価を聞く限り相当優良な機塊持ちだろうと推測できた。
そしてこれらの事件は、およそ一ヶ月ほど前。デトス・ヒルトマンの事件前あたりから始まっている。
「あとは、年齢」
ソラがつぶやく。
ただの偶然として見過ごせないものとして、そのどれもが十台の少年少女たちということもあった。
ただ、問題は
「目的が分からない」
機塊もばらばら。
これがたとえば特定地域での集団失踪などであればもっと分かりやすかっただろう。
特定の、銃型の機塊持ちばかりが失踪していたのなら、どっかの裏家業の人間が戦力として攫ったという見方もできたかもしれない。
だが、攫われた人物のすんでいるところも、機塊も、どれもばらばらなのだ。手の打ちようがない。
ハルフォード事務所の受けた依頼の内容としては、マリアの弟分にあたる飛行者の捜索。はっきりいうと、他の事件のことは完全に無視して、一つに絞って行動してしまってもいいのだ。ただ、それでも胸中に押し寄せる不安が警告を発しているきがする。
「ねえ、ソラ。まえ話してた地下都市の人が。ってことはないの?」
「うん?」
「この少年のこと調べてたときに気になって周囲を『視て』みたんだけど……」
地下都市へ通じる、通路のようなものが見えたらしい。
「ただ深すぎて、よく『視えなかった』の」
確証はない。ただの下水道なのかもしれない。
「まあ、こんな状況だと、なんともいえないよねぇ」
地下都市の住人に対するコネクションなど誰も持ってない以上、調べようも無かった。
このようなことが続いて、結局のところ二日ほど手詰まりである。
そんなとき、部屋の中をくるくるぐるぐると踊っていたクロエがふいにテーブルに近づいた。みんなの後ろからテーブルを覗いて、首をひねること三回。
「お人形レも作ル?」
「「「「……は?」」」」
何を言い出すのかと一斉に声をあげた四人。声はあげなかったものの、ユニもおどろいてクロエを見ている。その五人を無視して、割りいって、クロエは並べられていた紙を並べ替えていく。
「右手レしょ~。左手レしょ~。背中と足レ~おまけの腰ー」
並べられた紙は、確かに人を形作るように並んでいた。
攫われた少年少女の機塊はそれぞれ、
闘技場の上位者は双子で右足と左足。
歓楽街の有名用心棒は右腕のブレード
マフィア達の有望株は左手に銃。
冒険者の少年は、腰から触手のようなしっぽのようなものを持っていたという。
マリアの依頼で探している少年は言わずもがな、背中の翼だ。
「でも、胴体も頭もないじゃない。見逃してるかもしれないけれど……」
「胴体はともかく頭なら……」
エリーの疑問に答えたのはソラ。そのままユニに目線を向ける。
“でも わたしは こんなに たくさんの ひと あやつれない よ”
黒板に書いてまで、否定するユニ。
以前のアレは、薬や洗脳で無理やり増強させられたがゆえに行えたということ、らしい。相手の意志の有無などがどうも関係しているらしく、偽塊であれば、それがたとえ工業用のものだろうとまとめて動かせる。
ちなみに、ユニの角は完全に再生を果たして、以前よりもいくらか長く、すらっとしていた。
「ユニというのは例えで、たとえば直接侵食して操作するようなものなら?」
「腕をちぎってくっつければ~一人レいいよね~」
口調は無邪気なのに言い方がえぐい。しかし、たしかに、本人から機塊を切り離し、モノにしてしまえばあとは……
「ちょっとまってよ! そんな非人道的なこと許されると思って」
「うん。でも偽塊の開発って前例もあるんだよ? もっともあれは、犯罪者となった機塊持ちを材料にやってるみたいだけどねー」
あくまでも、昔いた、とある知り合いの機塊持ちに書き込まれていた魔道式と、とある偽塊の魔道式が一致したからというだけで発展させた、むちゃくちゃな推測でしかないけれど、それでもリッカは大方まちがっていないと思っている。その知り合いは犯罪者として死んで、その知り合いとほとんどおなじ偽塊が市場に流れていたのだから。
「つまりあれか。『頭』となる人物はすでに『犯人』のところにいて、腕や足がない……もしくはくっつけてより強い機塊もちにするか汎用性もたせようってために、こうやって人を攫っているっていいたいわけかい。ちょっと荒唐無稽すぎる気がしないでもないけどねぇ」
両手を挙げ、まいったというポーズをとりジョイは椅子にもたれかかった。
「ありえない話じゃあ、ない。実際ユニみたいなコントローラーは少なからず、いる」
ユニの頭を撫でながら、ソラは言う。
「ただ犯人がわからないじゃない。現場の目撃者でもいれば別だけど」
エリーの言うことももっともである。
「ふっふっふ……ここはおレさまにまかせロ!……いやいってみたかっただけレすほんとレすごめんなさい」
突如としてやってきたアツヤが格好をつけて言っていたが、白い目を向けられて謝り倒していた。
「モグラさんたちでもいいから、目撃していてくれるといいんだけれどねー」
リッカがため息をつき、紅茶に手を伸ばす。
「もぐラ~? あいにいく~?」
唐突にあがった声に、アツヤ以外の全員が固まった。そして奇跡かな、まったくおなじことを全員が思ったのだ。
“オイおまえ今なんていった!!”
□
「ここラよ~」
クロエに引きつられ一行が向かったその先は、下水の入り口のようなところではなく、事務所から比較的近い、商店街の路地裏のさらに入り組んだ先だった。
普通に歩いていればまず通ることのないような細い路地に、隠れるようにして下に向かう階段がぽつんと存在している。
「これはさすがに……クロエぐらいしかみつけられないわね」
エリーがあきれたようにいう。
階段の下のほうは薄暗い。そこで初めて一行は明かりになるものを持ってきていないことに気付いたが、エリーが持っていた杖の先端に明かりの魔法を灯す。
…………
「な、なによその目は! アタシがこういう魔法つかうのがおかしいっていうの!?」
エリーの叫びを無視して、一瞬で円陣を形成する六人。
「いやだってねぇ」
「孤児院でも便利系使うこと無かったし」
「雪合戦のときも攻撃魔法ばっかりだったよな」
「あれでソラも乱入してとんでもないことになったんだよねー」
「なんラよ魔法かっこいいじゃねえか」
一斉にエリーに背を向けて、ひそひそ話しを始める一行。約一名、ややずれた感想をもたらしているがそんなことは関係ない。涙目になったエリーが地団駄を踏みながら何かわめきだしていたが、気にすることなくしばらくひそひそと話を続ける。
そんななか、二人抜け出したユニとクロエがエリーの頭を撫でていた。
「なんか、とっても惨めなのだけど……」
「さて、隊列だけど」
不満顔のエリーをおいて、ジョイが切り出す。
案内役のクロエを先頭に、暗闇でもそれなりに『視える』リッカと戦力としてソラ。次にユニとなぜかついてきていたアツヤ。手には剣をもってるがおそらく事務所から勝手に引っ張り出してきたのだろう。サイズが合っていない。そしてエリー。最後尾にジョイということになった。戦闘がないに越したことはないが、万が一のことを考えて。ということである。
階段を下りきると、そこはもう明かりが無くてはなにも見えないような暗闇だった。下水へとつながっていたのか、中央にはエリーの灯りにうっすらと照らされて汚水らしきものが流れているのがみえ、その両側はとりあえず二人並んで歩ける程度の幅をもった道がある。
足に伝わるぬめりと、汚水から漂ってくる匂いが不快感を伝えてくる。暗く、エリーの灯りでも周囲数メルテがやっと見える程度で、足元がおぼつかない。だというのに、クロエは歩きなれているのか、いつものようにくるくるぐるぐると鼻歌まで歌いながらのんきに歩き進んでいく。
右に、左に、また右に。そのうち方向感覚が狂い、おなじところをあるいているんじゃないのか、ひょっとしたらクロエが道を間違えているんじゃないかとみんなが思い始めたときに、ふいに、ぴちょん。と、何かのしずくがエリーにかかった。
「ひっ」
身をすくめ、上を照らせば特に変わったものもなく、染み出した水滴かと知って気を取り直し、先へと足を進める。
再びしばらくすすみ、角を右へと曲がったときに無数の羽音とキィキィという声が一同の頭上を通り過ぎて行った。おそらくコウモリかその亜種だろう。コウモリが飛んでいったその先をうかがうと、うっすらと何やらがうごめいていた。見なかったことにして再び足を動かす。
ふと、下水の一部が盛り上がった。それは汚水をまきちらし、一行の中央、エリーへと飛び掛っていく。
「「うっぎゃああああああああ」」
エリーは普段からは想像できない大声をあげ、さらにへたり込んでしまった。完全に腰が引けてる。
同時に、ソラとリッカの間を何者かが駆け抜け、ぐちゃり、とそれを蹴っ飛ばした。蹴飛ばされたそれは、反対側の壁に打ち付けられ、ぴくぴくと痙攣している。
「な、なによあれ……」
エリーが恐る恐る手元の明かりでそれを照らすと、地上でも見ないほどのサイズのゴキだった。
ひっと何人かが声を上げる。
「ラいじょーぶ?」
ゴキを蹴っ飛ばしたクロエが近寄る。足についているアレの体液がなまなましく、きもちわるい。
「もう、いやぁ」
「ごめん、そこまで『視て』なかった……」
申し訳なさそうにリッカがあやまるが、エリーのみみにほとんど届いていない。それともう一人……
「な、なんなんラヨあレ……」
アツヤもひっくり返っていた。かつての世界で見た、家庭内害虫にも似た、それよりはるかに巨大なものがいきなり現れたのだから仕方がないとも言える。
さらに周囲は薄暗く、よく見えないことがさらに恐怖を増徴させていた。
「帰る?」
ソラがとりあえずという形で尋ねるが、その言葉も聞こえていないようだ。
「たまったもんじゃないよねぇ」
同じように、引きつる声をあげるジョイ。ユニは涙目になってジョイにしがみついている。
「慣れてるって事もあるだろうけど、クロエよく動けるわね……ってあれ?」
いつのまにやらクロエがいなくなっていた。
下水にでも落ちたのか、いや水音はしなかった。また謎の巨大生物が襲ってきて攫われたのかと皆が騒ぎ始めたときに
「うわああああああ」
という、知らない子供の叫び声が奥から聞こえてきた。
一同顔を見合わせ、声のしたほうへ走っていく。
すると、壁から薄明かりが漏れているのが見えた。ドアが取り付けられていて、そのなかからやめろという少年のような、でもややくぐもった声が聞こえる。
顔を見合わせ、ソラが飛び込む。
「――!?」
部屋の中には、帽子とゴーグル、コートと手袋で全身を包んだ子供とおぼしき人が三人。それと……
「やめろよ! はなせよ! わかったからぁ!!」
と、もがき声をあげている子供と、その子供に抱きついているクロエがいたのだった。
バカとなんとかは紙一重っていいますからね。彼女はそうなんですたぶん。
魔力結晶
現在、特に帝都の生活を支えているアイテム。あらゆる偽塊のエネルギー源となる。現在マモノの体内から摘出するか、国営の販売店で購入するしかなく、どうやって市民の生活分を確保しているのかは国家機密となっている。稀に、機塊持ちの中に魔力結晶を精製するものがいるが、偽塊に使うことはできないようだ。




