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連続投稿です。先に1をどうぞ
かつ、こつと石畳を響いていた足音に気がついて
目の前に見えていた足先をたどって顔を上げた先にあったのは
ニタァ と笑う
「――っ」
人の気配で彼女、カルラ・バーズンは飛び起き……
バランスを崩してベットから転げ落ちそうになった。
体を受け止めたのはやわらかい……かもしれない感触。
「あー……大丈夫?」
まだどこか幼さが残る声。
顔をあげると少女の顔がみえ
「――!!」
声を出すのを忘れたように、カルラは口をパクパクさせ、今度はベットに倒れこむ。
「落ち着いて、ね?」
「お、おち……それ……め……」
驚くのも無理はない。その少女の、はしばみ色の右目と対になっているはずの左目は
「キカ……イ?」
モノクル……というよりはカメラのレンズのような形をしていた。さらに左目周辺までもが金属に変じている。
「ん、わたしの機塊はヒトを傷つけるようなのじゃないから」
安心して?困った顔をして少女はコツコツと自分の機塊を指す。
夕日をうけて、レンズが悲しそうに光る。
「うー……やっぱり眼帯つけといたほうがよかったかなー?」
そしてその栗色の髪で、左目を隠せないかと無駄な努力を重ねる。
「……どこ。ここ」
「んーと、ソラの事務所兼自宅。わたしはリッカ。おねーさんは路地裏でぶっ倒れててそれをソラが拾……助けたの」
わたしは服をかえたり適当に体を拭いたりしただけなんだけど。といいながら椅子に座って
「おねーさん、疲労と魔力不足とか雨で冷たくなってたりとか何気に危なかったんだよ?丸一日寝てるし服も買ってこないとサイズないし……」
年の差だけじゃないよねこれ。と、どこかが残念そうなリッカである。
「はい、今度はおねーさんの番。名前は?」
「……カルラ……バーズン」
「なんで倒れていたか覚えてます?」
「えっと……」
答えかけて、あの粘りつくような顔を思い出し、腕をかき抱……けなかった。
いまだに腕はないまま。だが、同じタイミングでどこかでごとりと音がした気がしたのは気のせいだろうか?
リッカは何も気付かなかったようで、質問を続けていくが。
「それじゃ、別の質問。住んでいるところは?」
「セントラルの……」
「年は?」
「17」
「スリーサイズは?」
「きゅう……は?」
「初恋はいつ?」
「それに何の意味が……」
「ぶらじゃー、Fにしたほうがイイヨ?」
「な……え……」
話が飛ぶ。
ついていけない。というかよけいなお世話だ。
「じゃ、腕戻そうか」
「うん……?」
いまなんて?
「このままじゃちょっと不便だもんねー」
そういって傍らのテーブルに近づくリッカ。
テーブルの上には布をかぶせられた「なにか」があった。さっきした物音はここからじゃなかっただろうか。
「どういうこと、元に戻すって?」
「どうもこうも、というかこれからするというか?」
孤児院の子達ならこのノリでそのまま終わらせてくれるんだけどねー。
ノリで腕がもどったら誰も苦労はしない。
「んーと、気をしっかりもってほしいのだけど、みたままに否定したら治るものも直らないし、というか治っても病気みたいに完治ってものはなくてこれから一生付き合っていかないといけないことで……あ、ソラぁ」
「まだやってなかったのか。リッカ」
何気なく彼女が振り向いたとき、ドアが開く前に声を掛けていた気がする。
見えたのは砂色の髪。どこか無機質な空色の目。ごく普通の少年。
「とりあえずこれから。おもってたよりも落ち着いてるし。ただ、いざ見せたときが怖いんだよねー」
「ふーん?」
そしてジャケット。首にかけたゴーグル。どちらも使い古されている。
「目隠ししてやったらどうだ?こないだそれでうまくいったのいるだろ」
「トムさんはふつーのタイプだったから。おねーさんの場合ちょっと特殊でちゃんと認識してないとかえって難しいの。いまだって一歩間違えば『ジュッ』っていっちゃうんだよ?ジュって」
なにがじゅっといくのだろう?
「それでも、先延ばしにするよりはいいだろ?」
そしてなにを先延ばしにするのだろう?
と、唐突にソラが、カルラをみてたずねる。
「腕、元に戻したいか?」
「そりゃ、元に戻したいけど」
ソラがテーブルに近づく。
「んじゃ、その腕、どこにいったかわかるか?」
「えっと、それは」
わからない。
でも、いやな予感がする。それとも、無意識のうちに知っていたことなのかもしれない。
「予想通りやっぱり無自覚か。あー、うん。貴族として生活しているなら、最悪とまではいかないにしろ、よくないとは言えることだよ。あんたの腕は……」
ばさりと、テーブルの上の布を落とす
「機塊になってる」
そこにあったのは、あの宙を飛び自分を追いかけた二つの砲門だった。
□
そのあと、リッカの誘導のもと腕を元に戻した彼女はそのままリッカに風呂へつれていかれた。
気を失っているときに体は拭いたけど、髪がまだ汚れているのは許せないというのはリッカの談。それにやっぱり自分で洗いたいでしょ?と。自分に対しては無頓着であるのに。
そして亜もどってきて早々、彼女を押し出して
「どう?」
とリッカがたずねる。
「十人並み?」
と答えたらなぜか
「……ごめんねー。ソラの美的感覚やっぱりちょっとおかしいから。」
こんなに美人さんなのにねーとなぜかリッカが謝っている。
たしかに輝きを取り戻したその長い金髪はきれいだとおもうが。
それにしても、ずいぶんとなついている。
「とりあえず、飯でも食べながらどうだ?お互いに聞きたいことも、話しておきたいこともあるだろうし」
あらためて、自己紹介を済ませた後に
「で、なんで私を」
助けたのか。彼女はそう聞きたい顔だ。
ちなみにメニューはリゾット。丸一日なにも口にしていない体にはちょうどいいだろう。
「んーまあ……」
ここはもっともらしく
「住宅街の、それもこんな外れで一人、路地裏でぼろぼろになって倒れている。しかもなんだか物騒な気配があれば気になる」
理由を並べてみる。
「ついでに貴族で女・・・助ければ謝礼がもらえるかもしれない。みてのとおり、特にはやってるっともいえない事務所だからね」
しかも道を2本先に行った川のむこう、橋の先に行けばスラムだ。あっちにはいっていたら最悪髪の毛一本も残ってなかった場合もある。
それよりひどい目にあっていたかもしれないが。
「それと、新米機塊持ちでしかも貴族だ。ほっておけば碌なことにならない」
「碌なって……」
「貴族の、あんたの周囲の機塊に対する常識、いってみなよ」
「それは……
機塊は犯罪者の証である。機塊を持つものは自身の肉体を捨て過ぎた力を求めたものの結果である。機塊を持つものは災いしか生まない。ゆえに、厳しく監視し、統制し、管理しなくてはならない」
それは貴族に近づくほど、洗脳レベルで浸透している常識。
「でもあんたは犯罪者じゃない。ちがうか?しかも、実際に起きている犯罪のほとんどは機塊をもたないものが起こしているものばっかだ。政府が全部機塊持ちによるものにしているだけに過ぎない」
ツテを利用した独自調べによる。
そして
「貴族の住んでいるようなあたりでは特に、機塊持ちに対する統制が厳しい。未登録となればなおさら、なにもしていなくても一度は犯罪者にされる」
アンダータウンなんかとは違って、貴族に近づくほど機塊持ちに反論はゆるされない。
毎度依頼をしてくる婦人なんかは少数派で、貴族によっては生まれた子供に機塊があるというだけで捨てることすらある。
「もし、オレが無視して、あんたが無事目を覚まして、家まで帰れたとする。で、今までどおりの生活ができるとおもうか?」
学園に機塊持ち用のカリキュラムもあるらしいが、立場はいいとはいえないともきく。
「挙句の果てに、抵抗して混乱して暴走でもしたら何が起こるかわからない」
「そんな……私は何も……それに私は襲われるまでは普通だった!」
「襲われる、ね。そこのところもう少し詳しく知りたいところだけど」
それよりも
「先に、機塊の使い方をおぼえてほしい。今後、機塊を使うことが無かったとしても」
なぜなら
「機塊はただの機の塊じゃない。肉体と、生体金属との違いはあっても自分の体なんだ。生まれてすぐに立って歩けたか?何度も練習して転んで今は意識しなくてもできるようになってる。機塊も同じだ。使い方を知らなくても振り回してぶつけることはできる。訓練すれば自由に使えるようにもなる。何かの弾みで、人をうっかり傷つけることも無くなる。運よく、形態が切り替えられるタイプなんだ。リッカの誘導なしに戻せるようにもなれば、元の生活にだってもどれる。暴走する可能性だって減るだろう」
知らないで、避けようとするから余計に傷つける。知っていれば防げるものもある
「もどれる、の?」
「ああ」
「でも私は誰かに狙われてて」
「それはこれから調べる。いってなかったけどオレは、何でも屋だ」
「……それで、あなたがあの人達の仲間じゃない証拠は?こうして、いろいろよくしてくれてるのは感謝するけど、だからってすぐに信用なんてできない」
「信用できないなら信用しなくたっていいさ。ただ、オレがその犯人だとしたら、とっとと殺っているかもっと隠れ家的なところに連れ込んでる」
「それに、
あなたまだ子供じゃない」
……やっぱり年齢が問題か。同じような年齢なのに。
「あ、そのことなんだけどちょっといい?」
リッカがおもむろに手を上げて、カルラを部屋の隅に引っ張っていった。何か耳打ちをはじめる。
時折ソラを見ては話を続けること2、3分。
「わかったわ。私に機塊の使い方をおしえて。そして……」
事件を解決して。
リッカが何を言ったのか、凄く気になるところだった。
□
結局、道具もない上に日も暮れたため、訓練は明日からということになって、カルラさんには空いている部屋を使ってもらうことになった。
そしてソラとリッカ、二人きりである。
「ソラさ、そんな難しい理由つけないで、しょーじきになんとなくっていったほうがよかったんじゃない?なんとなく自分と同じ感じがした。なんとなく自分と同じように見えた。だから助けた。でしょ?」
「……いつ心がみえるようになったんだ?」
「ソラげんてー。いったいどんだけ一緒にいるとおもってるの?」
10年以上いっしょにいるのだ。わからないほうがおかしい。
納得していない顔を、ソラはする。
「かわったよね。ソラ」
「そうか?」
「うん」
まるで彫像のようだった昔から、かなり。
「で、なんていって説得したんだ?」
「きになる? ナイショ」
「……」
「震えてるね。一人にしないほうがよかったかな」
壁の向こう、カルラさんがいるところを『視て』わたしはソラに確認する。
「とりあえず今日はわたしもとまってく。どうせ明日は孤児院行くんでしょ?」
「まあ、そのつもりだけどね。それより気になるのは……」
ソラが取り出した、二枚のチラシ。カルラさんが眠っている間に、ソラがたまたま持ってきたものだ。
尋ね人 カルラ・バーズン 髪は金、目は翠。昨日から行方不明。依頼者は父親のダニエル・バーズン。
手配書 名称不明 髪は金、目は翠。機塊持ちの可能性有。昨日からおきている連続射殺事件の犯人の可能性有。軍部からの発行。
そしてその両方に同じような似顔絵。
「なんだか、ねー」
昔の出来事が、頭をよぎる。
「……ソラ」
ソラに抱きついて、顔をうずめる
「無理しないで、ね」
答える言葉は無くても、そのぬくもりだけでよかった。