1-introduction
はじめました。お手柔らかにお願いします。
機塊
それはこの帝国、いやこの大陸全土において稀に発症する肉体の金属化現象。
発症した者は、肉体の一部が生体金属という生きた金属によって造られる機の塊へと変貌し、人によって強力な武器を、繊細な指先を、空を飛ぶ翼を、より疾く駆ける足をもたらす。
総じて、機塊。
そしてそれ以上に人々は機塊を分解し、解析し、万人に使うことのできる偽塊を生み出した。
□ □ □
昼下がりの喧騒の中。
街中を機走者達が家々を跳び回り、生体金属によってできた足とコンクリートの壁が作り出す音が響いていた。
彼らの中にいくつか見える統一された制服は、郵便配達員だろう。壁を、出窓を、見落としそうな小さなでっぱりを足がかりに道なき道を行き次々と紙束を玄関に放り込んでいる。
そのさらに上、空を飛行者たちがその背に背負う生体金属によるさまざまな羽を震わせ、また魔力の噴出音をかき鳴らしながら飛び交っている。
もしかしたら彼らにしか行くことのできない、空中カフェへと向かっているのかもしれない。
道の上では、片腕が巨大なアームになっていたり背中から3本目の腕を生やしたりした男達が、自分の倍はありそうな荷物を担いでいる姿が垣間見えた。
道端では、偽塊式の刀剣や銃火器とともに偽塊のエネルギーとなる魔力結晶がうられ、外から来た冒険者たちがものめずらしそうに品物をみていた。
ときどき、人々を書き分けるようにして魔動車がすぎてゆく。
帝都であろうとも、アンダータウンではすでに見慣れた光景である。
そしてここにも、ひとつの影が人々の頭上を飛び行く。
顔は目元を覆うゴーグルとマスク代わりの飛行者用ジャケットで覆われており、みることはできない。
砂色をした髪は短く、風にあおられてぼさぼさである。
そしてその背に、一対の羽を持っていた。
背から伸びる二本のアーム。その先端に円盤がつき、生体金属独特の光を反している。
さらにその円盤からはそれぞれ4枚ずつの蒼い羽が広がっており、日に透けるクリスタルのようなその羽は状況によっては多くの人を魅了するだろう。
その視線は眼下の獲物……引ったくりの現行犯を追いかけている。
急降下
家と家の間に張り渡されたロープをかいくぐり、鋭角なターンを行い、時には急制動を掛けながら道に沿っておいつめていく。
羽から零れ落ちた魔力の雫がうっすらと空気にとけていく。
相手の男はつかまってたまるものかと、露店にあったものを手当たり次第投げつけてくるがあたるはずもない。
「まったく、めんどい」
つぶやくその声はどこか幼さがのこっている。
そして人ごみから獲物が抜け出た瞬間、動きを止めその飛行者は光弾……魔力の弾丸を羽の周囲にいくつか生み出し、引ったくり犯に対して解き放った。
光弾は数条の帯を残し、彼のコントロールに従い人々の隙間を縫って引ったくり犯の元へと打ち込まれる。峰打ち程度の威力ではあったものの、あわてた犯人は転んで
「あー……」
その結果、ひとつの屋台が犠牲となる。
(どっちだったかな?)
ちらほらと見える野次馬が形作る半円の中に降り立ち、獲物を締め上げながらも店主に声を掛けた。
「わるい。大丈夫、か?」
「おう、ソラ。気をつけろい」
(知り合い……セーフ)
ソラとよばれた飛行者の、ゴーグルを下げた顔には声と同様まだ幼さがどこかのこっており、中性的だ。年齢は15か、16ぐらいであろう。あまり動かないその表情の、その空色の目に謝罪と安堵をうつす。
排除派に被害が及んでいたら余計めんどくさいことになるところだった。
「ちっ、また機塊か」
だから、散っていく野次馬の中から聞こえた侮蔑の声と嫌悪の視線はあえて気付かなかったことにする。このあたりでは特に気にすることでもない。
なじみの店主と二言三言言葉を交わして、気を失った獲物を近くの憲兵詰め所まで文字通り引きずっていくことにした。
アンダータウンではすでに見慣れた景色である。
□
ソラという少年の、今日という1日の始まりはもはや恒例となっている猫探しからだった。
いや、今日も碌でもない一日が始まるとその空色の目を空に向けておもうことからだろうか。
定期的に顔を出している貴婦人のもとにいけば、いつもの如く
「タマちゃんを探して頂戴」
とのお言葉。
自分の勤める『ハルフォードの機塊事務所』において、斥候索敵陽動諜報と一通りやることを教えられて以降、失せ物探しはソラの仕事となっていた。
決して猫探しだけが仕事ではない。
ただ、過去の栄光はどこへやら。いまだにネームバリューで、極、稀に、仕事が入ってくることもないこともない。決してないわけではない。
だが、事務所単位で来た仕事をどうやって一人でこなせというのか。収入が無かったのもわかってもらえるだろう。
それに対して、どうにもかの人は猫探しをだしに自分に会いたいらしく、こうして顔を出すたびに猫探しを依頼してくるのだ。
小遣い稼ぎ程度に半ば押し付けられる形でやらされていた猫探しが、まさか生命線になるとは思っていなかった。
断じて、猫探しだけが仕事ではない。
機塊持ち向けの郵便配達や荷運びといった仕事は半ば帝国の管理下である。ぽっと出ですぐに仕事がもらえるものではない。
ならば街の外にでてケモノでもマモノでも狩ればいいという話になるがこれまたこの大陸のハンターギルドも帝国の管理下。機塊持ちは狩ってきた獲物を買い叩かれるのが落ちだ。まあ、ないよりましでたまには狩をするが。
そもそも偽塊を使えば十分にケモノを相手にできる力が手に入るのだから、わざわざ機塊持ちに頭を下げることも、ない。
それ以前に、最近帝都周辺での狩猟依頼がない。
エニグマを倒して一発当てようと考えても……そもそも目撃情報自体がない。
だからこそ猫を探さなくてはならない。
別地域の、例えば帝都南東部の港にでも行けばどうか。
水夫まがいの仕事ならあるだろう。だがそこはマフィアの管理下である。ルールが違う上におそらく15歳というこの体は重労働に耐えうるような体つきをしていない。
北部のキンダーガーデンに行けば?
闘技場をはじめとした各種ギャンブルで稼ぐこともできるだろう。いまや唯一のパートナーであるジョイに有り金を巻き上げられてから、一切ギャンブルなんてやっていないが。
自分がファイターとして出場しようにも、ファイトマネーで稼げるようになるまでどれだけかかることか。そもそも土俵が違う。
北東部・・・歓楽街は・・・あそこは酒と女の世界だ。論外。
西部?帝都からはみ出してなお広がっているスラムに仕事なんてあるとおもうか。
周辺の街にでてみたこともあるが、機塊持ちに対する偏見は帝都ほど強くなかったものの、年齢と実績の都合でなにもできなかった。
決してえり好みしているわけではない。無理なのだ。自分のスペック的に。
ゆえに、猫を探さなくてはならないのだ。
もっとも『タマちゃん』探しはいつものこと。心当たりのある場所を20箇所……いや、30箇所ほどあたりはしたものの、かの君はいつもどおりの場所でいつもどおりにくつろいでいて、いつもどおりに同行していただけた。
同行していただけるはずだった。
ところが、タマちゃんを抱えあげたソラにぶつかって去っていく男とそれを追いかける女性。
タマちゃんはおどろいて逃げ出し、どこかへ雲隠れ。
そして冒頭にもどる。
なかば八つ当たり的に男に何発か魔力弾をうちこみ、多少余分に痛めつけたとしても誰も文句は言わないだろう。両の腰につけたダガーは使うことも無かったが、やりすぎるのもよくない。うん。
近場の憲兵の詰め所に連れて行けば――謝礼が目的ではない――これまたなじみとなった経理の主任。
いつもどおりに機塊に対する偏見から始まり、部下の態度、天気の悪さ、はては夫婦仲の悪さまでこの場にいる機塊持ちの、つまりはソラのせいにされてはたまったものではない。
すぐに逃げ出してもよかったが、事務所の管理費と日々の飲食代……つまりは謝礼が必要なのだ。くれるというものをもらって何が悪い。
それにしてもこれほどまでに愚痴を流すのならばいちど憲兵と機塊持ちの検挙率を比べてほしいものである。憲兵仕事しろ。
やっとの思いで詰め所をでればすでに日は暮れ、雨が振り出していた。
別に食べなくても生きていくことはできるが、それは最終手段。使ったら負けだろう。
「ジョイは明後日にしか帰ってこないというし、タマちゃんはいつでもいいといっていたし……帰るか」
誰にとも言うことなく、ため息混じりにつぶやいたそれはひとつの願い。
「明日こそは、誰かが帰ってきてくれるように」
いまや従業員ただ一人の、事務所への帰路につけば一日が終わる。
□ □ □
そして同日
雨の中を一人の少女が路地裏を駆けていた。
すでに足は重く駆けているというよりは引きずっているようだ。
何度も転んだのだろう。髪も服もかなり汚れ、乱れ、纏わりついて、ただでさえ磨り減っている精神をさらに苛立たせる。
水溜りに、足先がとらわれてまた転んだ。
(なんで、私が)
始まりを思い出す。
□
その日はたまたま買い物に出ただけだ。
学園の休日。友人達と買い物をするため待ち合わせていただけに過ぎない。
流行のものをみて回り、来年には高等部も卒業という、十七歳という青春についてたわいも無くおしゃべりしているはずだった。
それなのに
「アンタがカルラ・バーズンだな?」
早くつきすぎた時間を、そのままカフェのテラスでつぶしていたときに突然尋ねられた。
その男は中央区には似合わない――たまに見かける冒険者のような――荒事向けの服装をしていて、当然面識もない。
「えっと、どちら様でしょうか?」
カルラの質問に答えることなく、ニヤニヤ笑うその男の顔は不気味で、彼女がいやな予感を覚え無意識のうちに席を立ったとき
ニタァリ
不気味な笑みを浮かべた男は
「まあ、ちょっと…………」
おもむろに取り出した銃を突きつけ
「たいしたことじゃぁ、ない」
引き金を――
全身に走った悪寒。自分にはないとおもっていた混乱。
帝都の、それも中央区だ。人の往来があるところで、犯罪なんて起こるわけがなかった。ないとおもっていた。
体が勝手に動いてくれたのは奇跡といえるだろう。
いくつかの銃声をあとに無我夢中で逃げ出し、転んだ弾みで気がつけば知らない路地裏で
そして
自分の両腕が肩からなくなっていることに気がついた。
いつ腕がとれたかなんておぼえていない。
痛みすらなかった。血も出ていない。
少なくとも待ち合わせの場所に着くまではたしかに『あった』
いまも『ある』感覚だけはなぜか、ある。
なんとか壁に擦り付けるように身をおこして、何かの気配を感じて前をみれば
今度は音も無く浮かんでいた『それ』
二つのグレネードランチャーのようなものを束ね、いくつかのわけのわからない装置を取ってつけたような『それ』
持ち主もなく勝手に動く偽塊なんて、ない。つまり、『それ』は、機塊で・・・・・・
再び逃げ出して、自分を襲おうとする別の男にでくわし、また同じ機塊が追ってきて、そんなことが何度も繰り返されているうちに辺りは暗くなっていた。
□
どこにいるかもわからず、倒れた体を起こそうにも足に力が入らない。
はっきりいって、悪い夢でもみているのかもしれない。
うつぶせに倒れたまま、目蓋は重く閉じていく。
(なにがおきてるの?)
その思いは声になることなく、雨に蓋をされるように彼女は意識を手放した。
機塊のアクセントは「カ」にあります(議会と同じ)
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