06
レストランに到着すると、三人は、エレベーターから少し離れた場所にある席を確保していた。
レストランの外に設置されてる席で、このレストランもバイキング式。
昨日は中華だったから、今日は和食に決めて入口に向かおうと立ち上がった時だった。
「ふざけないで……!!」
女の怒鳴り声が響いた。俺達の席の後ろは、死角ゾーン。
俺は三人と同時に目を合わせて、横目で死角ゾーンをチラ見した。
「何だ……?」
「さあ……? 別れ話とか……?」
「こんな所で、別れ話するかな……?」
「……だよね、小岩井。俺もそう思う……」
ヒソヒソやっていると、別の女の声がした。
「おい、声がデカイ。こっちは、お前に配慮しているんだが?」
「菖蒲さんの時といい……。 あなた、一体何様のつもり? 話を聞いてあげて損したわ!!」
カツカツとヒールの音を響かせながら、声の主Aが死角ゾーンから出て来た。
とりあえず目に映ったのは、赤のロングスカートだった。
━━美容会の方だっ!!
とりあえず礼をした。三人も、ちゃんと礼をしていた。
「おい、ヒアルっ!!」
声の主Bも姿を現した。黒のワンピースセーラー服。黒って事は、2年生かな?
ブルーハワイ先輩と柏餅先輩、黒のつなぎだったし。
この人、美容会の人呼び捨てにしたよね……? 大丈夫なの……?
Bさんは、ヒアルさんの腕を掴んでエレベーターに向かうのを止めていた。
ぞろぞろと、死角ゾーンから人が出て来て2人の近くに固まった。
「離しなさいよっ!! あなたの、要望に応じる気はないのっ!!」
「分かった、分かった。私が、勝ったら菖蒲の時の要望は破棄していい。どうだ?」
「はぁ……? 何ですって……!?」
「赤い靴を履けない方が困るんだよ。
まあ、菖蒲の時の要望は、アイツへの嫌がらせだからな。
ああ、すまん。お前は菖蒲の信者だったな。教祖様を悪く言ってしまった」
いざこざは俺達の席のすぐ側で起きている……。
横切って、飯を選びに行く勇気なんてない俺は、奈之井ーのフライドポテトをつまみながらガン見していた。
とりあえず、Bさんは赤い靴が履きたいんだな。
Bさんの、足元に視線を落とすと……。
「…………」
黒の網タイツに、キティッパかよ……。ヤンキーなの? Bさん……。
エレベーターが開いて、タイミングいいのか悪いのか緑会の方々が出て来た。
大丈夫かな……。てゆうか、登校初日にいざこざに出くわしてますけど、柏餅先輩……。監視カメラ、ダミーじゃねぇよな?
「何してんの~? 豪華キャストが集まっちゃって~」
「烏龍……」
赤のつば広帽子を被った、ローズピンク色のセンターパートのロングストレートの方が、ヒソヒソと抹茶烏龍さんに説明してた。
つば広帽子の方は、赤のパンツスーツを着ていてハリウッド女優みたいだな。
「今回の要望の、獲得条件は何なの?」
「ジャンケンだ」
「はぁっ!? お前、マジかそれ……」
「ああ。勝っても私が赤い靴履くだけだし、負けてもヒアルの評価は下がらないだろ? ジャンケンなら。
それとも……」
Bさんは、ヒアルさんの耳元で何か喋った。
ヒアルさんは、スカートをぎゅっと握り締めてBさんを睨み付けていた。
何言ったんだよ……。
女のいざこざは、見てる分には面白いけど関わりたくないな……。
「いいじゃんヒアル。やってあげたら?」
「馬場炉亜……!! あなた、本気で言ってるの……?
この女を、これ以上調子に乗らせていいわけないでしょうっ!!」
「だって、勝ったら菖蒲さん時の要望を破棄するんでしょう?
ヒアル言ってたじゃん。礼されるのは私達だけでいいのに、Sが礼されるのは胸糞悪いって。
だったら、負けてもいいじゃん」
「へえ……。馬場炉亜は、話が分かる奴だな。
そうだ、ヒアル。特別に、私が負けた時の罰も追加してやろうか?」
「一応、聞いてあげるわ。……何?」
「この場で私に平手打ち。1ヶ月お前の下女になってやる。
どうだ? 胸糞悪い私を平手打ち出来て、下女に出来る。
お前にとっていい条件じゃないか?」
いざこざが見える席に座っている生徒達は、誰も喋らず様子をガン見していた。
抹茶烏龍さんは、超面白れぇじゃんそれ!!ってはしゃいで、ヒアルさんにやろうよ~!!って推してた。
ヒアルさんは、唇に手を押し当てて悩んでいた。
「いいじゃない。勝っても負けても、あなたにとって好条件よ?」
アップルグリーン色の、ゆるねじりハーフアップの方がヒアルさんの肩に手を置いて微笑んだ。
左目の下に泣きボクロ。
服装は、白のフリル襟ブラウスに黒のロングスカート。妖艶で、色っぽい声の人だ。
「要望してくるのは、Sぐらいだって。
赤の服着るわけじゃないんだしさー。靴だからいいんじゃない?」
背が低い、ストロベリー色のゆるふわウェーブロングヘアー。
大ぶりの赤いカチューシャを付けた、赤×白ロリィタの美容会メンバーの方も推している。
「……分かったわ。やってあげる。
あなたが勝ったら、赤い靴を履く権利を与える代わりに生徒から礼される権利は破棄。
負けたら、この場であなたに平手打ちして1ヶ月私の下女になる。……これでいいんでしょう?」
「ああ、その通りだ」
「何回勝負するの?」
「一回でいい」
「よーし!! じゃあ、やろう、やろう!!
……赤い靴を履く権利ジャンケン開始~!!
最初はグー!! ジャンケーン…………」
抹茶烏龍さんのかけ声で始まったジャンケンに、生徒の視線は集中していた。
入口は、出たくても出れない生徒でごった返していて、押し合いながら2人のジャンケンを見ていた。
俺の席からは、Sさんは後ろ姿しか見えなくて、ヒアルさんも囲まれていて見えない。
━━どっちが勝ったんだ……?
いつの間にか、ポテト食べるのもどうでもよくなるくらい、赤い靴を履く権利勝負観戦に夢中になっていた俺だった。
Sさんが、前かがみになって抱えていた白い箱をフロアに置いた。
キティッパを脱いで、箱の中から取り出した靴に履き替えていた。
━━スゲェ……!! 勝ったんだ……!! この人、やるじゃんっ!! かっこいい……!!
クルッと振り返ったSさんは、鮮やかなオレンジ色の髪で、ふわっとカールさせた高い位置の左右お団子ヘア。
ライトブルーの左目。右目には黒い眼帯。眼帯の柄は、赤い血しぶき……。
ああ、なるほど……。ホラーテイストなデザインがお好みなんですね……。
ずっとSさんの隣に居た人は、地毛で三つ編みカチューシャを作っているセミロングストレートの赤髪。
黒タイツに、黒の編み上げブーツを履いていた。
「ヒアル、今日中に許可書を本部に提出しておけよ?
ジャンケンで勝負して負けましたって、ちゃんとお前の字でな。
コピーして、友の会の奴を使って私に届けて。今日中にな」
「分かったわよ……!!」
「あっ、ヒアルー!! ご飯はー?」
「いらないっ!! 私、今日は早退するからっ!! じゃあねっ!!」
「えっ!? あんた、今日から美術のモデルって言てなかった?」
「どうでもいいわよっ!! 知らないっ!!」
激しくお怒りのヒアルさんに対して、Sさんは、赤髪の風魔さんに今日は奢ると言ってレストランの中に入って行った。
入口でごった返してた生徒達は慌ただしく後ろに下がって、二人は人の花道を進んで行った。
安っぽくない、真っ赤なヒールを履いたSさんはすごく嬉しそうで、見ていた俺も心なしか嬉しくなった。
女子の権力者、美容会の方に堂々と要望を言って、暴言も吐くSさん。
とりあえず彼女は、今の所俺が出会った人の中で、ぶっちぎりのインパクト大賞だ。
……惹かれるって、こういう事なのかな? 色々と凄い謎の二年生。
━━俺は、もっと彼女の事を知りたくなった。
腐った場所だけど、なかなか面白い場所じゃん……。
割り切って、商品になる事なんて無理だな……。嬉しいとか、悲しいとか、そういう感情までなくなりそうで嫌だしね。
また、会えたらいいな……。Sさんに……。
会えたら、その靴似合ってますって伝えよう。かっこよかったですって……。