01
ふわふわして、朦朧とする意識の中、身体を揺さぶられた。
「颯真君、到着しました。起きて下さい」
「オイオイ……。今回は、量多すぎたんじゃねーの?」
「かもね……。あーあ、またドクターにネチネチ言われちゃうなぁ……」
「お疲れ様です!!」
「お疲れ。商品は?」
「まだ、薬が効いてるみたいで……」
「今回は、量が多かったのか。まだテスト段階だからなぁ……。新しい睡眠薬。
本部に戻っていいぞ。緑会と部隊への連絡は?」
「完了しています」
━━睡眠薬……? 緑会……? 部隊……?
……ダメだ。ポツポツと会話は、耳に入ってくるけど……。
だるいし、ボーっとする……。
虚ろな目で見えたのは、黒のスーツの後ろ姿だった。
カラカラって音が聞こえて、足元に視線を落とした時、自分が車椅子で運ばれている事が分かった。
「颯真君、まだボーっとする? 動くのきつそうだね。そのままでいいよ」
「……はい。ちょっと動くのきついですね……」
「水どうぞ」
「……はい。いただきます……」
一口飲んだ瞬間、頭が急に冴えた。
口の中がビリビリする感じがして、俺は激しく咳き込んだ。
明るい部屋。白いオシャレな長いテーブル。
黒の高級そうなカウチソファーに、3人の男が座ってた。
お迎えのスーツ組より、ちょっと年齢上な感じがした。
予想した年齢は、20代後半ぐらい。
「まだ、ボーっとする?」
「……いえ。もう大丈夫です」
「じゃあ、ここに座って、お話し聞いてね。失礼します」
「ご苦労様。初めまして、緑田 颯真君。人事部責任者の、森恩です」
喋っているのは、真ん中に座っている人。
9:1に分けた前髪を左から右に大胆オールバック。
銀フレームの眼鏡をした黒髪。
責任者、納得って感じの容姿と髪型。
「まずは説明しないとね。ようこそ。最後の楽¥へ」
さいごのらくえん……?
え……? 何ここ……? リゾート地かなんか……?
「ちなみに、楽園の園は¥マークね。ここは高等学校です。人身売買専用の。
キミと同じ、売られた子が、卒業まで楽しく過ごす場所。
颯真君は……1年か。卒業式は、一般的な学校と同じで3月。
ここは、ひな祭りが卒業式。式の終了後、颯真君は、ご主人様とご対面になるから」
「…………」
意識はハッキリしているのに、返す言葉も出なかった。
本当に、売られたんだ……。夢じゃない事が分かった……。
人身売買なんて、外国とか都市伝説の中だけだと思ってたよ……。
「とりあえず、気になっているのは、何で自分が売られたかだよね?
うん。それから説明しようか」
とりあえず、それは重要な部分だから、しっかり聞いた。
父さんは、部下がミスして損失した500万の責任を取らされた。
ミスした部下は、一番信頼してた男。
家に父さんがよく連れて来てた寺門って奴。
寺門は、父さんのお人好しの性格を上手く利用して責任をなすりつけた。
父さんに、同情はしなかった。むしろ、ザマアミロだった。
とりあえず、銀行から200万借金したものの、残り300万足りない。
父さんは、一家心中まで考えたらしい。
そんな死亡フラグの父さんに、手を差し伸べたのが200万を融資した銀行員。
どうやら、ここの人身売買組織は、色々な職場に潜入しているみたいだ。
どうなってんだよ。この国……。
マジで腐ってるよ……。それともこれが、アングラな世界って奴?
父さんが俺を売った理由の話の後、森恩は人身売買システムを淡々と説明していたけど、どうせ売られるのはもう分かったから適当に聞いてた。
諦めた。どうにもならない。逃げるのは、絶対無理だし。
俺は今日から卒業するまで、全然楽しくない高校生活を過ごすんだ……。
「じゃあ、名前を決めようか。とりあえず、コレに希望の名前書いてくれる?」
「名前ですか……?」
「そう。もう、緑田 颯真は居ない。
とりあえず、ここでの名前ね。学校だからさ、名前ないと困るでしょ?」
「苗字も必要ですか?」
「本名以外なら何でもいいよ。特に条件はないから。
苗字だけの子も居るし、名前だけの子や、キラキラネームっていうの? そういう子もいるね。
どうしても本名を使いたいなら、漢字を変えてね」
「…………」
急に言われてもなあ……。何かあるかな? 付けたい名前……。
オンランゲームで使ってた名前。SNSで使ってた名前。
どれも適当に付けた奴だしな……。その時の、思い付きで……。
他に何がある……?
芸能人、アニメキャラ、ゲームキャラ、食べ物、歴史上の人物……。
とりあえず、パッと脳内に浮かんだ名前を5つ書いた。
森恩の左隣のウェーブたなびくロン毛が、名前を書いた紙を見ながらノートパソコンで検索を開始した。
「第1希望以外なら大丈夫ですね」
「だって。どうする?」
「あっ……じゃあ第2希望で……」
「これは、士季で合ってる?」
「はい」
「じゃあ、今日からキミは、士季ね」
「別に、鍾士季も大丈夫だよ? 鍾会もイケる」
「何? お前、分かるの?」
「はい。三国志だよね」
「はい……。正解です……。じゃあ、士季でいいです……」
何だよ!! ウェーブたなびくロン毛!! お前やるじゃん!!
ちょっと、語りたいとか思ったしっ!!
名前が決まると、次は携帯を選ばされた。今まで使ってた奴は、爆睡中に没収したそうです。
勿論、その携帯は処分。親や親戚。元学校の友達。
外部への連絡は一切禁止って言われた。
携帯を決めると、3人は部屋から出て行った。
入れ替わりで入って来たのは、また3人組の男。
黒のレザーキャスケットと、チェーン付きの丸眼鏡の奴が、カウンセラーだと笑顔で言ったけど、俺は、やり手の詐欺師にか見えなかった。
「蜘蛛です。いくつか質問するから答えてね」
「蜘蛛さん!?」
「うん。蜘蛛好きなんだ。胸と腕にタトゥー入れるぐらい。━━見る?」
「いえっ……。遠慮しておきます……」
「じゃあ、始めるね……」
蜘蛛の質問は、答えを知っている質問だった。
正直に、答え知ってますって言った方がいいのか、あえて知らないふりして答えた方がいいのか迷ったけれど、俺は正直に言う事にした。
「あの……。答え知ってるんですがどうすればいいですか……??」
「えっ!? マジで? ネットでも、あんまり出てない奴チョイスしてるんだけどなー。……何で知ってんの?」
「たまに、その手の特集っぽい番組あるじゃないですか?
嫌いじゃないんで……。番組を観た後、色々調べちゃって。
……知ってます。サイコパス診断…………」
「じゃあ、士季クンはいいや。終了~」
「ちなみに、何の為のサイコパス診断なんですか……?」
「……それは、正解を知らずに答えた子にしか教えないよ。じゃあ、学¥生活楽しんでね」
「はい……。多分、全く楽しめませんけどね」
何なんだよっ!? サイコパスだったら、売買に影響あるのかっ!?
あるよね……。ご主人様を、殺して逃亡しないようにかな……。
知らないふりをして答えていたら、どうなっていたんだろ……?
そこは、ちょっと気になるかな……。