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¥PRICE¥  作者: 羽依音
入学篇
3/105

¥1 お値段350万円

 ━━どうか、夢であってほしいって願った。

 これが現実なんて認めたくなかった。

 自分の存在を、否定したくなった。

 どこから崩壊が進んでいたんだろう……?


 ねぇ、父さん……母さん……。


 俺は、いつから要らない子になったんですか……?




 5月5日こどもの日。今日は、俺の誕生日。

 メイドカフェに、一度もご帰宅した事ない俺。

 友達が、お祝いプランを予約してくれたらしく、ただ今準備中。


 「颯真(ソウマ)、ちょっといいか?」


 洗面所の鏡で髪をセットしている俺に、父親が声を掛けてきた。


 「何ー?」


 「今日、夕方には帰ってくる?」


 「特に、解散時間決めてないけど? 何で?」


 「いや、お前も高校生になったし……。久々に、家族で外食でもと思ってな」


 「分かった。17時ぐらいに帰ってくればいい?」


 「何が食べたい? 今日、誕生日だもんな」


 「じゃあ、サーロインステーキ!!」


 「任せておけ!!」


 「颯真ー、朝ご飯はー?」


 「メイドで食うからいらないって、昨日言ったじゃん。 やっべ、もう出なきゃ。行って来まーす」


 「気を付けてねー!!」


 「17時に、ちゃんと帰ってくるんだぞー!!」


 ━━これが、父さんと母さんと交わした最後の笑顔の会話になるなんて俺は思っていなかった。


 俺の人生の崩壊は、この時から始まっていた。


 例えるなら……ドミノ倒し。

 ジワジワと緑田 颯真(リョクタソウマ)の、崩壊までのカウントダウンがスタートした。




 待ち合わせは駅。

 メイドカフェは、電車で3駅目で降りて、徒歩10分。

 友達から、メイドカフェのマナーを聞いたり、漫画やアニメやゲームの話しながら目的地に到着。


 「お帰りなさいませ、ご主人様ー!!」


 生でこの言葉を聞いて、感動した俺のテンションは、さらに上昇。

 若干緊張しながら、メイドさんに案内された。


 オムライスにお絵かきしてもらって、美味しくなるおまじないをやったり、脳内花畑になりそうな空間を満喫してたら、俺のお祝いプランが始まった。


 ステージに呼ばれて、かなり緊張してる俺を笑う友達。

 お祝いの歌を歌ってくれて、萌え萌えジャンケン大会して、メイドさんに囲まれて記念撮影。


 あっという間の90分。

 さすがにお一人様は無理だけど、またご帰宅したいと思った。脳内花畑最高ですね!!


 メイドの後は、ボーリング、ゲーセン、カラオケコース。

 カラオケで、友達から誕生日プレゼントを貰った。

 5人で金出し合って、ゲームを3本買ってくれた。


 「ありがとう!! マジで嬉しい!! お前ら、マジ愛してる!!」


 「ちゃんと、発売日調べて予約したんだぜー!!」


 「まあ、颯真だしね。 小学校からの付き合いだし、親も金くれたよ」


 正直、泣きそうになった。きっと涙目だったと思う。

 友達に祝って貰った後は、両親と誕生会。

 今年の誕生日は、最高に幸せだって思った。


 『じゃあ、火曜日学校でな!!』


 笑顔で交わしたこの言葉が、友達との最後の会話になるなんて想像もつかなかった。




 俺の家は、一軒家。ご近所付き合いは勿論の事。

 隣の家は、高嶋さん。

 ガーデニングの水やりに出くわした俺は、こんにちはーって挨拶した。


 「颯君ー!! まだ行ってなかったのねぇー!! よかったぁー!!


 ちょっと待ってて。夢香ー!! 颯君ー!!」


 「…………」


 行ってなかった……? ディナーの事かな? 母さんが、喋ったのかな。


 「颯真お兄ちゃん!!」


 夢香ちゃん。高嶋さんの娘さんの子供。小学6年生。

 俺は、彼女に懐かれている。

 俺と、娘の美奈さん、夢香ちゃんの3人で、買い物に行く事がちょくちょくあった。


 「お兄ちゃん……。お勉強、頑張ってね……。夢香の事忘れないでね……!!

 これ、お兄ちゃんに……。

 今日、お誕生日だよね…!! おめでとう……!!」


 「ありがとう……」


 ━━何で、夢香ちゃん泣いてるの? まるで、永遠の別れみたいじゃん……。


 「すごいわねぇー!! 大変だったでしょう? 編入試験っていうんだっけ?

 全寮制で、大学までエスカレーターなんて、すごい学校ねぇー!!

 うちの美奈も、颯君みたいに頭が良かったら将来違ったかもしれないわー!!」


 ━━えっ!? ちょっと待って……?

 おばさん何言ってんの……?

 おばさんが喋ってる内容、まったく理解出来ないんですけど?

 全寮制? 編入? 大学までエスカレーター? 何の話だよっ!?


 「リムジンで、お迎えに来てくれるなんてー!!

 セレブな学校ねぇ!! 颯君ー!!」


 「…………」


 本当に、リムジンが俺の家の前に停車してた。

 やばい……。頭が、おかしくなりそう……。


 父さん、一体、いくらの店予約したんだよ!?

 俺、スーツ持ってたっけ……?

 ディナーの件と、全寮制の学校へ転校の件が、脳内を同時に侵略してきて、本当におかしくなりそうだった。


 「……お世話になりました。夢香ちゃん、元気でね……」


 この台詞吐いた自分がスゴイと思った。

 2人にお辞儀して、自宅に向かった。


 帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちが、半々に混じり合う。

 このままUターンして戻って、19時ぐらいに帰ったら状況変わってるかもしれないとか考えたりもしたけど……。

 俺の足は、ゆっくり自宅に向かっていた……。




 ドアノブを掴む手が震えた。手汗も、尋常じゃなかった。

 開けたらどうなるんだろう……。

 実は、高嶋さん巻き込んだドッキリでしたー。……なんて、サプライズであってほしいって本気で願った。

 鍵は掛かっていなくて、俺は、恐る恐るドアを開けた。


 「…………ッッ!?」


 玄関でお迎えしてくれたのは、両親じゃなくて、黒スーツを着た若いお兄さん3人と、お姉さん1人だった。


 「颯真君ですね?」


 「は……はい……」


 茶髪のホストヘアーなお兄さんが、俺をじっと見ながら言った。


 「移動時間がありますので、今は簡単に説明させていただきます。

 緑田 颯真君。本日、あなたは売られました。350万で」


 「はい……?」


 ━━あれ? 今日、エイプリルフールだっけ? 違うよね?

 売られた……? 俺が、350万で……?


 「荷物は、既に運んでいます。

 キミは、もう緑田家の息子ではありません。

 今日から、別の場所で暮らしてもらいます」


 「あの……すみません……。本当に、意味不明なんですけど……」


 「色々と手続きがありますので、車に」


 「いや、待ってください……。売られたとか……。緑田家の子供じゃないとか、 いきなり言われても……」


 リビングのドアの前に、立っている両親が見えた。

 何、その顔。この世の終わりみたいな顔してるけどさ。

 2人して泣き出しやがって……。泣きたいのは、こっちだっ!!

 2人が、床に膝から崩れ落ちた瞬間、俺の感情は爆発した。


「何なんだよ、これっ!? 意味分かんねえよっ!!

 説明しろよ!! 借金あったのかよっ!?

 何が家族でディナーだっ!! クソウゼェっ!!」


 「颯真……すまん……!! 一生恨んでくれてかまわない……!! すまん……!!」


 ━━土下座して、俺を見ようとしない父さん。

 父さんにしがみついて、震えて泣いている母さん。


 俺の怒りは治まらなくて、2人に罵声を飛ばし続けた。

 こんなに、怒り狂ったのは、初めてだと思う。


 興奮状態の俺は、お兄さん2人から両腕を力強く掴まれた事で、一瞬だけ我に返った。


 「あんまり興奮するのは、よくないよ? 気持ちは、分かるけどね」


 「いや、自分に置き換えて考えてくださいよ……。普通、ブチ切れますって……」


 「しばらく眠ってようね……?  楓真君……」


 「……ッッ!! やだ……。やめて……!! おかしいだろっ!! 人身売買なんて……あるわけ……」


 首に注射された瞬間、全身の力と意識が抜けていった。

 最悪な誕生日だ……。俺、どうなるんだろ……?

 死ぬのかな……? 臓器とか摘出されて、跡形もなく燃やされるのかな……?

 

 誕生日なのに……。父さんも母さんも、『おめでとう』って言ってくれなかったね……。


━━━━5月5日。さようなら、緑田 颯真……。

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