六話
疲れてぐっすりと眠っていたらしい。
ドアを何度も叩く音にやっと目が覚める。
起きてドアを開けるとオパルが興奮した様子で部屋に飛び込んできた。
「どうしたのオパル?」
「どうしたって、蒼の騎士副団長のエルシルド様がガーディアンと揉めてるのよ! しかも貴女のことで!」
「ええっ?」
オパルの説明によれば、突然エルシルド様がやって来て私に会わせて欲しいと申し出たのだが、対応にあたったガーディアンがそれをすげなく却下したらしい。
しかしエルシルド様は私を妻だと言い、妻に会う権利を主張した。
それについてもガーディアンは聞いてないと却下し、その主張が正しいのであれば証明書を見せるように迫った。
証明書は神殿より発行された書類で、それに両方の署名と捺印をすればつがいとして認証される。
当然書いた記憶はないので、証明書なんてないはずだ。
証明書を求めるガーディアンに込み入った事情によりまだ署名が終わってないと主張するエルシルド様を、ガーディアンは頑なに主張を却下し続け、その騒ぎが人から人へ伝わり、今ではその騒ぎを見ようと廊下は見物者で鈴なり状態らしい。
「あなた、本当にエルシルド様とつがいになったの?」
そんな質問に眩暈が起こる。
「そんなわけないでしょ! 相手はあのエルシルド様だよ?」
「そう……だよね……」
そんなわけはない。
私とエルシルド様とでは身分も血統も大きな差があるのだ。
私がオパルと一緒に廊下に出たとたん。
辺りが一気に騒がしくなった。
「あの子が?」
「嘘でしょ!」
次々と辺りから驚いたような声が聞こえてくる。
驚いているのは私の方だ。
なぜエルシルド様は私を妻だと主張するのだろうか?
たった一夜の事情だ。
それについて、責任を取るほど罪悪感を感じるものだのだろうか?
「エレーナ、貴女、エルシルド様とつがいになったの?」
隣の部屋のマギーが私に質問する。
「ちがうわ」
「じゃあ、尻尾を絡めたりしてないのね?」
尻尾を絡めたかどうかというのは、情を交わしたかどうかと言うを聞かれているのだ。
非常に答えたくない質問だったので、それを無視して窓から外を覗く。
下では入り口に仁王立ちしているマリアがいて、その前にエルシルド様が立っていた。
「なぜ、エルシルド様は血統も身分も低いエレーナを妻と主張するのですか?」
「彼女を昨夜、妻にしたからだ」
エルシルド様がはっきりと断言すると、周りのみんなからどよめきが走る。
「では、なぜエレーナは証明書に署名する前にこの寮に戻ってきたのです。しかも、たった1人で!」
「彼女が深く眠っていると思って証明書をもらいに行っている間、彼女は私がいなかったので誤解してこっちに戻ってきてしまっただけだ。彼女に会わせてくれればその誤解も解ける!」
エルシルド様の言葉に心臓が止まりそうになる。
私が起きた時、エルシルド様は横にはいなかった。
それは、私と顔を合わせるのが嫌なのかと思っていたが、まさか証明書をもらいに行っていたとは……。
私が部屋から出てきたことによって騒がしくなったせいで、エルシルド様が顔を上げて私に気づいた。
「エレーナ!」
私を見上げるエルシルド様は少し疲れたような顔をしている。
この押し問答はどれくらい続いていたのだろうか?
「私の妻になってくれ!」
潔いほどストレートな告白。
しかし、私のような者を妻にしたら、エルシルド様が苦労することになる。
一族からの中傷。
出世はもう見込めないだろう。
優良な子孫を残すことは出来ない。
私は引き裂かれるような胸の痛みを抑えつつ首を横に振るしかなかった。
「色々な障害があるのはわかっている。しかし、君を初めて見た時から君しか愛せなくなっているんだ! 悲しませたり苦しめたりするかもしれない。だが、一生君に尽くし君しか愛さないと誓う! だからどうか私の胸に飛び込んで来てくれ! 君と初めて会った時のように!」
究極の求愛。
誰もが憧れる相手だ。
だからと言ってエルシルド様の求愛を素直に受け入れるには勇気が出なかった……。