四話
もう、ずいぶんと遅い時間のようで、みんなはもっと先の入り口の方で騒いでいた。
私から一番近い出入り口で寮を護衛しているガーディアンに声を掛けられる。
「こんな時間にお出かけですか?」
「マリアさん、こんばんわ。ちょっと落し物を取りにすぐそこまで行ってきます」
「気をつけてくださいね」
「はい」
ガーディアンに小さく手を振って扉から外へ出る。
エルシルド様が待っている水場に行くと、少し離れた木の傍でエルシルド様が待っていた。
まるで恋人同士の待ち合わせのように心が躍る。
実際はそんな甘い理由ではなく、誰かの落し物を受け取りに行くだけなのだが、どきどきとする気持ちは抑えることができなかった。
「お待たせしました!」
「わざわざすまない……」
落し物を拾ってくれたエルシルド様は申し訳なさそうな表情で私を見ている。
わざわざ忘れ物を渡してくれるのに、本当に優しい方だ。
すぐに忘れ物を差し出されるものだと思っていたのだが、エルシルド様は少し困ったような表情を浮かべたままだった。
持っているものが下着では差し出し難いのだろうか?
辺りの様子を何度か確認している。
袋か何かを持ってくればよかった。
そのまま渡すより、袋に入れてもらった方が渡しやすかったかもしれない。
「……エレーナ、それは?」
「え?」
エルシルド様に指摘されたのは、右手に持つ救急キットだ。
「ああ、お怪我をされているようでしたので、応急手当てさせていただこうと思って持ってきました」
「…そうか」
忘れ物を受け取るより先に手当てした方がいいのかと思って、座ってもらうようにお願いしてみる。
エルシルド様はお礼を言うと、すぐに座って腕を差し出してくれた。
救急キットを使って傷口を消毒し、傷薬をすり込み布をあてて包帯をするだけだ。
すぐに手当てが終わって急キットを片付けた。
「あの……忘れ物受け取ってもいいですか?」
あまり時間を割かせては申し訳ないと自分から受け取りの意思を示すと、エルシルド様はまた困ったような表情を浮かべ、手に持っていた布を私に渡してくれた。
布を確認してみれば、それは下着ではなくただのハンカチだとわかる。
しかもかなり高級素材を使っており、端には紋章が刺繍してあった。
「あれ?」
見覚えのある紋章に気づいたとたん、体がふわりと浮いた。
お腹に少し衝撃があり、いつもとは少し高い目線で寮が見える。
振動で視界が揺れ、寮が離れてゆく。
離れていくのは寮ではなく自分だと気づくと、やっと状況が理解できた。
私はエルシルド様の肩に担がれ運ばれているのだ。
でもいったいなぜ?
ふと脳裏にエルシルド様の噂が浮かぶ。
エルシルド様は今はじめての春を迎えている。
遅い春を迎えたオスはその情熱をもてあまし、近くにいたメスを襲うことがあるので寮にはガーディアンがいるのだ。
そういったオスを追い払う為に……。
エルシルド様が抑えられない欲情から私を?
ありえそうにない考えが私を余計に混乱させる。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
昔の作品だから読み直し修正が恥ずかしい!
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