三話
ふと、目を覚ましたことで自分が眠っていたことに気づいた。
空を見上げれば、夜空に星が瞬いている。
少しだけぼうっとする意識に自分がのぼせている事に気づき、浴槽からゆっくりと出た。
すっかり熱くなってしまった体をやすめるために、石造りの長椅子に腰を下ろす。
背には、そこだけ外から見えないように築かれた低い塀がある。
普段からみんなここでくつろいでいた。
椅子の上で膝立すれば下の水場が覗けるからだ。
もうこんな時間なのでもうこっちには騎士はいないだろう。
安心して座ることが出来る。
けれど、しばらくして下から水音がすることに気づいた。
まだ窓越しにメスと会話を楽しみに来たオスが来ている時間だ。
私は気になってそっと下を覗くことにした。
ゆっくりと下を見下ろしたとたん、驚いて少しだけ声をあげてしまったけど聞こえなかったのか、下にいた人物は顔を上げることはなかった。
銀の鎧に蒼いマント。
ひとつに結ばれた白い髪。
腕には蒼い腕章までついている。
蒼いマントは蒼の騎士団に所属しているということ。
そして、腕の腕章は団長か副団長しかつけてないものだった。
私の想い人……。
今、下にいるのはエルシルド様だった……。
エルシルド様は腕に怪我をしたらしく、血のにじむ腕を水でゆすいでいた。
腕に赤い線が15センチほど左腕についている。
ざっくりとは切れていないようだが、少し痛々しい。
手当てを申し出るべきか悩んでいたが、エルシルド様と関われば私の想いはまた深くなり、この気持ちがますます苦しいものになることはわかっていた。
それがわかっているからこそ、私は音を立てないように注意しながらエルシルド様を見下ろすことしか出来なかった。
エルシルド様ほどの人となれば、窓から転落し助けたメイドのことなど覚えていないだろう。
だから、いつも一方的に見ているだけ。
見ているだけでは満足できないのに見ていることしか出来ない。
私にとってエルシルド様は遠すぎる存在なのだ。
王に恋をしてるのとなんら変わらない。
私は腕にアゴを乗せて、傷口を丁寧に洗うエルシルド様を見ていた。
ふと、何かの気配に気づいたように顔を上げたエルシルド様と視線が合った。
視線が合ったことに驚いて慌てて見えない場所に引っ込む。
心臓がすごい勢いで鼓動している。
まさか、顔を上げるとは思わなかった。
エルシルド様がいくら血統重視の蒼の騎士団に所属しているとはいえ、あの若さで副団長の位置まで昇り詰めた人なのだ。
騎士として、かなりの腕を持っていなければ副団長にはなれない。
そんな人だから気配には敏感なのだろう。
気づかれるのは当然だったかもしれない。
エルシルド様は一見穏やかで優しげに見えるが、剣の実力はすごい。
剣大会でも優勝したことがあるほどの腕前だ。
そんなエルシルド様が怪我なんて……と、考えて、今日は蒼と緋の合同練習だったことを思い出す。
エルシルド様の腕前に匹敵する相手は限られている。
蒼の団長、緋の団長……そして、緋の騎士団で次期副団長になると言われているゲシュト様だ。
ゲシュト様とエルシルド様の腕前はほぼ拮抗していると聞いたことがある。
年齢も近く、仲もいいと聞いた。
今日の練習でも一緒に練習したのかもしれない。
でもなぜ医務室に行かず、こんな時間、こんなところで傷を洗っているのだろうか?
不思議に思っていると、自分が呼ばれていることに気づいた。
連呼されていた「君」って呼称から、呼ばれているのは私じゃないかとも思ったが、次にはっきりと「エレーナ」と呼ばれたのだ。
助けてもらった時に自分の名前を名乗ったが、まさか覚えていたとは思わなかったのだ。
エルシルド様に自分の名前を呼ばれたことに驚く。
下を覗き込むと、エルシルド様がこちらに顔を向けていた。
「エレーナ?」
「はい……」
私が返事をするとエルシルド様は少しだけ困ったように、躊躇った後、手に持っていた白い物を私に見せた。
「その……上からこれが流れてきたのだが……」
薄暗くてわかりずらいが、白くて小さな布を持っているようだ。
そこまで考えた時、私は心臓が止まるかと思った。
慌ててそこから離れ、近くに置いてある籠から目的の物を確認して一気に肩の力が抜けた。
自分の下着をエルシルド様に拾われるなどぞっとしてしまう。
私は元の場所に戻ると、エルシルド様に声を掛ける。
「私のではありませんでした!」
「いや……そうではなくて……」
私の言葉に、さらにエルシルド様が困った様子を見せた。
何が困るのかわからなくて首をかしげてしまう。
「……すまないが、引き取ってくれないか?」
そう言われて、エルシルド様が何を困っているのかに気づいた。
女性の下着を持っていればエルシルド様が困るのは当然だ。
私の物じゃなくても、引き取るべきだろう。
「い、今着替えて下に降ります!」
「では、この真下に下りてきてくれ」
「はい! では、少し待っててもらえますか?」
「……ああ」
私は急いで濡れた体を拭いて、服に着替える。
入浴場を出て廊下を歩いていて、自分の部屋の前を通った時、ふと思い出した。
エルシルド様は腕に怪我をしていた、やっぱり応急処置でも手当てをさせてほしい。
それでさらに想いが深くなっても、もう、落し物を引き取りにいく時点でエルシルド様とは会うのだ。
手当てを追加したぐらいでは変わらない。
部屋から小さな救急キットを持ち出し、急いで出入り口へと向かう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
白くて小さな布・・・それはパ・・・。
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