二話
「エレーナ!」
寮に戻ってもうすぐ就寝時間だというのに、何故か寮が騒がしい。
同期の中でも仲のいいオパルが私に手を振っている。
「どうしたの?オパル」
「今日は蒼と緋の騎士団の合同演習の日でしょ? 今、前の道を騎士達が通るとこなの! エレーナも一緒に見に行こうよ?」
「誘ってくれてありがとう。でも私、これからお風呂だからオパルは行ってきて」
「……そう? じゃあ、行ってくるね?」
「うん、いってらっしゃい」
少し申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな顔でオパルが私に手をふる。
同じ年で春のきたオパルが浮かれているのは、きっとこの寮全体の雰囲気と同じ。
この時期でないと子を作れないからだ。
春が来ているメスにとって、オスとの接触は重要になる。
メイド寮の正面玄関側の道は、騎士団の訓練場から騎士団寮への道にもなっているため、騎士団員達が必ず通る。
だからメイド達は道側の廊下に集まり、窓から騎士達に手を振ってオスに気に入られるきっかけにするのだ。
発情期はいい事ばかりではない。
この時期、発情したオスが興奮するあまり、番以外と情を交わすことがある。
メスが同意していなくても、興奮したオスに力では勝てない。
番ではないので子を授かっても、オスはメスを妻には迎えず当然子供も認知されないのだ。
だからこの時期はメスも自衛しなければいけなくなる。
うっかり誰もいないような場所で発情したオスに出会って情を交わすことになっても、それは自業自得になってしまう。
そういうことがないようにメスは安全な場所でオスからの求愛を待つしかない。
私のように春がきていなくても子を作れるメスは特にオスのいない場所へ逃げる。
自分の領地に帰っても発情期のオスはいるのだ。
ならこの国でもっとも安全なここ(寮)にいるしかない。
この寮は男子立ち入り禁止。
事情によって罪は変わるが、どんなに軽くても王宮追放。
重ければ死罪だ。
女性騎士のガーディアン達に守られているここは安全な場所なのだ。
エルシルド様を想い。
春の来ない私には、まだ他のオスと番になるという決心はつけられなかった。
いずれ決めなければならないのだけど……。
身分差があっても、時期が同じであれば番になれる可能性は残されていた。
にはなれなかった。
けれどエルシルド様は春がきて、今回で番の相手を見つけるだろう。
私はエルシド様の幸せを遠くから祈るしかない。
なんて辛い恋をしてしまったのだろうか。
私は痛む胸を押さえ、浴場へと向かった。
寮のお風呂は天然の源泉掛け流し。
裏にある山からお湯を引いてすぐ横の川の水を混ぜている。
おかげで冬は暖かく、夏は少し冷たい。
入浴場は3階の屋上にあるのでどこからも覗けない。
そのため露天風呂になっており、景色が楽しめるのだ。
浴槽からあふれた水は、下の溜まり場にいったん溜ってから川に合流して流れていく。
だから、冬は暖かい水を求めて下にも引かれた水場で騎士達が練習後に顔や手を洗ったりする。
そこで出会いもあったりするのだけど、わざと外側に行かない限り下は見えないので、普通に入浴を楽しむのなら出会いは無関係だった。
この建物はL型で、入浴場は下の短い線の端にある。
騎士達の通る道は縦の長い線沿いになるので、みんなの歓声は少し遠くに聞こえた。
春が来たメスも、まだ来ていないメスも来た時のためにアピールする。
それが普通できっと私もエルシルド様を好きになっていなかったら、みんなに混じっていただろう。
ゆっくりと浴槽に身を沈め、空を見上げる。
暁の空が美しい。
目を閉じると頬に涙の伝う感触がする。
想っても無駄な恋が切なく苦しい。
自分の努力次第で変えることは出来るが、それすらままならないこともあるのだ。
生まれや血筋は生まれ持ったもので、最初から決まっている。
私は血筋なんてものがあるのが不思議なくらい薄まった血筋の一族に生まれた。
でも、この世界で血筋すらない者だっている。
種族すらわからない者も……。
この広い世界で私はエルシルド様と出会った。
私はエルシルド様に恋をしたことを後悔したことはない。
恋は切なく苦しく……人を想う喜びを与えてくれたのだから……。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
水場の描写や、一部矛盾しているところがあったので修正しました。
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