エルシド視点・3話
この寮の裏手には山があり、そこで湧き上がった温泉が川に合流して流れている。
その一部が寮の3階にある入浴場に引かれているらしい。
そこからあふれたお湯はその真下に作られた水溜りに流れ、そこからさらに川へと合流するように作られている。
大抵の騎士達はここで練習の汚れを軽く洗い流し、少しでも寮にいるメス達にアピールするのだ。
春のきているこの時期のオスは正面通りで窓越しにメス達と話をするのが普通だ。
本心を言えばオレもエレーナと話したい。
けれど発情期の来ていないエレーナがそこに来ているとは思えなかった。
袖をまくり、今日の練習で付けられた傷を出す。
すでに固まりかけている血も、お湯で洗えば傷口の血は綺麗に流れる。
何度か傷口をゆすいでいると、ふと上に人の気配を感じ顔を上げれば、入浴場からエレーナがこちらを覗いていたのだ。
心臓が止まるほど驚いた。
エレーナはオレと視線が合うと、驚いたように引っ込んでしまった。
オスとの出会いの場所である正面には行かず、ここでゆっくりと入浴していたのだろう。
まだ発情期は来ていないのであれば、おかしな話じゃない。
また顔を覗かせるのではないかとしばらく待っていると、エレーナはひょっこりと顔を覗かせてくれた。
入浴していたのか、髪が濡れている。
そのことがオレの鼓動を早めた。
愛らしい顔に、見えない体は何もつけてないに違いない。
そのことが気持ちを煽る。
彼女以外に愛せない。
いい血統も、副団長としての立場も、彼女とは比べ物にならない。
無理にエレーナを手に入れれば、一番欲しいモノが手にはいらないことはわかりきっている。
それでも彼女が欲しかった。
ポケットから紋章の入ったハンカチを取り出す。
「エレーナ?」
彼女を呼ぶと、素直な彼女はきちんと返事をする。
これから自分がどんなに卑怯なことをするかわかっていながらそれをやめようとは思わなかった。
そのことを一生恥じるとわかっていても、彼女がいてくれればいい。
その時はそう思っていたのだ。
自分のハンカチをぐしゃりとつぶし、それを彼女に見せる。
「その……上からこれが流れてきたのだが……」
彼女が自分達の何かと勘違いすることはわかっていた。
予想通り彼女は驚いた顔をしてすぐに引っ込んだ。
そして、しばらくすると少し恥ずかしそうな顔をまた覗かせた。
「私のではありませんでした!」
「いや……そうではなくて……」
自分の物と勘違いしたのだろう。
オレは彼女にそこから出て、自分のそばに来て欲しかったのだ。
寮は男子禁止の場所。
例え王であっても、ここに踏み入ることは許されない。
この時期は発情したオスから身を守る砦でもあるのだ。
彼女がそこにいる限り、触れることも叶わない。
それでは困るのだ。
「……すまないが、引き取ってくれないか?」
「い、今着替えて下に降ります!」
さらに言ってみると、彼女は何かに気づいたような表情を浮かべた。
「では、この真下に下りてきてくれ」
「はい! では、少し待っててもらえますか?」
「……ああ」
彼女が降りてくるとわかってほっとする。
愛してもいない男から気持ちを押し付けられ、無理やり妻とさせられる彼女は不幸だろう。
だからこそ、彼女には自分のすべてをもって一生償うつもりだ。