一話
春が来た。
それは季節の春であり、私たちの恋の春でもある。
つまり、発情期。
私達はある一定の年齢になると発情期が訪れる。
発情期には個人差があり、早熟の子は16歳から遅い人は30歳過ぎって人もいた。
私の名前はエレーナ・フォンデル。
年は19歳。
ちなみに私には番の相手もいないし、当然、発情期もまだだったりする。
普通は発情期が来ると、同じ時期に発情期が来ている相手を探し、その相手と恋をして番になるのが一般的だ。
でも私の場合、発情期が来る前に恋をしてしまった。
私が好きになってしまった人は蒼の聖騎士団、副団長のエルシルド様。
この国には騎士団が2つあり、蒼と緋に別れている。
蒼の騎士団の入団は血統重視。
それなりの血統が認められないと入れない。
逆に緋の騎士団の入団は実力重視。
力とそれなりの人格者であれば誰でも入ることが出来る。
団長、副団長となれば、頂点に立つ者としてその要素が高く求められた。
つまり、副団長のエルシルド様はこの国で王族以外の血統では、2番目に血統がいいということ。
私と言えば王宮の出入りを許されているとはいえ、ただのメイド。
しかも清掃専門のメイドである。
血統は下級の下級。
血統なんてあってないようなもの。
私がエルシルド様に恋をしたところで、身分差がありすぎてとても相手にしてもらえるような立場ではない。
恋をしても初めから報われないとわかっている恋だった。
春が来ると、オスがメスに求愛する。
そのせいか、メスよりオスの方が見目が麗しい。
そんな華やかなオスの中でもエルシルド様の容姿は群を抜いていた。
美しい髪は白。
白い肌に繊細な影を落とす長い睫は長く、美しさを際立たせる。
騎士とは思えない優しい碧の瞳。
すらっとした体躯。
何処を見ても美丈夫としかいえない姿は、血統の良さもあってメスの中ではダントツ人気が高い。
けれど、24歳になってもエルシルド様の春は訪れておらず、誰も彼もが彼の春を待っていた。
そしてついにエルシルド様にもついに春が訪れた。
そんな噂が王宮を巡ったのは3日ほど前。
王宮に勤めるメイドの寮では、その噂でもちきりだ。
どこにいてもその噂話が聞ける。
私はふと今拭いている手を止め、ガラスの向こうに見える道を見下ろした。
私がエルシルド様に出会ったのは、王宮に入ってすぐのこと。
眼下の道を騎士達が数人歩いており、その中にエルシルド様がいた。
ひと目見た時からその見た目の美しさに惹かれ、初めは憧れのような気持ちでメイド仲間みんなと一緒に騒ぐような可愛いものだった。
一方的に見ただけでエルシルド様と話したりしたわけじゃなかったから……。
そして、去年、窓を掃除している時。
掃除に夢中になるあまり掴まっていた手を滑らせ、外へと落ちた私を助けてくれたのがエルシルド様だった。
4階から落ちた恐怖で震えあがっている私を気遣って、震えが止まるまでやさしく声をかけ手を握っていてくれた。
あのぬくもりが忘れられず、私の恋は憧れからより深いものとなってしまったのだ。
身分の差がわかっていたからこそ抑えていた想いだったのに、優しくされただけで想いは瞬時に大きくなっていった。
王宮のメイドとして働いて、3年。
16歳から行儀見習いをかねて王宮に上がってきた。
私の一族がいる村は西の辺境にあり、少しでも血統のいいオスを捕まえられるようにと王宮に上げられた。
王宮にいれば血統のいいオスと出会いやすくなる。
血統がいいほど、王宮の近くに住んでいるからだ。
一族のみんなも、エルシルド様のような歴然とした差のある血統を求めたりはしない。
今より、ほんの少しだけ血統のいいオスであればいいのだ。
私も王宮に来た時はそのつもりだった。
でも、私は本気の恋に落ちてしまった。
まだ春も来ていないというのに……。
私のように、春が来る前に恋をする者は他にもたまにいる。
恋をすると発情期が突然来たり、来なくなってしまったり、恋をした相手にしか発情しなくなってしまったりと、すべてを狂わせてしまうのだ。
春が来なくても番の相手を見つけることは出来る。
相手に春が来ていればいい。
番の相手と情を交わし、子を作る。
それが出来ないのなら、相手を思い続けて一人でいるしかない。
一族の者に期待されて王都に来たと言うのに、私は季節はずれの恋に落ち、番の相手を見つけることができないのだ。
自分の愚かさに泣けてしまう。
そんな中で、エルシルド様の春が来たと聞いた。
エルシルド様ほどの血統なら王族の者ですら求めることが可能だ。
王族には19歳を迎えたフィオナ様がいる。
噂ではエルシルド様はフィオナ様に求愛するだろうと言われていた。
完璧なまでに釣り合った血統。
私のような下級の血統ではどうにもならない恋だった……。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
このお話を考えた時は獣人物がぽつぽつ出てきたところで、いつものように読めないなら自分が書けばいいじゃないかと考えて書いたお話です。
良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。
感想がなくても、ブックマやちょっとポイントを入れてくださっても励みになりますので、読んで良かったと思ったら足跡残していただけると幸いです。