プロローグ1-7 助けた勇者は変なヤツ ◆
――――キルア――――
我はどうしてこうなった・・・。
いや、わかっているのだ・・・我が自身で選んだことだ・・・。
しかし、あまりに理不尽じゃないか・・・!
竜族に伝わる術を使い、死にかけの勇者を救った。
最初は・・・最初は・・・いい選択をしたと思った・・・。
消し炭の勇者の体を治した時。この人間は妖精の化身か? っと、驚いたものだ。
黒いローブはフード付きで顔すら性別すら分からなかった。
我のブレスを受けて消滅せずに生きていたのだ。
てっきり、全身を筋肉の鎧で固めた無骨な雄かと思った。
しかし、治してみれば、その正体は妖精と間違えるほどの美しい雌だった。
美しい光り輝く金色の髪。肢体は柔らかい筋肉でしなやかで・・・とにかく美しい娘だった。
我はただ美しい雌は嫌いだ。我は竜族。強い雌が好きなのだ。
この女は、我のブレスを受けきった。
死に掛け寸前でも闘争心を失わなかった、この雌には肉体強さもありながら意志の強さもあった。
我はこのものを生かしたことを誇りに思っていた・・・。
しかし・・・しかし、こやつ・・・あんまりではないかっ!!
この娘の体を治すから抱きしめて魔力を流していたのに・・・命を救ったのに・・・。
この勇者・・・いや! この娘は、体の治療を付きっ切りで治し、やっと夜明けに治し終え、疲れたので睡眠を摂り始めてすぐ。
いきなり腕の中でもぞもぞと動き始めたと思ったら、洞窟に響き渡るほどの大音量で叫んだ!
我は飛び起き何が起こった? と立ち上がったら、娘は全力で頬を張ってきた!
普段の我ならばそんな張り手など毛ほどもダメージを負わなかっただろうし痛みも感じてはいなかっただろう。
そう、普段の黒竜の姿であれば・・・。
勇者と賞賛した恩知らずの娘を治すために、竜の秘術を使い、生命を分け与えるために人間の姿に自分を閉じ込め、魂のパスを繋げ治療した。
自分より遙に弱く、虫けらと思っていた脆い人間に体を変化させたのだ。最強の竜と言われた恐れられた、最強の力を姿を封じ込めてまでこの娘を助けたというのに・・・。
我はこれから数百年は元の姿には戻れないだろう・・・そういう術だ。
我は早くして後悔し始めた・・・。
「ねぇ・・・、ねぇってば!」
我はこんな脆いからだで生きなければならないのだ。この谷には外敵は存在しないというか生き物がいない・・・。
しかし、この娘のような強い固体が来れば、今度は我が一方的に殺されることだろう。
それを考えると怖い・・・恐怖が生まれてくる。
「あなたは何者? ここはどこですか?」
そうだったこの娘にも素手で負けるだろうな。
「なんだ・・・娘よ」
人間にもわかるように人語を答える。
「ここはどこですか?」
なんだこいつ? 勇者のくせに何があったか覚えていないのか?
「ここは、死の谷の大洞窟だ」
「へっ? 死の谷の大洞窟ですか?」
聞きなおしてきた。治すときに脳細胞をきちんと治せなかったのか?
「あのっ! ここは黒竜の住みかなんですか?」
「そうに決まっているだろう・・・」
「黒竜はどこに行ったのでしょう?」
「目に前にいるだろっ!!」
治療して命を救ってやったというのに・・・。
娘は、少し驚きじろじろと我を見ていく。
「あなたが、黒竜?」
「そうだと言っているだろう!!」
確かに今の俺は、人間にしか見えないだろうが、お前を助けるためにこんな姿になったんだぞ!!
「お前を治療したらこうなったんだよ・・・」
「私を治療・・・」
両手で顔を触り、確かめているようだ・・・。
「安心しろすべて元通りだ・・・」
苦々しく言う。
「どうして私を・・・?」
信じられないような様子だ・・・まあ当然だろうな。
「お前が惜しかったからだ」
「えっ、」
娘の顔が赤く染まった。どうしたのだろう? やはり治療を間違えたのか?
「お前は一人で、黒竜の俺に戦いを挑んできた。しかもすぐに死ぬか怯えて逃げ出すかと思えば、大剣で切りかかってきた勇者で、しかも我の光のブレスを受けてなお生きているのだ。お前を殺すのはあまりに惜しかった」
「ああ、そうですか・・・」
黒竜の我が褒めたというのにこの娘は喜びもしなかった・・・。
変なヤツだな、竜に褒められたら涙を流しながら喜ぶと思っていた。
「あなたは、本当に黒竜なんですよね・・・」
「そうに、決まっているだろう」
この娘は、なにを言っているんだ?
「それがほんとの姿なんですか?」
「なっ! 違うに決まっているだろう! お前を治すために秘術を使ってこうなったんだよ! 誰が好き好んで弱い人間の姿になる思ってんのか!!」
「す、すいません・・・私のために・・・」
娘はシュンとなって落ち込んでしまった。
「あ、あの、何か着るものはありませんか?」
落ち込んで下を向いた際に、自分の姿に気づいたようだ。
自分の身体を見た途端、再び悲鳴をあげて、しゃがみこんだ。
この人間は変なヤツだ。普通起きたら気づくだろうに・・・。
「どうした?」
「人間は、服を着ないといけないんですっ!」
ものすごい剣幕で返してきた・・・。ちょっと怖かった。
今の我はこの者には勝てない。仕方が無いので昔、両親が使っていた変身時の服を借りることにした。
両親は何が楽しいのか、わからなかったが、よく人間の姿になって遊んでいた。
人化の術は、成竜になれば簡単につかえるようになるそうだ。
我はまだ幼竜なので使えない。
今の姿は、人化の術と同じのようでまったく違う。
人化の術は、竜の状態のまま人間になる方法だ。好きなときに竜に戻れるし、肉体も竜のように強い。
今の我は、秘術の副作用で人間の姿に閉じ込められた《・・・・・・・》のだ。つまり竜の力の大半を失い、数百年は本来の姿に戻ることは出来ないのだ。
今の自分は、弱い。
生物にとって強さは生きるために必要なことだ。
絶対の強さを誇り、死ぬことないと思っていた我は、生れて初めて世界に恐怖を抱いた・・・。
「ほら、これ着ろよ」
「あ、ありがとう・・・」
両親が人間の服をしまっていた箱から服をだし、娘に投げてやった。
「後ろ向いててくれませんか・・・?」
「わかったよ」
今さらなにを言っているんだろう? 肉体を治療するとき隅々まで見たのだからもう遅いだろうに・・・。
面倒なので何も言わずに従う。
ちなみに俺も今は服を着ている。父親の服で野暮ったい貴族の服で上下マントともに漆黒の黒。
まさに黒竜の服に相応しいだろう。
正直に言うと、漆黒の鱗が身を守ってくれないので気分だけでも守られているという安心が欲しかった。
どんな攻撃でも寄せ付けない漆黒の鎧から、剣で刺されれば、簡単に死んでしまう脆い肉体に変わったのだ。
「もう、いいですよ」
「うむ、やはり美しいな」
やはり、見立ては間違ってなかった。金色の髪には赤い服がよく映える。
「も、、もうっ!」
褒めたのにそっぽを向いてしまった。
変なヤツだ。
誇り高い勇者だと思っていたのに目の前にいるのはその辺の小娘のようだ。
しかし、やっぱり美しい。黒竜にとって光は食べ物であり愛でるものだ。
この娘の瞳。この娘の金髪の長い髪。光のように輝いて映る。
助けたことに後悔していた気持ちが、この娘を見つめていると助けてよかったと思えてくる。
頭はおかしいようだが、容姿や戦う姿は本当に美しい・・・。
人間は弱く最低の生き物だと思っていたが全員がそうとは限らないようだ。