第一章1-4 向うは王都!出発!グルフェル村 ◆
――――キルア――――
こやつは本当にあの勇者なのか?
つくづく人間が不思議でならない。
こやつの頭がおかしいのか、それとも、普通なのか判断できるほど人間に会っていないので分からないが、娘の態度の変わりかたが凄まじかった・・・。
契約を交わしたら娘は、飛び上がりながら喜んだ。そんなに喜ぶべきことか? と疑問に思ったがそれよりも気になったのが態度の変化だ。
しばらく飛び跳ねながら喜んだ娘は我の視線に気づくといきなり跪いた。
頭をたれ、見つめてきた。見つめる目つきは尊敬や敬愛。
やりずらい・・・。心にあった怒りがどこかへ霧散してゆく。なんだこいつ?
ころころと態度をかえる娘に気おされていた。我は完璧に治療したはずなのだがな・・・。
脳細胞をきちんと治せなかったのかと心配になった。
「あ、あの黒竜様」
「なんだ? 娘よ」
「お名前はなんとおっしゃられるんですか?」
「うむ、名前か・・・」
そう言えばこの娘のも名前があるのだった。
「まずは、娘。お前が言うのが筋ではないのか?」
「あっ、はいっ! すいません。私の名前はユリアーナ・セイール。王族直属の護衛騎士です。ユリアとお呼びください」
「うむ、ユリアーナか」
「はい、これから末永く、よろしくおねがいします!」
ものすごい笑顔だ・・・。人間はやっぱりわからない。
「我の名前はキルア。黒竜王が第一子だ」
「・・・」
「黒竜の王・・・ですか」
「ああ、そうだが?」
「いっいえなんでもありませんっ! キルア様ですね」
「そうだ」
一瞬、時間が止まったかのように感じたがどうしたのだ? 真名を教え無かったことが気に入らなかったのか?
竜にとって真名は命のようなものだ。そう簡単に教えることわけがない。
まあ、そんなことよりもユリアに言わなければいけないことがあった。
「ユリアよ、腹が減った。飯を用意せよ」
ユリアとの戦闘の後。ユリアの体を治療するために一晩中、神経が磨り減るような作業をしていたのだ。
減った体力や精神を回復するために食事をせねば。
「はい、すぐにお持ちします」
五分ぐらいだろうかユリアが部屋にトレイを持って戻ってきた。
「どうぞ、お食べください。キルア様」
「なんだこれは?」
自然と尋ねてしまった。目の前には本に描かれた食べ物だった。
「食べ物でございますが?」
「・・・」
初めて実物を見た。本で何がなんなのかはわかるが実際に見るのは初めてだった。
丸いライ麦パンにコーンスープ・・・。
まさか、こんなものを用意されるとは思わなかった。
黒竜は宝石を砕き、宝石の輝きを栄養にしているため、動物や作物を必要としない。
食べたことが無い。
「どうやって食べろと?」
「えっ?」
「我は黒竜だぞ?」
「はっ、すいませんっ・・・」
やっと、我の正体を思い出したようだ。
「えっと・・・宝石じゃないとダメですか・・・?」
消え入りそうな声と、上目使いで見上げてくる。
これは、食べるしかないのか?
「わかった・・・。食う。食い方知らないから教えろ」
「は、はい!」
ユリアは安心したようだ。宝石は人間にとって高価だと昔、教えてもらった。
たぶん、金に余裕が無いのだろう。
ユリアは背中に回り食べ方を教えていく。
スプーンやホォークはまだ慣れないが意外と美味かった。
味覚も人間になっているのだろう。
それからが面倒だった。人間になったことが無いので常識がわからないのだ。
村を歩き回る時。いくつも人間の常識を怠ってしまったようだった。
そのたびにユリアは、一つ一つ丁寧に教えていく。今日を一日をすべて教育にあてたようだ。
なぜか度々、悲鳴をあげたり、赤面して気絶したりしていが。
一日が終わって寝るときには、かなり疲労していた。
まあ、教えると言ったのはユリアなのだから当然だろうな。
小鳥の囀りで目を覚ましたのも初めてだった。
死の谷には生物などいないから鳴き声など聞いたことはなかった。
なかなかいい音色だ。
ベッドを見ると、一緒のベッドに眠っていたユリアがいなくなっていた。
たぶん、出発の準備をしに行ったのだろう。寝るときにそう言われた。
服を着てから部屋を出る。
昨夜はなにも着ずに眠ったので裸だった。
黒竜でいつも裸で寝ていた我は服を着たまま眠ることに抵抗があったからだ。
一緒のベッドで寝る、ユリアは赤面して顔を背けながら隅で縮こまって寝ていた。せっかく、ベットっていう狭い寝床を一緒に使うことを許したというのに。
まあ、いいか。
馬車というものに乗れるのだから、よしとしよう。
宿屋を出てユリアを探していると、村の入り口で馬車に荷物を積み込んでいた。
「おはよう ユリア」
「おはようございます キルア様」
とりあえず朝の挨拶を行うことにした。
何百年ぶりだろうな? 挨拶なんて・・・。
「もう、出発出来るのか?」
「はい、準備は出来ていますのでいつでも」
「それなら朝食買ってから馬車で進みながら行こう」
「はいっ」
ホンとにこの人間は不思議だ。契約を結ぶ前と後では態度が明らかに違う。
興味が湧いてくる・・・世界を早く知りたい・・・。