漆拾参.外出禁止令
雪はまず、湯を張った桶と手ぬぐいを俺に差し出した。俺はそれで自分の身体についた血を拭い取った。血はすでに乾いて固まっていたが、お湯をつけて拭うことで簡単に取ることができた。
雪「拭き終わりましたらこれをおつけください」
そう言って差し出してきたのは、なんとふんどしだった。
俺「なん…だと…?」
雪「これは月経帯です。血が服を汚さないように、端切れの布を重ねて畳んであそこに当てて、この月経帯で上から固定するんです」
(なるほど。これが平安時代版の多い日がどうこうというやつか)
俺は、雪がつけてくれるというのを断って、ぎこちない手つきで自分でふんどしを装着した。いくら雪が相手でも他人にあそこに布を当てられてふんどしをしめられるという羞恥プレイをしたいとは思わなかった。雪が平然と当たり前のように俺の股間に手を伸ばしてきた時には、思わず叫びそうになってしまったよ。
…、美女は何を着ても似合うというが、女性がふんどし1枚というのはどう考えても間抜けだと思った。
雪「初日はたくさん出るので頻繁に交換してください。こちらに替えを置いておきます。生理が終わるまで袴はつけないでください。あと、それから…」
雪は何か言い難いことがあるかのように言葉を濁したが、すぐに決心して話し始めた。
雪「生理が終わるまではこちらの離れから出ないようにお願いします。庭ももちろんですが、外廊下に出るのも遠慮してください。この離れはこの部屋の正面を除いて全部ふすまで閉めきってしまいますので、開けないようにお願いします」
(へ? それってなんか隔離されてるみたいじゃない?)
俺「えっと、理由を聞いてもいいかしら?」
雪は少し悲しい顔をして、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。
雪「生理中の女性は穢れた存在と言われていて、その穢れが他人に移ると不幸なことが起きると言われています。ですので、生理中の女性は人目につかないところに隠れて、できるだけ人との接触を避けなければならないんです。私は竹姫さまをお世話する立場ですのでいつもどおりですが、それ以外の方とは生理が終わるまでの間、完全に接触を断たなければなりません」
雪の表情からするに、雪自身はこの処遇に納得いっていないのだろう。しかし、これがこの時代の常識ならばそれに従うしかない。それに普段からこの離れの外に出ることはほとんどないので、問題なのは庭に出られないことだけだ。
俺「わかったわ。雪が気にすることじゃないよ。それにこんなに身体がだるいと外に行く気も起こらないしね」
雪「申し訳ありません。穢れを浄化できる竹姫さまが穢れた存在になるなどということは万が一にもありえないことですのに…」
俺「…、それはちょっと大げさかな」
そう言って俺はふとある疑問が浮かんだ。雪も当然そういうことがあってもおかしくない歳頃だと思うのだが、雪はその時どうしているんだろう? たしかしばらく前、数日間雪が休暇を取っていたことがあったけれど、あれがそうだったんだろうか? 俺は何気なくその疑問を雪に尋ねてみた。
雪「私は竹姫さまのような身分ではございませんので、専用の小さな小屋があって、同じ時期に生理になった他の使用人たちと一緒に、そこで終わるまで過ごしています。床はわらが敷かれていて間違って汚す心配もありませんし」
こっちには本物の隔離施設が用意されていたらしい。なぜか少し不快に感じた。
俺「雪、今度から生理の時はこの離れで過ごしなさい。いえ、いっそずっとこの離れで過ごすといいわ。私からお爺さまとお婆さまに言っておくから」
雪「たっ、竹姫さまっ」
俺「迷惑かな?」
雪「いえっ、そんなことはございません。ただ…、よろしいのですか?」
俺「雪だったら大歓迎だよ」
総合評価が700ポイントを超えたようです。いつもご愛読ありがとうございます。
平安時代になると生理中は不浄ということで隔離するという習慣が成立したようで、隔離のための専用の部屋が作られることもあったようです。竹姫を他の女性達と同室させることも難しいですし、もともと竹姫の扱いはある意味隔離されているみたいなものでもあるので、外出禁止ということにしました。
月経帯というのは要は生理用ナプキンのことです。時代が下るにつれて吸収体として布ではなく紙を使うようになっていったようで、平安時代にも紙が使われていたという話もありますが、本編では布ということにしました。
ふんどしで吸収体を抑えるというのは近年までそういうものだったようです。女性は普段ふんどしをしないけれど、生理の時だけはふんどしをするという趣旨の話が江戸時代の文書にあるようです。そういうことを考えると、竹姫がいつもショーツを履いているのは現代人には普通ですが、平安時代の人にはいつまでも生理が続いているみたいに見えるかもしれないですね。