漆拾壱.多い日のアレ
雪「そのままでは気持ち悪いでしょう。すぐに着替えを持ってきますね」
そう言って、今度こそ雪は部屋を出ていった。昨日からのわだかまりがとれた俺は、まだお腹も痛いし頭も痛いし身体もだるいが、憑き物が落ちたような気持ちになって落ち着いて冷静に自分を観察する余裕が出てきた。
(生理ってこんなひどいことになるのか。しかもこれが毎月あるんだよな)
これは想像していたよりもはるかに大変だ。それにしても生理があるってことは妊娠したり出産したりすることもあるんだろうか…って、それは原因になるようなことをしなければあるわけないじゃないか。何を考えているんだ。
(…、ちょっと、外の風に当たって来よう)
俺の部屋は居住結界のお陰で普段は外の風が入ってこなくなっているので、結界を解除するか部屋の外に出るかしないと外の風に当たることはできない。俺は身体はだるかったが、すこし気分転換したかったので立ち上がって廊下に出ることにした。
(うわー。派手に赤いな…)
立ち上がって、改めて小袖についたシミを見て絶句した。しかもまだ血は止まっていないらしく、歩くとぽたぽたと滴り落ちてくる。世の女性は一体こんな状態でどうやって生活してるんだ。
(あ、あれだ。えっと、なんだっけ? よくコマーシャルでやってるやつ。多い日がどうとか言ってるアレ。なんだっけ?)
名前は忘れたけどアレをつければ日常生活を送ることができるに違いない。でもアレがない平安時代はみんなどうやっているのか甚だ疑問だ。
ぼーっとした頭でそんなことを考えながら、俺は外廊下へと足を踏み出した。俺の部屋の付近には雪しか訪れないのでひどい格好で外に出ても誰にも見られる心配はない。部屋の中は冷房が効いていて快適だったが、外に出るとむっとする熱気が全身を包み込んだ。
(まだ朝なのに暑いな)
俺は立ったまま大きく深呼吸した。熱気が身体の芯まで染みこんでくる。全身から汗が吹き出してくるが、体調がおかしいせいで暑いんだか寒いんだかよくわからない。いや、間違いなく暑いのだが、どことなく寒気がするような気がしておかしい。
立っているとふらふらしてくるので、廊下にへたり込むように座り込んだ。外にいると蒸し暑くてかなわないが、明るい庭を見ていると気持ちが晴れるので部屋にいるよりはましだと思った。
(あれ、なんだろう?)
屋敷の外周の垣根の隙間に何か人影が見えたような気がした。じっと目を凝らしてチートな視力を全力で観察すると、やはり誰か垣根の外にいて中を覗き込もうとしている。どうせ覗きこんだって結界があるから何も見えないのだけれど。
俺(三羽烏、ちょっと)
三羽烏(はっ、はいっ!)
俺(あの垣根の向こう、誰かいるみたいだから見てきてくれない?)
三羽烏(りっ、了解しましたっ!)
三羽烏に偵察に向かわせると、俺はクレアボヤンスを発動した。使い魔の視界と自分の視界を連動させるアレだ。
垣根の外には男性が1人いて、垣根の隙間から一生懸命に中を伺おうとしていた。どうも服装から中流貴族のようだ。歳の頃は20歳前後だろうか。覗きをしている様子を後ろから見るとなんとも間抜けに見える。
俺(わかった。バカに遠慮はいらないからやっつけておいて)
三羽烏(わかりました)
そう言って俺はクレアボヤンスを解除した。少し間を置いて外から男の悲鳴が聞こえてくる。
雪「竹姫さま、そんな格好で外に出てはいけません」
と、突然雪に怒られた。雪の接近に全く気づいていなかったのでびっくりしたが、いつもどおりの雪の口調に安心した。怒られて嬉しいというのも変だが、俺のことを知っても変わらず怒ってくれる心遣いに素直に嬉しいと思う。
俺「いいじゃん。雪は真面目なんだから」
雪「よくありません。竹姫さまはもう大人の女性なんですから、もっと自覚を持ってもらわないと…、って竹姫さま、どこかお辛いのですか?」
俺「ううん。生理で涙もろいだけだから気にしないで」
生理のせいで昨日から涙腺大崩壊である。全く困ったものだ。