漆拾.むやみに涙もろくなるものですよ
雪「奉公に上がる前から、竹姫さまが普通の人ではないことは聞き及んでおりました。それに、それより前にすでに竹姫さまにお仕えする2人の方がお亡くなりになっていて、竹姫さまにお仕えすることは命がけのことと理解しておりました」
俺もその話は知っている。俺がまだ自分の身体をうまく操れなかった頃のことだ。今ではほぼ完全にコントロールしている魅惑が、その当時はだだ漏れになっていて、周囲にいる心の弱い人を次々と気絶させていたのだ。中にはそのまま目覚めなかった人もいるということは、爺や婆からそれとなくは伝えられていた。
雪「竹姫さまを一目見て、この方は神様の化身なのだと確信しました。そのような方を直接拝見し、お言葉をいただき、お側でお世話を差し上げるのですから、命がけとなるのは仕方のない事だと覚悟いたしました。
竹姫さまは美しいだけではなく、聡明で活発で器用で思慮深く思いやりにあふれる方でした。とても私などがお側に仕えることなど恐れ多いほど立派な方でいらっしゃいました」
面と向かってこんな賛辞を受けるとくすぐったくて仕方ないが、天照が能力値を限界まで上げたせいなのだから、現実には賛辞と言うより事実に近い。そもそも本来の男子高校生の俺はそんなスーパーマンでは全くないのだし。…、うん。冷静に考えたら現代に戻るよりこっちのほうが勝ち組な気がするぞ?
雪「竹姫さまのお世話をしていて気を失うことなど日常茶飯事のことでした。しかし、ある時、竹姫さまがいつもどこか寂しそうな表情をしていらっしゃることに気づいたんです」
(え?)
雪「それは本当にわずかな表情の変化で、神々しい微笑みに紛れてほとんど気づかないほどのものだったのですが、私にはなぜかそれが無視できるものに思えなくて、一体どうしてこの方はこんな表情をなさるのだろうと考えるようになりました。そして、僭越ながら、もしも私にできることならばこの方の寂しさを埋めて差し上げたいと思うようになったのです」
雪の語りには少しずつ熱が入ってきていた。その当時の興奮が蘇ってきたのか、目は潤み、頬には赤みが差し、手はぎゅっと握りしめられていた。
雪が語っているのは、俺自身も気づいていなかった心情のことだった。しかし、今あらためて思い返すと確かにそんな心境だったことがわかる。あの時は何かあるといつもこれは夢だと自分に言い聞かせて、朝目覚めるたびにそこが現代の自分の部屋ではないことを確認してはため息をついていた。それが少しずつ和らぎ始めたのは雪が専任の女房になってからのことだ。
雪「竹姫さまの表情の変化を感じ取れるようになってから、私が気を失う回数は目に見えて減るようになり、竹姫さまと一緒にいられる時間も長くなりました」
そこで、雪は一息入れた。2人の間を静寂が支配し、遠くから聞こえる蝉の声だけが部屋の中に響いていた。
俺「雪…」
雪「竹姫さま。私は竹姫さまのお側にお仕えできることが幸せなのです。竹姫さまがどのような方であってもそれは変わりません。私は竹姫さまの寂しそうな表情を見るのは辛いのです」
雪は、…、俺よりもずっと大人で、…、俺のことをずっと深く考えていてくれたのか。
俺「雪…、私は…、私は…」
(恥ずかしい。雪の気持ちを信じることができなかったなんて)
一度は止まっていた涙はまた流れ始めていた。もう今日は身体の水分が全部涙で干上ってしまうのかもしれない。しかし、さっきまでとは違って俺の気分は悪くなかった。
雪「それに」
雪もようやくすっきりした笑顔になって、まだ話し足りないことがあるのか言葉を続けた。やっぱり雪は笑顔が素敵だ。
雪「生理の時はむやみに気分が落ち込んだり涙もろくなったりするものなんですよ」
(…、ああ、それはまさに俺のことですね)
なぜかどんどんシリアス展開に(汗
次話からは通常仕様に戻ります。