陸拾玖.怖くはない?
俺「雪」
雪「はい?」
俺「これは生理なのか?」
雪「そうですよ」
俺「私は死なないのか?」
雪「生理で死ぬわけがないじゃないですか」
雪は一瞬きょとんとした顔で何を言っているのか分からないという表情をしたが、すぐに顔全体に笑みが広がって、必死にそれを堪えて冷静になろうと頑張るせいでとても変な顔になってしまった。
俺「雪」
雪「申し訳ありません。…、でも、…、その、…、可愛くて…」
俺は顔が熱く感じられるほど真っ赤になってしまった。恥ずかしすぎて顔だけじゃなくて全身から汗が吹き出すようだ。よくよく見ると血溜まりの中で寝ていたといっても血が付いているのはそんなに広い範囲じゃない。冷静に考えたらこれがそういうものだっていうことはわかったはずじゃないか。
雪「すぐに湯と着替えを用意します。ちょっとお待ちください」
俺「雪」
雪「はい?」
すぐに立ち上がって部屋を出ていこうとした雪を俺は慌てて呼び止めた。そして真っ赤な顔のままつぶやいた。
俺「あの、…もうちょっとここにいて欲しいかも」
雪「…はい」
雪は俺に寄り添うように隣に座ってくれた。俺はそんな雪に肩を預けて甘えたい衝動に駆られたが、その前に1つどうしても聞いておかなければいけないことがあった。それを聞くのは本当はとても恐ろしいことなのだけれども、さっきの笑みを浮かべた雪ならいつものように受け入れてくれるかもしれないと少し背中を押された気持ちになったのだ。
俺「あの、…、雪は私のことが、…、その、…、怖くはない?」
雪「…えっ?」
俺「昨日、私は雪の前で不思議な技を使ったでしょ? 人の言葉じゃない言葉で部屋を涼しくしたり、この世のものじゃないもので雪の小袖を乾かしたり」
雪「…」
俺「それを見て、雪は気味が悪いと思わなかった? 恐ろしいとは思わなかった?」
雪「そんなことは…」
雪はそこまで言って沈黙した。
(やっぱりダメだったか)
その沈黙を肯定と受け取った俺は、予想していた結果にもかかわらず落胆してしまい、顔を下に向けてしまった。蛇口の壊れた水道のように目からは涙が溢れて止まらない。
雪「…、私がこちらに奉公に上がった時、私の心は嬉しさ半分恐ろしさ半分でした」
短くない沈黙の後、雪は訥々と自分のことを話し始めた。