肆拾漆.目を閉じていただけです
(亀、気に入ってくれたかなー)
例によって袿を掛け布団にして畳に横になった俺は、寝る前に今日の出来事を振り返っていた。亀は即興だったけれど我ながらちょっとした自信作なのだ。
あれは前に天照が来た時に置いていった「神紙」という紙で、神様が紙の原料を噛み噛みして作るという法具なのだ。この紙は、そもそも普通は入手難度最高クラスの素材なのだが、いろいろな魔法がこれを使うことを前提にしているので、これがないと実現不可能な魔法も少なくないのだ。
あの亀を作ったのは神紙を使う魔法の中でも初歩的なもので、想像力を込めながら神紙を加工することで想像したものを現実化することができるという魔法だ。想像力次第ではどんな不可思議なものでも現実化できるが、想像が細部まで具体的で整合性のとれたものでないと失敗する。
ここ2日ほど、その練習をやっていて、ようやく手のひらサイズくらいのもので、現実世界に存在して何度も見たこともあるものなら成功するようになってきた。生き物は難しすぎるが、まるで生き物のように動くおもちゃならなんとか作れる。
そんなわけで、中納言にあげた亀は現時点での最高傑作だった。
(早く布団とベッドが作れるようになるといいなー)
俺は大きくあくびをひとつすると、胸のあたりにかかっていた袿を肩のあたりまで引き上げて目をつぶった。腕の中には観念して小さくなっている墨をしっかりと抱きしめて。
…
…
俺『って、俺、寝ちゃダメじゃん!!』
やばいやばい。何寝てんだし。こないだ手を握りつぶされそうになったのを忘れたのかっての。晴れたんだし、ちゃんと上賀茂神社に行かないとまた天照が襲ってくるぞ。
墨「に゛ゃ?」
俺は慌てて飛び起きると、急いで服を着替えて式神に留守を任せて庭に降りた。
ちなみに、もう丁寧に式神が服を着るまで待つのはやめて、式神の紙片を箱から取り出したら、その上に必要な服を全部積み上げてそのまま放置で外に出ることにしている。どうせ言うことなんて聞かないし、いちいち話をしていたらめんどくさいことになるに決まっているからだ。
さて、どうやって上賀茂神社まで行くかだが、面倒なので飛んでいこう。まだうまく飛べる自信がないが、これも練習だ。俺は八咫烏の羽を構えて背中に羽を出現させると、そのまま浮かび上がった。夜だし目立たないからこのまま行くことにする。
(三羽烏は来れないから、空で迷わないように気を付けないとな)
カラスは昼行性の生き物なので、三羽烏に空の道案内をさせるわけには行かない。いや、まあ脅せばついてくるだろうけど俺は優しいのだ。そんなわけで、まだ空の方向感覚に慣れていない俺は、なるべく道なりに飛んで行くことにして、ひとまず地上30メートルくらいまで舞い上がった。
(こっ、怖ぇー)
さすがに多少コントロールには慣れてきて、前みたいなジグザグ飛行ではなくなったものの、逆にそのせいで落ち着いて自分の置かれた状況を分析できるようになってしまい、地上30メートルの高さに足場もなく浮いているとフリーフォールしているような錯覚に陥って本能的に恐怖心が呼び覚まされる。
(これ、もし、突然MP切れですとかになったら、地面にたたきつけられて死ぬのかな。さすがに死ぬよな。10階建てのビルくらいあるもんな)
不吉なことを考えて気を紛らせながらゆっくり上賀茂神社に向かって飛んで行くと、ようやく神社が見えてきた。もう一息だ。
(そういえば、まだホタルはいるのかな?)
ちょっと期待しながら参道に降り立ったのだが、残念ながらもうホタルはいなかった。ゲンジボタルの成虫はほんの僅かしか生きられないのだ。残念だ。また来年きっと来よう。
羽をしまって参道を歩き、二ノ鳥居の付近まで来た。最初に来た時に天照に胸を揉まれたのがこの辺りだった。しかし、今日は誰もいないし何も事件は起きない。
(どうやって天照を呼ぼう。鳥居にインターホンとかついてないかな?)
鳥は鳥目と言いますが、実際どのくらい見えているんでしょうか。意外に夜でも見えているという話も聞きますが、哺乳類に比べると鳥類は昼行性の割合が大きい気はします。