参百伍拾.心残り
1年と4か月住んだ家を離れて向かったのは杵築大社だ。大国主がそこで儀式の準備をしているはずだ。
俺「雨、遅い」
雨(これでも一生懸命やってるんだ)
相変わらず雨の飛行速度は遅い。空を飛びなれていない雪や墨より遅いというのだから、どれだけ遅いのかが分かるというものだ。
ちなみに、雪と墨は俺と同じく天の羽衣を着ている。こういう便利なものがあるのなら、初めから教えてくれればよかったのにね。
杵築大社に着くと、すでに大国主は準備を進めていた。
俺「大国主。体はいいのかしら?」
大国主(かぐや姫さん。あまりいいとは言えないですが、これは他に頼める人がいないですから)
大国主が準備しているものは、まあ一種の祭壇と言って差し支えないものだと思うのだけれど、ススキに団子にサトイモにお酒にと、それはただの月見じゃないのか?
天照『すせり先生。これから先生の名作が読めなくなることだけが心残りです』
天照はというと、まっすぐすせり姫のところに行って、何かわけのわからないことを言っていた。お前にはそれしか心残りがないのか!
すせり(大丈夫ですよ。天照さまが未来に現れる頃までに読み切れないほど書き溜めて置きますから)
天照『だったら、是非ともあのアイデアを』
すせり(実は、もうラフスケッチは上がってます)
天照『マジで!』
すせり(じゃーん)
天照『おお、これは』
天照とすせり姫が俺の方をちらちら見ながら何か小声で話している。なんか、寒気がする。
墨「姫さま」
三羽烏「かあかあ」
俺「あなたたちともお別れですね。三羽烏は墨を助けてやってください」
三羽烏「かあ」
俺「それと、墨」
墨「はい、姫さま」
俺「最後にもう一度しっぽをもふもふさせて」
墨「えっ」
だって、墨のしっぽはもふもふしたくなるんだから仕方ない。現代に帰るとこれがなくなるのは俺にとっては最大の心残りだよ。
墨「ひっ、姫さまぁ、そんな強くしないで」
俺「ほれほれ、よいではないか、よいではないか」
ということで、俺が墨との最後の別れを楽しんでいると、天照が近寄ってきた。
天照『墨ちゃん、去年の約束、忘れないうちに今やっちゃうね』
俺「去年の約束?」
天照『そ。去年のお月見の時に、墨ちゃんに席を譲ってもらう代わりに約束したんだけど、そのことをすっかり忘れてたんだよね。てへぺろっ。で、月見団子を見てようやく思い出したってわけ』
俺「あのね……。で、何の約束をしたのかしら?」
墨「えっと、その、……もうちょっと大人っぽくなりたいかなって」




