参百卅肆.想定G○Y
権大納言「ふむ、そういうことか」
俺「どうしましたか?」
権大納言「実は、同じ日に、春日神社の神官たちにも武甕槌命さまと天児屋命さまのご神託が下りたそうなのだ」
もちろん知っている。でも、ここは知らないふりで。
俺「差し支えなければ、それがどのような内容だったのか教えていただけますか?」
権大納言「藤原氏の繁栄のためには私と関白殿が協力しなければならない、決して争ってはならないというような内容だったようだ」
俺「なるほど。すると私の下にあったような権大納言さまや明子さまについての具体的な内容は含まれていなかったのですね」
権大納言「そういうことだ。春日神社のほうにあった神託の内容は関白殿にも伝わっているだろうが、竹仁殿のほうは私しか知らない内容ということでいいのかな」
俺「はい」
そこまで言うと、権大納言は少し考える素振りを見せた。
権大納言「この件はしばらくの間、私と竹仁殿の間での秘密として伏せておいてもらいたい。そちらの明経殿についても同様に」
俺「どうなさるおつもりでしょう?」
権大納言「神託は尊重しなければならないとは思うが、明子殿には入内の話が進んでいる。ここで私が明子殿との縁を結びたいと言うと、関白殿だけでなく帝ともことを構えることになりかねない」
俺「確かにそうですね」
権大納言「それに、明子殿にしても、入内の話が進んでいる最中に私のようなものが横槍を入れることにあまりいい気持ちはしないのではないだろうか」
俺「では、権大納言さまは明子さまの入内の件の成り行きを見守りたいということですか?」
権大納言「そういうことだ」
うーん。これはちょっと困った展開だ。明子の件では関白のことだけを考えていたけれど、入内の話は帝のほうにも話が通っていてそちらの手当ても必要だということをすっかり忘れていた。
このままの流れでは、関白に頭を下げて明子をもらうように権大納言を説得しようと思っても、帝の件がネックになってしまって強引には推しづらい。どうしようか?
明子「権大納言さま」
俺が考えていると、背後から明子が声をかけた。
何を言うつもりかと後ろを見ると、明子は烏帽子を外して女性的な長い黒髪を露わにした。
権大納言「あなたは!?」
明子「このような形でお目通り差し上げたご無礼をお許しください」
そう言って、明子はその場で平伏した。
権大納言「もしや、明子殿?」
明子「はい」
権大納言「お顔を上げてください」
権大納言も予想外の事態にどうしたものかと困惑している様子だった。
もし明子が単身権大納言の下を訪れたということが知られると様々な方面で大きな問題となってしまう。そのことを考えると、この場でどう明子に接すればよいのか考えあぐねていた。
権大納言「……竹仁殿、これは一体?」