参百卅弐.明経
中宮と明子が帰ってから、俺は手紙を書いた。あて先は権大納言で、竹仁の名前で面会を申し込む内容だ。返事はかぐや姫の下に送るよう指定した。ただし、すぐには手紙を送らない。
その翌日は春日神社へ武甕槌と雨に託宣の相談に向かった。もちろん、墨に会うのも目的の一つだけど。
雨の仕事は墨の活躍でずいぶん捗るようになったようだ。初日には判子を押すだけの書類を優先して始末していたが、今日は判断の必要になる書類も徐々に片づけていた。
さすがに会議を仕切る権力は墨にはないのでそこは雨が頑張らないといけないが、上がってきた議事録に目を通す作業は墨が代わりにこなしているようだ。
まさに、スーパー秘書さん。
託宣の件は、武甕槌に相談するとあっさりと了承してくれた。前に言質を取っておいたのがよかったのに違いない。
雨のほうは託宣の話をするとボーナスの水増しを要求されたが、あっさり断って逆に墨を返してもらうと言ったら、態度を一転させてぜひやらせてくれと泣きついてきた。
武甕槌(で、どういう託宣をしたらいいのだ?)
俺「春日神社の神官に、関白と権大納言が協力することが藤原氏繁栄の要だとか言うようなことを言ってくれればいいですわ」
武甕槌(そんな程度でいいのか?)
俺「ええ。あまり強い託宣を下してコントロールできない事態になるのはいやですから」
その後、詳しい託宣の内容を決めたり託宣を下す神官の選定をしたりなどをして、後は武甕槌に任せて京に帰ってきた。
今夜には春日神社の神官たちの枕元に武甕槌と天児屋が立って、明日は大騒ぎになるに違いない。きっとその日中には関白と権大納言の下に使者が着くだろう。
その機会を狙って、竹仁の手紙も権大納言の下に届けるのだ。とすると、面会は手紙の2日後になるかな。あらかじめ明子に連絡を入れておこう。
予想通り、面会は手紙を送った2日後に設定された。
連絡を入れてあった明子はその日の朝から俺の下へと来た。
明子「かぐや姫さま、今日はよろしくお願いします」
俺「こちらこそ、よろしく。さっそく始めましょう」
そう言って俺は雪に手伝ってもらって明子を男装させ始めた。男装に慣れていない空は見学だ。
慣れない狩衣に戸惑う明子だったが、雪の手伝いでスムーズに着付けを進めていった。さすが雪は手際がいいな。
その間に俺は明子の化粧をちょいちょいと手直しして美少年風に仕立てる。色気を失わないまま中性的にして、さらにメイクマジックでもっと魅力を引き出すように。権大納言のハートを鷲掴みにしなくては。
俺「最後にこの烏帽子を頭に乗せるわ。これは特別製で長い髪を全部この中に隠せるようになってるのよ」
そう言って烏帽子の中に髪を絡まらないように束ねてしまって頭の上に乗せると、美少年「明経」の完成だ。
明子「明経ですか?」
俺「うん。男装するんだから、名前も男性風にしないとおかしいでしょ」
その後、俺も男装して式神を呼び出し、雪に後を託して出発することになった。
式神「姫ちゃん、私というものがありながら、そんな女といちゃいちゃと。キー」
俺「ちょっと待って、式神、私とあなたがいつそんな関係になったのかしら?」
式神「そんなこと言って、そうやって何人もの女を捨ててきたんでしょ」
俺「勝手に話を盛らないで。空もそんな話を信じないの」
いつもよりノリノリの式神の悪乗りに、空が驚きつつもどこか納得した表情で頷いていたので、思わず注意した。