参百廿漆.鼻血
中宮も明子も俺が明子の入内の件について話をしようとしているのだと考えているだろう。ただ、それにしてはなぜこんなに勿体をつけるのかと訝しんでいるに違いない。
俺「この先、私がいなくなった後、関白さまと権大納言さまの間で権力闘争が激化し、大きな争いになります。最終的には権大納言さまが権力を手に入れ、関白さまは失脚しますが、それまでの間にどれだけの犠牲を必要とするかはわかりません」
明子「それはどういうことですか!?」
俺「今後、神様の世界で大きな変化が起きます。詳しいことは言えませんが、その影響が人間界の政治に大きな争いとなって現れるのです」
中宮「それはかぐや姫さまの力で止めることはできないのですか?」
俺「申し訳ないのですが、私は今後、現代に帰ることになっているのです」
中宮「ああ」
中宮と明子は俺の話に驚きを隠せない様子だった。しかも、事は人間の手に負えるようなものではないことは明らかだったので、2人は驚きと同時に失望もしていた。
俺「ただ、何も手がないというわけでもありません」
明子「何かあるのですか?」
俺「神様の世界の変化の影響がどのように人間界に現れるかは不確定な要素が大きいのです。ですから、関係者がうまく立ち回ることで事態を極力穏便に済ませるということはできるはずです」
明子「具体的にはどうすればいいのでしょう? 2人に今後起きることを説明したほうがいいのでしょうか?」
俺「いいえ。神様の世界のことをあまり多くの人に知られたくはありません。それに、自らの運命を聞いたとして、それで納得するほど人間は単純な生き物ではないと思うのです」
明子「では、どうすれば……」
俺「それなのですが、明子さんに2人の仲を取り持つよう骨折っていただくことはできないかと」
俺がそう言うと、明子は大きく目を見開いた。
明子「私にできるでしょうか?」
俺「明子さん以外には無理なことだと思いますわ。それに、明子さんにとっても権大納言さまの下の方が安全だと思います」
中宮「ちょっと待ってください。それは何の話ですか?」
俺と明子が話していると中宮がそれを中断させた。そういえば、この件はまだ中宮には教えていなかったんだった。
俺「それはですね」
明子「かぐや姫さま、私の口で」
俺「分かりましたわ」
明子「……中宮さま、私は長い間、権大納言さまのことをお慕い申し上げていたのです」
中宮「まあっ!」
明子の告白に中宮はかなり驚いて、思わず大声を出して慌てて手で口を塞いでいた。どうやら本当に知らなかったようだ。
俺は体が少し火照ってきたので、上半身を湯から出して浴槽の縁に腰を掛けた。そうしたら、みんなを同じことを考えていたらしく、同じように浴槽の縁に腰を掛けた。
やってから気づいたけど、この姿勢、超危険だ。何が危険とは言わないけど。
俺「うっ、と、とりあえず、お風呂から上がりましょうか。これ以上入ってると鼻血が出ちゃいそうだわ」
もちろん、のぼせちゃいそうって意味だからね。
その後、俺たちはまた髪を乾かすところでドライヤーとタオルに盛り上がって、ようやく部屋へと戻ってきたのだった。
中宮「確かに、かぐや姫さまの言うとおりにするほうが、明子さんの身は安全かもしれませんわ」
中宮は思案げな顔をあげてそうつぶやいた。