卅弐.使い魔使いの憂鬱
湯煎のお湯を1時間維持するには、蒸発する分の水を継ぎ足していかなければいけない。1時間カラスの羽に蝋をかけ続けるためには、蝋を一瞬でも冷やして固まらせてはいけないので、少しずつこまめに継ぎ足す必要がある。
しかし、カラスの羽を片手に持って、もう片手で蝋をかけていると、水を継ぎ足すためには手が足りない。魔法で水を継ぎ足すという案は、呪文を唱え続けていて別の呪文を唱えることができないため実現不可能。必然的に誰かに助手をしてもらう必要があった。
(誰に頼もうか)
雪に頼むのが一番間違いがないが、雪の前で呪文を唱えるのはまだ気が引けた。しかし、雪と同じくらい信頼できる助手の心当たりがあるわけでもない。
(墨。墨)
とりあえず、せっかく使い魔ができたので、使い魔に助手をやらせてみようと思って部屋の隅にいる墨をテレパシーで呼んだ。
墨(ヒッ)
俺(ちょっとお願いがあるんだけどさ)
墨(…)
俺(こっちの桶からこっちの鍋に柄杓で水を汲んでみてくれない?)
墨は恐る恐る桶の側まで近づいてきて、口で柄杓を加えて持ち上げると、桶の中に柄杓を沈めた。
(お、これはもしかしてもしかするのか?)
墨は桶の中の柄杓を再び口で加えて持ち上げようとする。ところが水の入った柄杓は重くて持ち上がらない。それでも頑張って無理やり柄杓を持ち上げたら、柄杓をひっくり返してしまって水をぶちまけてしまった。幸い大半が桶の中に入って、外にこぼれたのはわずかだったのだが。
(使い魔、使えねー)
これじゃ使い魔じゃなくて使えない魔だよ…、とどうしようもないオヤジギャグを考えていると、
墨(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)
俺(…、墨、そんなあやまんなくてもいいから)
墨(申し訳ありません。どうか命だけは…)
俺(いや、俺は鬼でも悪魔でもないから、こんなことくらいで人をというか猫を殺したりしないし)
墨(このお詫びはどんな形ででも取らせて頂きますから)
俺(そんな、お詫びなんて…、じゃあ、これから毎晩一晩中モフモフさせてもらおうかな、ゲヘゲヘ)
墨(ヒッ。…、分かりました)
なんか思いもかけないラッキーイベント発生だ。え? 変態? 失礼な。ただ俺は飼い猫と健全なスキンシップを通した心の交流を図ろうとしているだけだ。決して(ry
さて、思いがけず高性能の抱き枕を手に入れたわけだけれど、まだ助手の方は決まっていない。そういえば使い魔といえば墨の他にもいた。例の三羽烏だ。
俺(おい、三羽烏。ちょっと来い)
20秒ほどでカラスが3羽、縁側に降り立って部屋の中に歩いて入ってきた。
三羽烏(な、何か、問題でもございましたでしょうか?)
俺(うん。ちょっとこっちの桶からこっちの鍋に柄杓で水を汲んでみて?)
カラス3羽が柄杓の周りに集まって、柄の部分をつついていたが、1羽が頑張って柄を咥えて持ち上げて桶の中に入れた。しかし、結局水を汲んだ柄杓を持ち上げることはできなかった。
(まあ、そりゃそうだよなー)
猫やカラスに人間のような器用な真似をさせようと思ってもできるわけがないわけで、使い魔にしたからといって身体能力は向上しないのだから、結果としては当たり前だ。何か魔法を使えるようになれば別だけれど、今のところ墨にも三羽烏にも特別に魔法が使えるようになった気配はない。
(はぁ。結局あいつを使うことになるのか…)