参百拾肆.月の国
俺「お爺さま、お婆さま、お話があります」
爺「どうしたかぐや姫、こんな風に改まって」
俺「私がお爺さま、お婆さまの下に来て、早いものでもう1年と3ヶ月になります。いつまでもお側にいたかったのですが、どうやらそれも叶わないこととなってしまいました」
爺「どういうことですか?」
俺「私の故郷、月の国から来月の満月の夜、お迎えが来ることになってしまいました。私は月に帰らなくてはいけません」
婆「なんてこと!」
俺の言葉に爺も婆もショックを受けているようだ。
その様子を見ていると心が痛むが、だからといって撤回するわけにはいかない。世界の運命と俺の運命がこの決断にかかっているのだ。
爺「かぐや姫、それはどうしてもその時に帰らなければならないのか? もう少し後に伸ばすことはできないのか?」
俺「それは不可能です。私には月の国の決定を覆すことはできません」
爺「そうか。このことを聞けば帝はお悲しみになるだろう。立太子のこともある。このことはすぐに私の口から帝のお耳に入れようと思うが、よいか?」
俺「そのようにお願いします」
明らかに落胆した様子で爺がそう言うと、その隣にいた婆は声を上げて泣き出してしまった。
俺「お婆さん、泣かないでください」
婆「私はかぐや姫がいつかやんごとなき貴族さまの元に嫁ぐことを夢見てきました。しかし、こんなに早くに別れが来るとは、せめて花嫁衣裳だけでも見てみたかったのに」
うー。花嫁衣裳かあ。着るだけなら着てあげてもいいけど、結婚するのは絶対にいやだからな。
俺「申し訳ないですのですが、私は月に帰るまで誰とも結婚はできません。それが月の国の決まりなのです。
ただ、代わりに空が残ります。彼女はご存知の通り身寄りを失ってしまいましたので、私が旅立った後に残していくのが心配です。できればお爺さま、お婆さま、空を私の代わりと思って面倒を見てくださいませんか?」
爺「雪はどうするのだ?」
俺「雪は月の国へ一緒に連れていきます」
爺「そのことは雪も?」
俺「はい。月の国へ行くことは雪の希望でもあります」
なんでも月の国のせいというのは随分都合のいい話だ。まあでも、そう言ってしまわないと仕方ないと納得してしまうことは難しいのではないかと思う。
ちなみに、空は爺婆に預けるとして、墨については春日神社に預けて行くつもりでいる。雨はちょっと頼りないが、かと言って大国主に小柄で貧乳の墨を預けるのは不安しか残らないからだ。
婆「かぐや姫に雪までいなくなってしまっては、随分寂しくなってしまいます。しかし、もともと子供のいない私たちのもとにかぐや姫が来てくれたことこそが奇跡でした。空が残ってくれるというだけで喜ばなくてはならないのでしょうね」
爺「私はまだ納得しているわけではない。しかし、その話を今ここでかぐや姫にしても仕方があるまい。今後のことは帝とご相談して決めようと思う」
婆の方は納得してくれたようだが、爺の方はまだのようだ。後で面倒なことにならないといいんだけど。
俺「お爺さま、月の国の決定にはどうあっても逆らえないのですわ」
爺「分かっている」
分かっていると言っているが、本当に分かっているんだろうか?
とにかく、爺と婆との話はそんな感じで終わった。爺はすぐに帝に話をすると言っていたので、近いうちに人々の噂になるに違いない。
その後、すぐに帝かその近くの当たりから呼び出しがあるかと思っていたのだが、実際に来たのは中宮からの呼び出しだった。
帝の周辺が静かなのが不気味だ。立太子までさせようとしていたのにこのまま何もなく済むとは思えないんだけど。