弐百玖拾陸.絶対王政
雪「話の発端は3ヶ月ほど前に起きた怪奇現象なのだそうですが、ある夜、内裏の全員が気を失って朝まで眠りこけた上に、その夜の記憶が全てなくなるということがあったのだそうです」
ぶーーっ。それって天照が内裏を襲撃した時の話じゃん!
雪「ところが、帝だけはおぼろげな記憶の中でその時にかぐや姫さまが黄丹の着物を着ていたということを覚えていらっしゃったとおっしゃっていて、僧侶、陰陽師、その他有識者を集めてその意味するところを議論していたようなのです」
天照ーっ。記憶は消すって言ってたのに消しきれてないじゃんか!!
雪「その結論が先日、ようやくまとまりまして、かぐや姫さまを東宮にするべきとの神の啓示に違いないということになり、こういうことになったようです」
明子「すばらしいことです。かぐや姫さまは世界を治めるのに適任の方ですわ。どうしてもっと早くに気づかなかったんでしょう」
明子は当たり前のことのように絶賛しているが、雪と空は納得行かない様子で微妙な表情をしている。いや、そもそも、何より俺自身がこの事態を全く飲み込めないのだ。
明子が当たり前のことのように振舞っていることも含めて。
これが、武甕槌の言ってた世界の秩序を乱すってことか……
明子「それに、かぐや姫さんが東宮になれば、私が女御にならなければならない理由もなくなります。兄を説得できる可能性も生まれるかも知れませんわ。かぐや姫さんに相談して本当によかった」
明子はそう言って純粋に喜んでいる。
しかし、これは俺には到底喜べる事態ではない。皇太子になったら、絶対に次は皇位が禅譲されるに違いない。そうすれば今度は俺が天皇だ。
このまま行けば平安時代に俺を頂点とした絶対王政が成立してしまう。いや、成立してそれで終わりかどうかも怪しい。
歴史の改変なんて生易しいものじゃないよ。
俺「明子さん、どうやら予想外の事態のようですわ。今はしばらく状況確認に努めて、この話は後日またということにしてはいかがかしら」
明子「は、はい。そうですわね。まだ決まった話でもございませんし。今ここで不確実な情報を元に話をしても無駄かもしれませんものね」
俺「そういうことですわ」
明子「では、また何か新しいことが分かりましたら、ご連絡さしあげます」
俺「こちらも、何かあったらご連絡いたしますわ」
そう言って、明子は帰って行った。
俺「雪、空、どう思う?」
雪「正直なところ、私の狭い常識では理解のできないことですので……」
空「私の常識に照らしてもそうですわ。どうして明子さんが何の疑問も持たずに納得したのか理解ができません」
俺「多分、それは雪や空には私の加護の力に耐性があるせいだわ」
俺に与えられた加護の力が暴走して引き起こされた事態だから、加護の力に耐性がなければ異常な事態になってるって自覚もないんだ。
雪は天照の加護を受けてるし、空は俺の使い魔だから、その影響から逃れられているんだろう。
だけど、逆に言えば明子みたいに耐性がなければどんなおかしなことが起きてもすんなり受け入れてしまって誰も疑問に思わないんじゃないか。
考えれば考えるほど状況が悪い気がしてきて、気が滅入ってくる。
俺「……大国主に話をしてみようか」
この事態について、まだ大国主の意見は聞いていない。それ以外の関係者の話ではこれというアイデアが出てこなかったが、大国主なら何かあるかもしれない。なにせ、時間転移魔法を開発した張本人でもあるわけだし。