弐百漆拾玖.きんぎんすなご
空にはその後、俺の素性と天照との関係について説明しておいた。空はもともと白い顔がさらに白くなる程驚いていた。
しかし、それを知ったからといって日常生活の何かが変わるわけでもない。むしろこの異常な生活環境についてより納得が行ったせいか、空の態度はこれまでより自然体になった気がする。
雨はまだ春日神社に帰っていない。
俺が改めて全員の前で雨の地位について確認しただけでなく、本人も武甕槌がここまで乗り込んできたことに焦りを感じたのか、ほんのわずかだけど仕事(?)を自発的に手伝うこともあるようになった。
例えば、食べ終わった食器を片付けたりとか。
ところで、季節はもう七夕です。早いものだね。
七夕は五節句の1つで天上の織女に女子の技芸の上達を願うという「乞巧奠」という行事が行われるのだ。俺も魔法の上達をお願いしておかないと。
ちなみに、竹や笹に短冊を飾るスタイルは平安時代にはないのだけど、竹に縁のあるかぐや姫が竹を飾らないなんてありえないということで、個人的に竹に短冊もやることにした。
短冊のお願いは何にしようかな。
雨(ご主人さまのおっぱいのご主人さまになりたい)
俺「やっぱり春日神社に帰って」
そう言えば、明子の想い人についてはまだ何の手がかりもつかめていないんだった。まだ入内の話が進んでいないけど、今の内に少しでも進めておきたい。
俺「じゃ、お願い事は、明子さんが想い人と結ばれますように、ってことにしようかしら」
空「あ、そう言えば明子さんと申しましたら」
俺「ん、どうしたの?」
空「ご主人さまに聞かれた時からずっと明子さんの想い人についていろいろ考えていましたの。あ、も、もちろんただの興味本位ですわよ。明子さんのためにだなんてこれっぽっちも思っていないんですからね」
うんうん。最近、空が素直なツンデレに育ってきてくれて、お父さんは嬉しいよ。
空「明子さんはもしかして、権大納言さまのことをお慕いしているのではないかしら」
俺「権大納言さま!?」
権大納言は中宮の兄だ。入内を目指す明子の兄の関白とは政敵と言ってもいい関係にある。
関白は明子を入内させて皇太子を産ませることで中宮と権大納言の力を削ごうとしているのに、その明子が権大納言に思いを寄せているとしたらこれは大変なことだ。
しかし、だからこそ、もしそれが本当なら明子の悩みの深さも想像ができる。
雪「確かに、それなら明子さまが中宮さまに対して取っていた態度にも説明がつきます」
俺「でも、それだとなおさら明子さんに直接聞いても答えてくれないよね」
明子が秘密を俺に打ち明けてもいいって思ってくれないと、聞いてもはぐらかされちゃうだけだろうし。
雪「神託というのはどうでしょう?」
俺「神託?」
思わず皆の視線が雨に集中する。
ちなみに、竹や笹に短冊を飾るスタイルは江戸時代以降のものだそうです。
日本の伝統だと思われているものの多くは遡ってもせいぜい江戸時代までで、酷い時には数十年しか遡れないので注意がいりますね。