弐百漆拾捌.あなたは誰?
武甕槌(くそっ。どうして誰も彼もこんなに身勝手なんだ)
武甕槌はそう言って、いらだちを隠しきれないように舌打ちをした。
月☆読がいなくなって、ここには俺と武甕槌だけ。ここで仕掛けたら邪魔者は入らないかもな。万難を廃するためにここは武甕槌を屈服させておくか。
と考えて、ここには他に雪や墨や空がいた事を思い出して、俺と武甕槌が戦ったら危険かもと思い直した。
もうしばらくは様子を見てもいいか。あの様子なら月☆読が武甕槌に協力することはなさそうだし。
俺「あの、武甕槌?」
武甕槌(なんだ?)
俺「ところで一体、世界の秩序が乱れるとどうなるんですか?」
武甕槌は何を言っているんだというように顔を顰めた。そして、そのまま何も言わずに立ち去ってしまった。
そんな顔しなくてもちょっと思っただけじゃん!
雨(ご主人さま、怖かったよぉ)
武甕槌がいなくなったと思ったら、雨が不意打ちで飛びついてきた。
俺「ご主人さまを盾にするなんてどういう了見だったのかしらっ」
どさくさに紛れて胸の間に顔を埋めようとしてきた雨の首根っこを掴み上げて、そのまま庭へと投げ飛ばした。
そもそも雨は曲がりなりにも高位の神なんだから、ああいう話し合いにはきっちり参加して発言とかするべきじゃないのか。他に仕事をしないんだからここくらいで存在意義を示せばいいのに、怖かったとはどういうつもりなんだ。
俺「そのままそこで一晩反省してなさい」
そう言って魔法の草の種を庭に投げると、それは一瞬で発芽して雨を縛り上げた。
雨(ふがふが)
草のつるは口にまで絡みついていて雨が何か言おうとしたようだが何を言っているのか分からなかった。聞く気もないけど。
空「あ、あの、今のは一体……?」
部屋の中には、隣の部屋に潜んで様子を伺っていた雪と墨と空が戻ってきていた。
俺「神さまよ」
雪「空さま、あの方たちは天照大御神さまと月詠さまと武甕槌さまです」
空「それって、もしかして「あの」天照大御神さまと月詠さまと武甕槌さまですか?」
雪「はい。本物の神さまです。それから雨さまは天児屋さまです」
空「ええっ!」
雪の説明に空は目を丸くしていた。それもそのはずだ。普通の人間には低級神でも恐れ多いのに、これまで神話級の神をぞんざいに扱ってきたことが分かったのだから。
空「天児屋さまって春日権現さまのことですわよね。あんなことをして大丈夫なんですか!」
空は庭に縛り上げられた雨を指差して訴えた。
俺「大丈夫だわよ。どうせ雨は縛られるの好きだから」
そうなのだ。明日の朝になったら高度なプレイがどうのこうのと言って喜んでいるだけのことなのだ。やれやれ。
空「……、一体、ご主人さまは何者なんですか?」
俺「私はかぐや姫よ」




