弐百漆拾漆.プライオリティ
武甕槌(やはり、こうなっては覚悟を決めるべきかと思います)
月☆読(何を言っているのです?)
武甕槌(天照さまを再封印しましょう)
俺「えっ!?」
天照を再封印? 天岩戸の時みたいに? 話が飛躍しすぎじゃないか?
月☆読(武甕槌、あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか?)
武甕槌(天照さまのお仕事は御殿から出なくとも可能なはずです。分身の方を封印しても御殿にある本体の方だけで十分秩序は維持できます)
月☆読(お姉さまにそんなお辛い思いをさせるわけにはいきません)
武甕槌(そうやって月詠さまが甘やかすから、天照さまが時間転移魔法を乱発して今の混乱を招いてしまったんですよ! そもそも、以前に天照さまがお倒れになったときに、私は一度忠告したはずです。時間転移魔法はダメだと)
月☆読(し、仕方ないじゃないですか。お姉さまにあんな悲しい顔をされてはどうしようもありません)
なるほど。全ては月☆読の監督不行き届きが原因だったのか。道理で、天照だけでなく無関係な月☆読に対しても、丁寧な態度の割には口調が手厳しいと思った。
武甕槌(最近、御殿からの神力の流出が増加しているという報告が上がっています。御殿に掛けられた結界が緩んできている可能性があります)
月☆読(そんなはずはありません。あの結界は一万年以上お姉さまの神力に耐えられるように作ったものです。外から無理矢理こじ開けるようなことでもしない限り……、はっ)
武甕槌(天照さまが分身を使って結界に穴を開けようとしているのです。幸い分身の力はそれほど強くないのですぐに深刻な事態になることはありませんが)
月☆読(そんな。どうして?)
武甕槌(そんなのまた時間転移魔法を使おうと思っているに決まっています。要するに、かぐや姫だけを対処しても対症療法にしかならないということです)
天照が結界を緩めているって、俺を時間転移させる魔力を早く集めるためなのか? 口ではああ言っていたが、100年も待たせたくはないと思っているのか。
俺「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
武甕槌(なんだ?)
うぉ。やっぱり武甕槌は元武闘派だけあって迫力があるな。機嫌が悪いと、普通に振り向かれただけで睨み殺されそうな気がするよ。
……、でも戦ったら実際俺とどっちが強いんだろ。
武甕槌と大国主なら武闘派な分だけ武甕槌が戦闘には強そうだけど、神力の強さから見ても神の格から見ても月☆読よりは弱いんだよな。俺は月☆読くらいなら互角だと思うから、俺のほうが武甕槌より強いじゃないか。
なんだ。武甕槌って、案外大したことないな。キランッ
俺「天照を封印したら、時間転移魔法はどうなるんですか?」
だけど、俺は武闘派な人とは違っておしとやかな美少女だから、言葉遣いはあくまでもおしとやかにだ。というか、古語の場合はそういう話し方しか上手く話せないし。
武甕槌(過去に発動した時間転移魔法は覆らないが、新しく実行することはできないな)
俺「えっ、じゃあ、私が現代に帰るのは?」
武甕槌(何の話だ?)
困ったな。天照が封印されると俺が帰れなくなるのか。どうしよう? ここで武甕槌を始末して計画を未然に防ぐべきか?
月☆読(私は反対です。どんなことがあってもお姉さまをこれ以上苦しめることはできません)
武甕槌(月詠さま、大変なことになってからでは遅いんですよ)
月☆読(私がお姉さまを説得します)
武甕槌(これまでも何度も説得をしてきたじゃありませんか。それに、封印するなら天照さまの神力が弱っている今が好機なんですよ)
月☆読(封印はしません。これは決定事項です)
武甕槌(世界の秩序が失われてもですか?)
月☆読(私にとって大事なのは世界の秩序よりお姉さまの幸せです)
そう言うと、月☆読は一瞬の内に掻き消えるようにして天照が消えた方向に飛び去っていった。




