弐百陸拾肆.恋わずらい
返事をすると、すぐにでも、ということでその日の夜に明子が訪ねてきた。
明子「急なことでごめんなさい」
俺「ううん。明子さんならいつでも大歓迎だよ」
正直なところ明子みたいな美少女で性格もいい娘から頼られて悪い気になろうはずがない。いくらでも相談に乗ってあげたいところだ。くふふ。
って、決してこれは浮気じゃないよ。雪は特別で、雪以外とはそういう関係にはならないんだからね。これはあくまでも女同士の友情なんだから!
明子「詳しいことは手紙で書いた通りなんですが」
俺「うん、読んだよ。関白さまは焦ってるみたいだね」
明子「そうなんです。それで、あの……、できれば竹仁さまに一度お会いしたいと……」
少し顔を赤らめながらそう言う明子はまたかわいい。キュンと来て思わず自分が竹仁だと言ってしまいそうになる。あぶないあぶない。
俺「ね、明子さん。正直に聞かせてほしんだけど、どうしてお兄さんにそんなにこだわるの?」
竹仁はかぐや姫の兄という設定だから、口に出して呼ぶ時はちゃんと「お兄さん」と呼ばないと不自然になる。気をつけないと。
明子「え……?」
俺「明子さんがお兄さんに会ったのって1回しかないんだよね。確かにお兄さんはミステリアスな魅力があるのかもしれないけど、逆に言うとそれくらいしかないのに」
明子「……、分かりません。どうして一度しか会ったことがないのにこれほど心が囚われるのか」
明子はそう言ってため息をついた。
多分、というか間違いなく俺の持つチートな魅力ステータスのせいに違いないのだが、それにしてもあんな短時間でこんなに持続するのはちょっと普通じゃないと思う。
あのくらいの接触なら、近くに寄らないようにして時間が経てば、自然に正気に戻るものなのに。
ちなみに、俺の魅力を最も長時間浴び続けている雪は、天照の加護を受けているので俺の魅力のせいで正気を失うということはない。もともとある程度耐性もあったみたいだけど。
俺「前に攫われてしまいたいって言ってたけど、あれって今でもそう思ってるの?」
明子「はい。今でも時々ぐっと胸が締め付けられるような気持ちになるときがあって、そういう時はそういう思いに心が苦しくなります」
俺「それはお兄さんに攫われたいの? それとも、攫ってくれるなら誰でもいいの?」
明子「誰でもいいなんてことはありません! 竹仁さまだからそんなふうに思うんです」
俺「そっか」
うーん。重症だ。
明子は自分の心に戸惑いながらも、竹仁にベタ惚れの様子だ。これじゃあ、入内した後も状況が収まるとは思えない。
いっそのこと、俺が竹仁になって明子を攫ってしまうほうがむしろいいんだろうか?
雪「明子さま」
と、さっきまでじっと部屋の隅で話を聞いていた雪が声をあげた。
明子「雪さん、どうしましたか?」
雪「もしかして明子さまは、竹仁さまにお会いになるより前にも、誰にも相談しないでどこかに消えてしまいたいとお思いになったりしませんでしたか?」
明子「……、そう言われれば、そうだったかもしれません」
俺「雪、何か気づいたの?」
俺が聞くと、雪は少し考えるような様子で言った。
雪「いえ。ただ、明子さまは竹仁さまに会う前から何か悩んでおられたのではないかと思ったものですから」
雪の言葉に俺ははっとした。そういえば、明子が入内を拒んでいたのはそもそも竹仁に会うより前のことだった。いつの間にか竹仁のことがあるから入内を拒んでいるのかと勘違いしてたけど。