弐百陸拾弐.不祥事
中宮が懐妊したということで、早速、恩赦やら除目やらが行われた。懐妊と恩赦や除目の繋がりがいまいちピンと来ないのだが、怨みを買うと赤ちゃんが取り殺されるかもとかいうことなんだろうか?
というか、この件に限らず、恩赦というのはよく分からない制度だ。罪人を釈放してみんなが喜ぶとか、どれだけ司法制度が信頼されてないんだろうか?
まあ、それはともかく除目が行われたのだ。そこで中納言が権大納言に昇進した。中納言は中宮の兄というだけでなく、それに釣り合う実力も伴っているので、このタイミングの昇進は納得できる。
これで今度からはもう中納言ではなく権大納言と呼ばないと。ちょっとややこしいけど、要は、部長が専務になったら呼び方も変えなければいけないみたいな話だから仕方がない。あれ、確か専務のほうが部長より偉いよね?
ただ、これだけなら分かるのだが、同じ除目で爺も権大納言になってさらに左大将にまで任命されてしまった。位階は正三位に。一足飛びに中納言を飛ばして大納言とかどうなってんの?
さらに雪の実家は正四位下に昇進した。正四位下というのは普通の官吏にとっての事実上の最高位で、これより上は基本的に公卿しかいないという位だ。
いくら懐妊で気が大きくなっているからって、ちょっと気前が良すぎるんじゃないだろうか。それとも、これも俺の持つ天照の加護のお陰なのか。
除目があってからしばらくは特に何もなかった。爺が高齢を理由に左大将を辞任する意向を示していたが、これは既定路線らしい。つまり、爺の肩書に箔をつけるためのものだったようで、実質的な仕事を期待されてはいなかったという話だのようだ。
ところが、ある日突然、そんな平穏な日々を打ち破る大事件が勃発した。寛子の父、大納言が世間を震撼させる不祥事を起こしたのだ。
それは、大納言が懇意の陰陽師に依頼して中宮に赤ちゃんが生まれないよう呪いを掛けていたということだった。事件発覚のきっかけは陰陽寮の内部告発があったらしく、陰陽寮内部の権力闘争にも火が点きそうな雰囲気だ。
しかし、陰陽寮のことは置いておいて、まずはともかく大納言だ。この件について帝と権大納言(前の中納言)は相当立腹していて、穏便な処分は望めそうにはなく、はたして、数日後には大納言の流罪が決定した。
平安時代、死刑はたたりを恐れて実施されることはないので、流罪というのは事実上の最高刑だった。それを考えると、帝と権大納言の怒りのほどがよくわかる。
しかし、天皇の正室の子どもというのはもしかしたら次期天皇かもしれないのだ。それに呪いを掛けたのだから相応の罰が下るのは当然とも言える。つまり、大納言の自業自得だ。
この大納言の流罪決定の知らせの直後、俺は1通の手紙を受け取った。手紙の差出人は渦中に人物の1人である中宮その人だった。
雪「かぐや姫さま、どうぞ」
俺「ありがと、雪」
俺は雪から手紙を受け取ると、その場で開いてすぐに中を読んだ。
「かぐや姫さま
急な連絡ですみません。今度の大納言の件で、寛子の処遇について心配しています。
大納言が流罪になっても寛子やその家族は京に残されたままになるでしょうが、早晩生活が立ち行かなくなってしまうでしょう。
出来ましたら、かぐや姫さまのところで寛子の面倒を見ていただくことはできないでしょうか?
取り急ぎ」
権大納言というのは大納言の権官のことです。大納言の定員は2名なのですが、現実には2名以上の大納言が置かれることが多く、その場合、定員外の大納言は権大納言と呼ばれました。