弐百伍拾弐.五行山
雪「かぐや姫さま」
俺「ん? あ、人が集まり始めてる」
別雷(そろそろ始まるようじゃな)
ふと気づくと、地面に映し出されている神社の前の道に人だかりができはじめていた。
パレードの始めの内は勅使の行列なので個人的にはあまり興味はない。すせり姫を連れてくれば勝手にカップリングを考えて盛り上がってくれると思うが、残念ながら俺にはそんな才能はなかった。
なので、しばらくは雪といちゃいちゃしていようと思う。隣に座っている雪にちょっと甘えるように肩を預けて首を傾けた。
雪「かぐや姫さま。膝枕して差し上げましょうか?」
俺「ううん。このままでいいや」
雪の体温がすぐ近くにあると思うとドキドキするし安心する。
別雷(なんてもったいないことを……)
別雷が小声で何かつぶやいてため息をついているが、あいつのことはとりあえず存在を忘れておこう。
雪「あ、かぐや姫さま、女人列が始まりますよ」
頭が雪でいっぱいになっている間にどうやら勅使の列は終わって斎王の列が始まっていたようだ。
俺「お、みんな綺麗だね。斎王はどこにいるのかな?」
雪「もう少し後ではないでしょうか」
別雷(ふむ。そろそろわしの出番じゃな)
突然、別雷が凛々しい顔つきになって立ち上がった。
俺「ん、別雷、どこか行くの?」
別雷(うむ。新しき斎王に祝福をな)
俺「祝福?」
妙に勿体ぶった言い方をして電雷ようにいなくなった別雷を見て首をかしげる俺と雪だが、その疑問はすぐに解消された。地面に映し出されている女人列の中に不審者が乱入してきたのだ。
どうやらその不審者は俺たち以外誰にも見えていないらしく、行列は滞りなく進んでいく。
俺「あ、お尻触った。あ、今度はおっぱい。これはひどい」
不審者は、まあ、ご想像の通り別雷だった。別雷は何気なく女人列の中を歩きながら、若くて綺麗な娘を狙ってお触りを繰り返している。ただ触るだけではなくて弱い加護を授けているのでぎりぎりお仕事と言えなくもないが、これはダメだろう。
ちなみに触られている本人たちは、別雷の姿は見えていないので、風が吹いているのだと勘違いしているようだ。というか、実際、別雷は風に化けているのだが。
俺「後で天照にちくっておこ」
もしかしたら、いつもの事過ぎて今更かもしれないけど。
別雷はやりたい放題やった後は、ここには戻らずそのまま、また旅に出ていったようだ。気ままな神さまだな。
はっ、俺ってこのエロ爺から加護を貰ったんだよな。ということは……
驚愕の事実に気づいた俺の全身に怖気が走る。
俺「この怨み、はらさでおくべきか!」
雪「かぐや姫さま?」
わざわざ別雷に加護を授けさせた天照を恨みつつ、テキパキとブービートラップを仕掛けていく。
別雷限定で発動する罠で、一旦拘束したら100年単位で逃げ出せなくなる、孫悟空が封印された五行山並に高性能なトラップだ。
次にいつ帰ってくるか分からないし、このくらい頑丈な罠じゃないと取り逃してしまうかもしれないからな。
雪「かぐや姫さま、何をなさっているのですか?」
俺「なんでもないよ。気にしないで」
罠を仕掛け終えた俺は、再び雪の隣に座った。
祭りは行列が終わって社頭の儀も大半が済んでいた。ま、女人列以外に興味はなかったから別にいいや。
俺「帰るときに人目に付かないように人出が少なくなってから帰るから、もうしばらくここに一緒にいようね」
そうして俺たちは、日が暮れるまでの間、8ヶ月ぶり、いや墨が来る前から数えると9ヶ月半ぶりになる水入らずの時間を過ごしたのだった。
注)俺と雪はプラトニックな関係で、みんなが期待するようなことは何も起きてないからねっ! そこのところ、勘違いしないようにっ!!
葵祭はこれで終わりです。次はいよいよあいつが帰ってきます。それまでまた少しお待ちください。